韓国に残され韓国経済に貢献した日本資産の行方

韓国に残され韓国経済に貢献した日本資産の行方

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2021/10/14
No image

元徴用工への賠償を日本に求める韓国の市民団体の抗議。日本は1965年の国交正常化の際の条約で解決済みとの立場を崩していない(写真・EPA=時事)

慰安婦や徴用工問題など、日韓関係をこじらせる問題は韓国でどのように研究されているのか。韓国では史実よりも感情的に連呼されている。では、韓国で日本の植民地時代とその後の事実を究明する研究はないのか。韓国在住40年、日本を代表する朝鮮半島ジャーナリストが発掘し、日本で翻訳出版された『帰属財産研究―韓国に埋もれた「日本資産」の真実』(李大根著、金光英実訳・黒田勝弘監訳、文藝春秋)から、そのポイントと現実的意義を紹介する。

最悪といわれる日韓関係がここまで悪化しているのは、慰安婦問題や徴用工問題など歴史にかかわる韓国側の執拗な要求、対日非難が背景にある。日本側は過去についてはすでに1965年の国交正常化の際「清算され解決済み」と主張しているのに対し、韓国側は「いや個人補償の権利はある」といって韓国内の日本企業の資産を差し押さえし、売却を強行しようとしている。

日本が朝鮮半島に残した資産は数千億ドル

実は歴史的に日本は敗戦後、朝鮮半島からの撤収に際して膨大な資産を彼の地に残しているのだ。これによって韓国経済は発展した。その実態を多くの資料を駆使し、実証的に分析・研究した本が、韓国で2015年に出版された李大根氏の著書『帰属財産研究』だ。

本書は、戦前の朝鮮半島における日本資産の形成過程と戦後のその行方を追求したものだが、われわれには「戦後の行方」のほうが興味深い。1945年の終戦当時、朝鮮半島には約100万人の日本人がおり、うち7割が民間人だった。すべての日本人が着の身着のまま、両手に下げ背負える荷物とわずかな現金だけを持って強制退去させられた。

財産は公私を問わず、企業・個人財産も含めすべて没収された。接収された日本人企業は約2400社。日本資産の総額は当時の金額で52億ドル、約700億円相当といわれる。現在の価値でいえば数千億ドルになるとの非公式試算もある。これらの日本資産は進駐米軍経由ですべて韓国に譲渡され、解放・独立後の韓国経済を支えた。

ところで、韓国との過去補償問題の背景にはいわゆる請求権問題がある。日本が撤収した後、アメリカ軍政を経て韓国は独立した。1950年代に入り国交正常化交渉が始まり、相手側に残した資産に対する「請求権」が問題になった。韓国側は日本の支配による人的・物的被害を日本に請求し、日本側は逆に韓国に残した資産を根拠に「むしろ日本側がもらうべきだ」などと主張して大もめした。

最後は日本側が経済協力資金5億ドルを提供し、請求権つまり補償問題は「完全かつ最終的に解決された」とされ、国交正常化が実現した。韓国内では「植民地支配の補償としては少なすぎる」と反発が強かったが、国交正常化と経済開発を急ぎたい当時の朴正熙政権は戒厳令などによって反対論を抑え、交渉妥結を決断したという経緯がある。

5億ドルは、正確に言えば相互の請求権による相殺金額では必ずしもない。請求権(補償)を言い出すと交渉がまとまらないため、お互い請求権を放棄するような形で「経済協力資金」として政治的・外交的に処理されたのだ。これで韓国側は補償問題の「完全かつ最終的な解決」に同意したが、その裏には膨大な日本資産が韓国に残されていたという事実があるのだ。その後、韓国政府はすでに2回、政府の責任で個人補償も実施している。したがって慰安婦問題や徴用工問題で個人補償が必要なら韓国政府が対応すれば済む話だが、そこを改めて日本を引き込むという外交問題にしているため、問題がこじれている。

「敵の財産」を生かし経済成長を遂げた韓国

朝鮮半島に残された日本資産は、まず戦勝国のアメリカ軍によって接収された。「帰属財産」というのはアメリカ軍が名付けた英語の「VESTED PROPERTY」の訳である。歴史的にはこれが正式名称になる。

しかし韓国では「敵産」と称してきた。「敵の財産」という意味だ。対日戦勝国ではないにもかかわらず、戦勝国つまり連合国の一員になった気分でそう名付けたのだ。評価の分かれる言葉とも言えるが、そう表現することで日本資産を自分のものにする根拠にしたのである。

だから、日本資産は当初は「アメリカに帰属」し韓国のものではなかった。それが1948年、李承晩政権樹立で韓国政府が発足したのを機に韓国に移管、譲渡された。うち電気や鉄道、通信、金融機関など公的資産の多くは国公有化され、企業や商店など民間の資産の多くは民間に払い下げられた。

