『閃光のハサウェイ』にリアリティを添える、緻密で鮮やかな音への意図――音響演出・笠松広司インタビュー

『閃光のハサウェイ』にリアリティを添える、緻密で鮮やかな音への意図――音響演出・笠松広司インタビュー

  • ダ・ヴィンチニュース
  • 更新日:2022/01/14
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『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 ©創通・サンライズ

『機動戦士ガンダム』40周年記念作品として制作されたシリーズ最新作『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』。本作は『機動戦士ガンダム』の生みの親、富野由悠季さんが1989~1990年に執筆した小説『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』全3巻(上・中・下)を映像化する作品だ。本作の主人公はガンダムシリーズで活躍してきたかつての英雄ブライト・ノアの息子ハサウェイ・ノア。彼はマフティー・ナビーユ・エリンと名乗り、反地球連邦政府運動に身を投じている。なぜ彼はマフティーを名乗るようになったのか。そのドラマが緻密に描かれている。

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そのドラマを鮮やかに彩っているのが、笠松広司が手掛ける音響だ。彼は劇場版『∀ガンダム』のサウンドデザイン、音響効果を手掛けるだけでなく、宮崎駿監督の『風立ちぬ』の音響演出などを手掛けるベテラン。『閃光のハサウェイ』では、村瀬修功監督、小形尚弘エグゼクティブプロデューサーの推薦により、本作に関わったという背景を持っている。

笠松氏は、ガンダムシリーズにどんな思いをもって、本作の制作に臨んだのか。リアリティあふれる映像の中で、どのようなにモビルスーツや兵器の音をデザインしていったのか。その音響制作の背景について伺った。

ファーストガンダムの音に近づけるために

――笠松さんはこれまでも劇場版『∀ガンダム』などガンダムシリーズに関わられています。ガンダムシリーズの音響作業に参加することは、どんな思いがありますか。

笠松:やっぱり、ガンダムシリーズはメジャーな作品という印象がありますね。ある意味で「ガンダムは文化」だと思うんです。文化事業くらいのイメージがありましたから、今回も「大変なことになったな」という印象がありました。

――劇場版『∀ガンダム』は富野由悠季監督とのお仕事になりますが、音響作業で印象に残っていることはありますか。

笠松:劇場版『∀ガンダム』のときは、富野さんから「こうしたい」「あんなふうにしたい」というリクエストはありましたが、スムーズに作業ができました。劇場版『∀ガンダム』では「ガンダムシリーズの音は気にしなくていい」という方向性だったので、あまり意識せずに音を作っていきました。

――『閃光のハサウェイ』の音響作業では、ガンダムシリーズを意識していましたか。

笠松:『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)の音は良いなと思っていたんです。そこで『閃光のハサウェイ』では「目指せファーストガンダム」という感じで、あの当時の匂いを残しつつ、2021年の音にできれば良いなと模索していきました。

――ファーストガンダムの音は、笠松さんにとってどんな印象がありますか。

笠松:ファーストガンダムの音は、今では作ることができない音なんです。当時は、アナログのテープで作られていて、あのアナログ独特の質感や音質は、デジタルでは再現できない。音色も……これはどうやって作ったんだろうという、まったく想像ができない。機械といっても工業製品的な音ではなくて、軍事兵器に転用されたものの音。見事ですよね。その音が作っていた雰囲気や空気感を、今回はなるべく崩さないようにしたいなと思っていました。

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ガンダムの世界のリアリティを追求するために

――『閃光のハサウェイ』において、村瀬修功監督とはどんなやり取りをして音を作っていったのでしょうか。

笠松:村瀬監督と本編をいっしょに作ったのは、実は今回が初めてだったんです。今回はまず、本編の作業に入る前にPV(予告編)を作ることになって。そこで初めて村瀬監督と小形さん(エグゼクティブプロデューサー)と打ち合わせをしました。そのときにモビルスーツやビーム・ライフルの音は「可能であるならファーストガンダムの音を引きずれるものなら引きずってみたいね」という話をしたんです。でも、当時の音をそのまま使えるわけでもないので、じゃあ、どうしていきましょうかと(笑)。そのときにやっぱり昔の『ガンダム』の音は監督も嫌いじゃないんだな、むしろ引っ張りたいんだなという感じがしましたね。

