必ず伸びる人材を育てる「武蔵高等学校」の秘密

必ず伸びる人材を育てる「武蔵高等学校」の秘密

  • JBpress
  • 更新日:2021/04/08
No image

超一流の指導者に連絡を取ることが若い人材を伸ばす秘訣だ

前回連載「文科省の『探究学習』は必ず失敗する(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64738)は、リリース直後ランキング10位とか8位とかで、ああ、毎年こういう新人を応援する原稿を書いているけれど、もう読まれなくなってしまったのかなと思っていました。

ところが、夕方から夜にかけてにわかにトップビューとなり、翌日の朝になってもトップ3に入っているのを、ありがたくも驚きつつ見ています。

そこで、前回稿に書かなかったことをいくつかまとめてみたいと思います。一言で言うと「ティーンエイジの大切さ」に尽きる話かもしれません。

前回、故・有馬文部大臣が「ゆとり教育」のモデルとした、日本最初の私立高校「武蔵高等学校」の教育について触れた部分を、少し端折りましたので、それを具体例で補ってみます。

皆さん、自分の好みとか志向って、いつ頃決まったと感じられますか?

例えば食べ物の好き嫌い、自分の好きなタイプとか、何でもかまいません。

40歳を過ぎてからの趣味道楽もあると思いますが、人生の多くの方向性は、大半が物心ついてから成人するまでの時期に決まってはいないでしょうか。

とりわけお子さんの未来を考えるとき、この時期の大切さはどれだけ強調してもし過ぎることはないと思うのです。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

中学高校生をいきなりノーベル賞門下生に

前回、「探究学習」を目指すうえで中学高校生はどうすべきか、という問いの設定に「ネットで第一人者や大学教授に連絡してごらん」という答えを記しましたが、やや拍子抜けした、といったリアクションももらいました。

いや、率直に書かせてもらうと、そこで拍子抜けしてはいけないのです。というのは、この一行から読み取ってもらえることが、実は無限にあるのだから。

というのも、これはまさに先ほど記した「ゆとり教育」のモデルとして故・有馬朗人元文部大臣が考えた「私立武蔵高等学校」が実施する教育の本質的骨格にほかならないのです。

そこでこれを補います。

昔々あるところに(東京都内ですが)U君という中学生がいました。彼は数学に興味がありました。お父さんが数学を使う仕事をしていたのが一つの理由です。

彼が通学する中学には、学生の自主研究を奨励して、文系の研究には「山本賞」、理系の研究には「山川賞」という、2つの賞を設定しており、U君は「山川賞」を目指して、手作りの論文を作ってみました。

それを学校に提出してみたところ、数学者でもあった学園長は、その中学生の論文を数学界のノーベル賞として知られる「フィールズ賞」受賞者の先生に回し、指導を仰ぎました。

フィールズ賞の先生は、U君の仕事は不足があるということで「山川賞」は出してくれませんでした。

しかし、その代わりに論文の分野である微分幾何学の基本的な文献、確かジョン・ウィラード・ミルナーの教科書(英語)を薦めてくれ、中学生U君の人生に決定的な影響を与えた。

これは実話で、実名をすべて記してしまうと、U君は微分幾何学者の宇澤達・現名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授、彼が論文を提出したのは、当時武蔵学園長を務めていた数学者の正田建二郎博士・元大阪大学学長(1902-77)、宇澤少年の論文に目を通し、ミルナーの教科書を教えてくれたのは、日本人最初のフィールズ賞受賞者、小平邦彦教授(1915-92)で、1973~74年頃にあった実話です。

「宇澤君」が数学を考えるうえで、恵まれた環境にあったのは確かです。

というのはお父さんも数学科出身で、戦後に経済学に転じた宇澤弘文氏で、子供の頃から身の回りで数学者や数理経済学者を目にする環境で育ちました。

でも中学生の彼は「山川賞」をもらうことがなかったし、帰国して東大を定年直前の小平さんから教えてもらった微分幾何が、結局宇澤さんの専門を決定したわけで、「探究」重視の教育環境が彼の専門を決定したのは間違いありません。

さらに、実はこの話には後半があるのです。

後輩を大切にする学統: 優れたものを、惜しみなく

その後、1983年のことと思いますが、当時大学院生であった「宇澤達青年」は、この環境を提供してくれた母校、武蔵中学校に非常勤講師として招聘され、「中3の幾何」を教えます。

この学校はいわゆる中高一貫なので、中3の数学で高校入試のトレーニングなどをする必要がありません。

そこで宇澤青年は「範囲外」の本物の数学をふんだんに取り入れた自作のカリキュラムを組み、特に3学期は「モース理論」という微分幾何のセオリーを、中学生にも分かるようにかみ砕いたそうです。

