新卒からずっと宗教法人職員だったぼくに一般企業勤務は無理なのか?

新卒からずっと宗教法人職員だったぼくに一般企業勤務は無理なのか?

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2022/06/23
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新興宗教の家に生まれ、中・高・大と宗教系の学校に通い、新卒からずっと宗教法人職員として働く「ぼく」は、36歳にして転職を決意した————。
ライターの正木伸城さんが自身の転職活動を綴ったエッセイ。今回は後編をお届けします。

前編:教団の“ロイヤルファミリー”に生まれたぼくが転職活動を始めてみた

異業種交流会で起きたまさかの“事件”

「(教団職員を)辞めるも地獄、辞めないも地獄」

これは、当時のぼくの心情を表現してあまりある、教団大幹部だった父に言われた一言だ。確かに転職は、つらい、つらい挑戦だった。

正攻法だけでは転職は望めない。焦ったぼくは、その後、異業種交流会にも顔を出すようになった。これも淡すぎる期待だけれど、ヘッドハントされる可能性も「なきにしもあらず」と思っていたのだ。

しかし、思惑はいきなりくじかれることになる。

ある交流会の2次会が居酒屋で行われた。15人くらいがテーブルを囲んでいたと思う。ひととおり自己紹介が終わり、歓談。そこで “事件”が起きた。ぼくがあらためて「〇〇という宗教団体の専従職員をしています」と語ると、正面に座っていた高齢の弁護士の方がこうつぶやいたのだ。

「〇〇(教団名)か……。俺は〇〇に良い印象を抱いていない」

瞬間、ぼくは固まった。彼は構わずつづける。

「あなたたちの宗教への強引な勧誘は、世間では非常に評判が悪い。不評について、あなたたち自身はどう思っているのか。迷惑だと思わないのか」

その場が、一気に凍りつく。ぼくはとっさに言い返したくなった。しかし、険悪な空気をこれ以上長引かせたくないという思いがわき、黙ってやりすごした。

当然ながら、その後の交流会で「ぜひ、うちの会社に来なよ」といった話は出てこない(今から考えれば、あたり前すぎることなのだが……)。

ただでさえ転職活動で心が折れそうになっていたところに、この一発である。ダメージは相当だった。

「おのれ自身に忠実であれ」を貫く難しさ

転職サイトにエントリーしてもダメ。エージェントに頼んで転職を試みてもダメ。異業種交流会に参加しても、人脈を広げてもダメ。また、友だちのつながりをたどって探すなど八方手をつくしたが、それらも全部ダメ。悲しいかな、ぼくには転職市場での需要がなかった。

「教団本部に残るしかないのかな」

そんな思いが脳裏によぎる毎日。でも――「でも、でも、でも、自分にウソをつきつづけて本部にとどまるなんて、どうしてもできない。教団組織に違和感をいだいてしまった自身にとって、『残留』はつらすぎる!」

ぼくは、ジレンマに苦悩した。

かのシェイクスピアは書いた。「おのれ自身に忠実であれ」と。しかし、この名言が出てくる『ハムレット』で、シェイクスピアは、自分に正直に生きることの難しさと、正直に生きることで逆につらい思いをするという皮肉を描いた。そう、現実はそうかんたんにはいかないのだ。

ところが、そうこう呻吟しているうちに、ひょんなことから光明がさすことになった。

うつ病の闘病歴13年超のぼく。その病がご縁を連れてきた

まず、ここで告白したい。

ぼくにはじつは、うつ病の闘病歴が「13年超」ある。

過去には、リストカットをしたことが何度もあった。自殺未遂もした。文字どおり「死ぬ寸前」まで行ったこともあった。精神病棟にも入院した。あの鉄格子のなかでの生活は、記憶に鮮明に焼きついている。また、ぼくは休職・復職もくり返した。

病の原因はいろいろあるが、ぼくの場合は「教団本部に入社したこと」が素因になっていた。

そんなぼくが、当時ひそかに取り組んでいたことがあった。精神疾患をかかえる人やメンタルに悩む人たちの相談に乗る、「メンタル相談室」である。心に不調をきたしている人の声を聴き、医師や医療機関につなげる活動だ。きめ細かな心配りが必須なため、すさまじい体力・知力を必要とするが、うつ病を体験した経験を活かせることもあり、ぼくの「生きがい」になっていた。

さて、そんなぼくが、ある日、いつもなら相談に乗るはずなのに、思い余って相談者に相談に乗ってもらったことがあった。

「周囲には言っていないことなんだけど、じつは転職を考えているんだ。でも、行き先がまったく見つからなくて、ほんとうに困っていて……」

すると、相手から思わぬ言葉が返ってきた。

「ぼくの親戚が経営者なので、ちょっと聞いてみます」

「ぼくの親戚が会社を経営しているのですが、ちょっと聞いてみましょうか。正木さん(=筆者)にはここまで良くしてもらっています。恩返しをさせてください。親戚に相談してみます。転職の条件はありますか?」

彼の言葉に、ぼくは耳を疑った。そして、すかさず反応。

「えっ!? いいんですか!? それはありがたい……。条件なんて、そんな、全然ないです。お話をもって行っていただけるだけで感謝しかありません」

「では、しばらく待っていてください」

万策つきたと思っていた矢先に、一発逆転の可能性。喜びに手足がしびれた。

人にさしのべた手が、自身の助けに――転職、成る

「祈りは叶うよ!」

「信仰を貫けば、必ず報われる!」

「正義の道で勝利を勝ち取れ!」

こういった言葉が飛び交う信仰の道は、ぼくには厳しかった。途中から、ぬぐえないほどの違和感がわいて離れなくなった。その違和感を心にしまって生きると、苦しかった。信仰で幸せになるどころか、自分を偽って生きる苦痛が激しすぎて、不幸になっている感覚しかなかった。だからぼくは、教団「不適合者」なのだろう(実際、教団本部を辞めた後、そう言われたことが何度もあった)。

自分を偽らずに生きる。

これは、もしかしたら多くの人にとっての人生のテーマかもしれない。

『死ぬ瞬間の5つの後悔』という本がある。同書によると、死を目の前にした人が抱く後悔は、基本的に、自分の本心に向き合わなかったことに起因するらしい。自分に正直に生きたいという願い、また、そうやすやすと生きられない現実への挫折感には、どこか普遍性があるのだと思う。

ぼくは、その挫折感を宗教的な変性バージョンで味わった。ふつうではない経験ではあるけれど、最後の最後に「おのれ自身に忠実であれ」という道を選び、その第一歩を転職からはじめた。

「恩返しさせてください。親戚に相談してみます」から1カ月。“人事”の方から電話がかかってきた。

「弊社にて、ぜひ面接をさせてください」

ぼくは、飛んで喜んだ。そして、きちっとしたスーツに身をつつみ、面談にのぞんだ。超高層ビルのなかにある会社のエントランスがまぶしかった。「こんなところで働けたらな……」。それは、この面接の2カ月後に現実になった。36歳にして始めた初の転職が成功し、ぼくは中途入社の社員として歓迎され、仕事を開始することができたのである。

「新聞記者をしていた正木伸城と申します。どうぞ……よろしくお願い致します!」

入社時に社員のみなさんの前であいさつをした時、ぼくは涙をこらえきれなかった。後に聞いた話だが、この転職にはさまざまな方が尽力してくれた。感謝しかない。

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