――その予告ではモビルスーツのカットもありましたよね。

笠松:そうですね。上空を飛んでいるくらいですけど、そのときはプロトタイプのプの字もできていなかったです。その後、本編の作業に入る前にモビルスーツの音をつくるところから本格的な作業をはじめました。

――モビルスーツの音響の方向性を決めるうえで、最初に基準にしたモビルスーツはどれですか。

笠松:最初はいわゆるスペシャル機じゃないモビルスーツたち……104(RX-104FF ペーネロペー)や105(RX-105 Ξ〔クスィー〕ガンダム)ではなく、メッサーやグスタフ・カールの音から作っていきましたね。

――メッサーやグスタフ・カールは街を歩いたり、空を飛んだりします。最初に、その音を作ったということですか?

笠松:いや、いわゆる大きな巨大構造物(モビルスーツ)が街の中を動くという音の効果はそんなにハードルが高くはなくて。建物が壊れたり、いろいろなものを破壊する物理現象はそれほど苦労しないのですが、むしろそのモビルスーツが動いている音こそが芯であって、そのモビルスーツのコアな音が大事でした。いくつもの音を組み合わせて、ランダムに鳴るようなかたちにして、村瀬監督のリアリティにはまるような音を考えながらつくっていきました。

――ペーネロペーや Ξガンダムに関しては、どのように音を作っていかれたのでしょうか。

笠松:104は試作機、プロトタイプだから、えらくピーキーな機体であると。ここだけはガンダムシリーズをひきずらなくてもいいのかなと思っていました。105は特別な機体というイメージですよね。かなり試行錯誤をして作っていきましたね。

――ビーム・ライフルやバルカン砲の音も印象的でした。

笠松:ビーム・ライフル……ビーム系のものに関しては、やっぱり皆さまが連想できるガンダムのビーム・ライフルという音を出せれば良いなと思いました。撃ったときの距離感にあわせて、ひとつひとつを調整していったので、昔と違うように聴こえたかもしれませんが(笑)。バルカン砲は、やはりリアルな音にしたいと思いましたね。おそらくファーストガンダムのときから、実在する兵器を扱うときは、元の兵器のリアリティをベースにしながら、『ガンダム』の世界観のリアリティに合わせて音を付けていたと思うんです。このあたりは想像でしかないですが、そういった考え方で実在する兵器に関しては音を付けていきました。

――キャラクターのドラマパートは、どのように音を付けていこうとお考えでしたか。

笠松:ドラマパートについては、必要なものを必要なところにきっちりと、スタンダードで上質な音を付けようと思っていました。たとえば、画的にギギのイヤリングがフィーチャーされていれば、その音を付けましたし、カメラがある場所に合わせて音も付けていました。

――いわゆるドラマの演出として付ける音もあったのではないかと思います。たとえば劇中では時計の秒針の音が印象的に使われていますね。

笠松:そうですね、モビルスーツが出てこないドラマパートでは、状況よりもキャラクターの心象を表現するための音を付けていったところも多かったと思います。秒針はいろいろな意味を持ちそうな音ですからね。僕も、そこには意味は込めたつもりです。

――ほかにも、ハイジャックされたときにギギが「やっちゃいなよ/そんな偽物なんか」と言うシーンは、セリフが加工されています。

笠松:そうですね。あそこはこちらで加工して、「こんなんでどうですか」っていう感じで村瀬監督にプレイバックをしたのですが、それほど懸案にならなかった場所だったので、上手くいったのかなと。