この時、大半の学生にはチンプンカンプンで、およそ分からなかったという履修者の反応もありました。しかし、この際に教えるという教育経験を持つことができました。

このような教育を可能にしたのは、当時、この学校の校長を務めていた大坪秀治氏、彼個人のキャラクターが決定的に影響していたように思います。

生意気盛りの院生OBを非常勤講師に招聘し、現役の中学3年生たちに刺激を与えると同時に、その教育経験を通じて若い先生にも経験を提供するという、実に洒脱なことを、大坪校長は等身大で実践していました。

何しろ、授業というのは黒板にお尻を向けている「先生業者」が一番勉強させられるものですから。

「宇澤青年」の、かなり無茶なカリキュラムは中学3年生たちを大いに悩ませ、大半は撃沈されていったようですが、これに食いついていく中学生たちも、10年前の宇澤君のように確かにいました。

例えば、現在は慶應義塾大学経済学部の教壇に立つ藤田康範教授。特段、学者の家に生まれたわけではありません。あくまで環境の産物として、藤田教授は数理経済学者に育っていきました。

また、特に食いついて離れなかった岩田君という少年があったそうです。

24歳の宇澤青年は14~15歳の岩田君に、自分が小平先生に指導してもらったのと同様、ミルナーの教科書の存在を教え、その手ほどきをしてやります。

別段、学者の家とか、そんなこと関係ありません。主体的な知的好奇心があり、それに従って質問にくる子供があり、そこで一切の値引きなしに、本物の先端研究のテキストを、自分が指導してもらった経験を踏まえ「この英語なら中3でも辞書を引きながら読めるからやってごらん」と提供する先輩がある。

この学校には、先輩は後輩に対して優れたものを惜しみなく提供して当たり前という学風があるのです。

果たして、その教科書をスタートラインに、その後も学校の勉強と全く無関係に、ごく普通の中学3年、高校1年生などを続けながら、岩田君は「モース理論」の定理の一つに自分自身で気づき、それを証明して、武蔵の準備する「山川賞」に応募、受賞するという高校1年の記念碑のような経験をすることになります。

これは本来、1973~74年に「宇澤君」が目指したはずのことでしたが、正田学園長、小平教授の指導でミルナーのテキストにつながるところまでで賞には至らなかった。

ところが「宇澤君」が非常勤講師として教壇に立った1年後、形を変えて岩田君が賞を受け、その後の人生航路を自分自身の「探究」に基づいて切り開いていくことになった。

現在は東京大学工学部計数工学科の教壇に立ち、独創的な研究で多くのプロジェクトも率いる岩田覚教授の38年ほど前の実話をご紹介しました。

今ここに記したのは40年ほど前、まだネットもメールも、チャットもラインも何もなかった頃の話です。

特段学者の家に生まれたりしなくても、環境が提供され、好奇心を持った子供が何かの試行錯誤を始めた時、筋が良ければ、それを本当にトップの人材、ノーベル賞とかフィールズ賞とかの受賞者につなげて伸ばすという「学統」が、「1920年の教育改革」で創設された、日本初の私立高校では現在も守られています。

直視すると怖い「ネット直結の可能性」

また、これを念頭に、私自身、2005年のことですが、国連世界物理年(World Year of Physics)日本委員会の幹事として、三大新聞で募集した15~20歳の全国の子供たちに、ノーベル賞受賞者たち・・・楊振寧、トールステン・ヴィーゼル、ジェローム・フリードマンの各氏が直接教えるゼミナールを提案、実施し、それが決定的な経験になった学生生徒がいるのを認識しています。

この際最大の問題は「通訳」で、楊先生には共著のあるお茶の水大学の出口哲生君、ヴィーゼル先生にはヴィーゼル研で学位を取り私も人事のお手伝いをした、現埼玉医科大学医学部長の村越隆之さん、フリードマン先生には浅井祥仁君に労を執ってもらいました。

「ネット」を見慣れて、バカにしている人が少なくないのではないでしょうか?

それはとんでもないことで、子供たちがいつでも、世界のトップと繋がることができる、恐るべき環境が目の前に整備されていること。

しかし、その事実を本当に直視すると、やや空恐ろしいこともあり、見て見ぬふりをする「大人」が少なくないこと。

あなたが、あるいはあなたのお子さんが、アドレスの公開されているどこの大学教授に、いつ、どこからでも、メールすることができ、特に子供からの純粋な質問に関しては、一定の確率で返信が返ってくる期待が持てる、その事実を再認識していただきたいのです。

そして、つまらない躊躇とは無関係に、広い世界に打って出る人材が伸びていることを、2021年コロナの春に、とりわけ精神の若者向けに(実年齢は何歳でも結構です)強調しておきたいと思います。

まともに「探究」したいと思うなら、まず第一人者の門を叩きましょう。

ほとんどの人が失敗する最大の理由は、入り口の1の1が間違っていることも強調しておいていいように思います。

すべて「経験者は語る」で記しています。

伊東 乾

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加