若者が移住したがる小さな町 引き継がれる秀逸な「物語」

若者が移住したがる小さな町 引き継がれる秀逸な「物語」

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2021/07/23
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放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」では、今夜も新しい料理が生まれ、あの人の物語が紡がれる……。連載第10回。

この3月、講演会の依頼があって北海道旭川市に出張した。講演タイトルは「小山薫堂と考える 幸せのデザインとは」。

2019年10月、旭川市はユネスコ創造都市ネットワーク(デザイン分野)に加盟を認定された。日本国内では名古屋、神戸に続き3都市目、世界ではベルリン、モントリオール、ヘルシンキ、北京、上海、ソウルなど名だたる40のデザイン都市の仲間入りを果たしたのだ。

講演会は夕方からだったので、周辺を車で案内していただいた。なぜか「隣町の町長にも会ってほしい」と言われ、上川郡東川町の町役場も訪れたのだが、ひとりの職員に声をかけられ、合点がいった。

僕は、身の回りにあるものを新たにデザインし直し、社会をより豊かにすることをテーマとした『ニューデザインパラダイス』という知的情報番組を企画したことがある。放送はもう15年以上前だ。料理人のクリエイティビティの高さに惚れ込んで『料理の鉄人』を手がけたあと、今度はデザイナーという職業に魅力を感じ、彼らを主役にした番組をやろうとしたのである。

例えば「横断歩道」のリデザインはアートディレクターの佐藤可士和さんに、「名刺」はコピーライターの糸井重里さん、「マスク」はデザイナーの森英恵さん、「サンタクロースの衣裳」はビームス社長の設楽洋さん、「犬小屋」は建築家の隈研吾さんに……といった具合だ。2年半の放送で、作品は100作を優に超えた。

そのなかにアートディレクター藤本やすしさんによる「婚姻届」があった。ピンクを基調にし、観音開きにして必要事項以外にふたりの顔写真などが入れられるようになっている作品だ。放送直後、なんとこの新しい婚姻届を「ぜひ使わせてほしい」と連絡してきた自治体があった。それがこの東川町だったのだ。

「新・婚姻届」は放送からわずか半年(2005年10月3日)で使用されはじめ、同年翌月には「新・出生届」も作成された。いまも町民に好評を得ているという。

引き継がれる秀逸な「物語」

もともと東川町は「写真の町」として知られる。1985年に世界にも類のない「写真の町」宣言を行い、1年間の集大成と翌年への新しい出発のための祭典「東川町国際写真フェスティバル」を開催(継続中)。94年からは全国の高校写真部等に写真の創作を通じて新しい活動の場と目標、出会いや交流の機会を提供する「写真甲子園」をこれも毎年開催している。

その結果どうなったか。写真家が大勢移住し、町や店のガイドブック、企業のパンフレットなどを製作する際に写真のクオリティが高くなった。腕のある料理人も移住して、素敵なレストランが増えた。それを知り、センスのよい暮らしに憧れる人が続いて移住。若年人口が増え続け、2017年には40年ぶりに人口が8000人を超えた。

また、東川町は「家具の町」でもある。

そもそも旭川市が昭和30~40年代に「家具産地」として高く評価された地域なのだという。だが、昭和50年代に入り、箪笥よりもクローゼットの生活となって、需要が激減。そこから時代に合うデザイン家具を製作するようになった。

隣町である東川町も同様に家具の町としての歴史が50年以上あって、不景気に陥った家具業界を復活させるべく、奮闘した。そのうちのひとつが、東川で生まれた子ども全員に椅子が贈られる「君の椅子」というプロジェクトだ。「誕生する子どもを迎える喜びを、地域の人々で分かち合いたい」という旭川大学大学院ゼミの会話を発端に、2006年からスタート。椅子のデザインは著名なデザイナーが担当し、東川在住の木工作家が製作している。

これは東川が「家具の町」であることを日本中にPRできるブランディングのひとつでもあるが、なんといっても提供された子どもたちが小学校の卒業式に座って写真におさまったり、大人になってインテリアのひとつとして部屋に飾ったり、親になったら子に贈ったり……という、人生が椅子とともに引き継がれるような物語性が秀逸だと思う。

「ようこそ。君の居場所はここにあるよ」というメッセージのこめられた椅子が町から贈られるというだけで、ここで子を産み育てたいと思う親は少なくないのではないか。

クリエイティブな町には移住したくなる。そこにはおいしいレストランも必ずある。僕は北海道美瑛町に友人から借り受けた土地があって、そこに書斎だけの別荘をつくろうと考え中なのだが、東川町にもN35のサテライトオフィスをつくろうか、なんて妄想している。

今月の一皿

京都「京菓子司 末富」の主人・山口祥二氏直伝の「わらび餅」。餅の中に餡が包まれ、筆者も大のお気に入り。

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都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。

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小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。

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