本書ではその経緯と実情が詳細に紹介されており、結果的にそうした「帰属財産」が韓国の経済発展の基礎になったというのだ。著者によると「歴史的事実を無視、軽視してきた韓国の既成の歴史認識に対する研究者としての疑問」が研究、執筆の動機だという。

現在の韓国企業の多くは「帰属財産」という名の日本資産を受け継ぐかたちで発展した。しかし表向き、韓国の経済界では日本人がよく皮肉る“日本隠し”が広範囲に行われているため「帰属財産」の痕跡を探ることは難しくなっている。時の経過でその事実を知る人も少ない。

一方で、例えば現在の韓国の財閥規模3位にある「SKグループ」はその痕跡がわかる珍しい企業だ。日本統治時代の日本の繊維会社「鮮京織物」を入手し、その名残である「鮮京(ソンキョン)」の頭文字を今も使っている。戦後は「鮮京合繊」として石油化学に手を広げ、やがて移動通信、半導体など先端系まで含む大企業グループになった。

No image

植民地時代の朝鮮銀行は、現在は韓国の中央銀行・韓国銀行の旧館として貨幣博物館になっている(写真・黒田勝弘)

また、学術書である本書にはこうした具体的な企業名が登場するわけでは必ずしもないが、少し調べるとわかるものもある。ビールや焼酎でお馴染みの大手飲料メーカー「ハイト眞露グループ」は自社の来歴として、日本統治時代の大日本麦酒(サッポロ・アサヒ)系の「朝鮮麦酒」を「帰属財産」として受け継いだと明記している。ライバルの「OBビール」もキリンがルーツである。

さらに、ソウル都心にある一流ホテル「朝鮮ホテル」は日本時代の総督府鉄道局経営の「朝鮮ホテル」がルーツで、当初はアメリカ軍が軍政司令部として接収。軍政終了で韓国側に譲渡され民間のホテルになったという経緯がある。また、同じ都心に位置するサムスン・グループの流通部門のシンボル「新世界百貨店」は日本時代の三越百貨店だ。ロッテ・ホテル向かいにあるソウル市庁舎別館は近年までアメリカ政府の文化センターだったが、元は三井物産京城支店でこれも「帰属財産」である。基幹産業の韓国電力はもちろん「帰属財産」が土台になっている。

No image

元・三越百貨店で現在の新世界(シンセゲ)百貨店(写真・黒田勝弘)

紹介すればきりがない。とはいえ、「帰属財産」あるいは「敵産」を活用し、企業および経済をここまで発展させてきた韓国の努力は大いに評価されるべきだろう。日本人にとっては「もって瞑すべし」かもしれない。

ところで以上のようなことを現在、日韓の外交的懸案になっている徴用工補償問題に関連させればどうなるか。補償を要求され韓国で資産を差し押さえられている日本製鉄(旧・新日鉄)は、朝鮮半島にあった工場(多くは北朝鮮)などの資産を残している。しかも日韓国交正常化後、韓国で建設された浦項製鉄所(現在のPOSCO)には韓国政府が日本から受け取った経済協力資金(韓国的には請求権資金)が投入され、日本製鉄などが全面的に技術協力した。それなのに、ここに来て資産を差し押さえるというのだから、日本製鉄にとってはまったく腑に落ちない話だろう。

感情的に流される日本研究

「帰属財産」という名の日本資産について、戦後の日本は1952年の対日講和条約で国際的にその請求権を放棄したことになっている。したがって、日本では個人補償の要求の声はない。ところが韓国は1965年の日本との国交正常化条約で「完全かつ最終的に解決した」と約束したのに、「個人請求権は存在する」として改めて日本に補償要求をしているという構図になる。この理屈だと、韓国からの引き揚げ日本人も残してきた個人資産について個人補償を韓国に要求できるということになる。これは国際的約束を守るかどうかの違いである。

No image

三井物産京城支店だったソウル市庁舎別館(写真・黒田勝弘)

以上は李大根教授の著書に対する筆者(黒田)なりの読み方である。しかし経済史学者による学術書としての本書の核心は、日本の統治・支配が朝鮮半島にもたらした経済的効果を正当に評価していることであり、「侵略と収奪」一辺倒で教育されている韓国の公式歴史観に対する正面からの挑戦である。

No image

その意味では、先に日本でもベストセラ―になった李栄薫編著『反日種族主義』(日本語版、文藝春秋刊)とも一脈通じるところがある。それどころか、著者は経歴的には李栄薫氏の先輩格にある。

ただ、こうした主張は「植民地近代化論」といわれ、「日本の歴史的罪」ばかりを主張する韓国の学術界やメディアに対して1980年代から「学問的良心」として奮闘を続けているが、いまだ大勢を変えるには至っていない。「帰属財産」をテーマにした今回の実証研究は、韓国に根強い観念的で一方的な反日歴史認識に改めて一石を投じるものだ。

(黒田 勝弘:産経新聞ソウル駐在客員論説委員、神田外語大学客員教授)

黒田 勝弘

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加