――村瀬監督とのやり取りで印象的なところはどこでしたか。

笠松:こちら側で構築したものをダビング(音響編集)で一度聞いていただいて、そこからのやり取りがあったんですが、村瀬監督が目指しているものは、僕の好みに近かったんです。同じベクトルなのかなということがわかったのは良かったですね。それぞれのシーンについて「もうちょっとこんな空気が出せれば」みたいなやりとりはありましたが、大きく「こういうことじゃないよね」というところはなかったですし、村瀬監督はおっしゃることも曖昧じゃない。修正するうえでも、どこへ向かえばいいのかわかったので、とてもやりやすかったです。

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映画としての音響の魅力

――『閃光のハサウェイ』の音楽は、澤野弘之さんが担当されています。澤野さんの楽曲をBGMとして劇中で扱うときはどんなところを意識していましたか。

笠松:澤野さんの曲はとても良かったので、これはいつもどんな作品でも思っていることなのですが、なるべくベストなかたちでセリフとSEと音楽をハメたいと思っていました。澤野さんの音楽はフィルムスコアリング(映像に合わせて音楽を作る手法)ではなく、メニューで作ってくださって、自由にエディットしても良いと澤野さんが許してくださったので、コントロールもしやすかったです。

――フィルムスコアリングと違う良さがあったんですね。

笠松:そうですね。フィルムスコアリングがやりにくいというわけではないんですけど、セリフやSEとBGMがぶつかるときに、ギリギリまで調整できるので、そこはとてもやりやすかったです。ただ、基本的にはいつもと同じく「映画にしよう」という意識しかなかったですね。

――笠松さんにとって「映画」の音響とはどんなものだとお考えですか。

笠松:あたりまえのことですが大きなスクリーンで映像が見られて、大きな音でプレイバックできることは、一般の家庭ではできないことですよね。とくにドルビーシネマの劇場は、音量もこちらで狙ったものが狙ったとおりに再生できるものなので、お客さんにこちらの意図をお届けできる。大音量のシーンだけじゃなくて、静かなシーンでその場にいるような臨場感や、気持ちよさを提供できるんです。テレビのような環境だとかなり難しいことですよね。

――『閃光のハサウェイ』ではドルビーアトモス環境で制作されています。音響面ではどんなところに違いがあったのでしょうか。

笠松:ドルビーアトモスというと天井のスピーカーを使って、3Dオブジェクトとして音を立体的に回すことができるところが世の中でフィーチャーされている気がしますけど、僕が考えるドルビーアトモスの利点は、スクリーンバックからサラウンドのスピーカーまでイーブンに鳴らせるところが、一番良いところなんじゃないかなと思っているんです。

――全てのスピーカーをイーブンに鳴らせる環境はどんな良さがあるのでしょうか。

笠松:すごく技術的な話になっちゃうんですけど、これまでの劇場はスクリーンバックのフロントスピーカーの再生レベルが10だとすれば、サラウンド側のスピーカーの再生レベルは7くらいに設定されているんですね。しかも、サラウンドスピーカーは再生できる周波数のレンジもいわゆる蒲鉾型、つまり低い音域や高い音域が出ずに、真ん中の音域が出るようなものになっているんです。それがドルビーアトモスの環境だと、周囲のスピーカーもフロントスピーカーと同じ音量、同じ音質で鳴るんです。そうすると、いわゆる環境音に奥行きが与えられるので、お客さんにも包まれた感が出るんです。そういうところが僕が考える、ドルビーアトモスの良いところですね。

――ドルビーアトモスの映画館で見ると、たしかに最初のハウンゼンのシーンなど、宇宙船ならではの密室感が感じられました。そのあとの地球に降りたあとの解放感、そして市街の猥雑な雰囲気も。

笠松:そうですね、音響的には同じことをやっていても、いわゆる5.1chの環境と、ドルビーアトモスの環境では、空間の表現ができるという点において、俄然ドルビーアトモスのほうが有利だというのは事実です。

――『閃光のハサウェイ』の第1部の制作を終えられて、どんな感想をお持ちですか。

笠松:やっぱり、すさまじい圧力の中で仕事していた感じがあります。

――圧力ですか?

笠松:『機動戦士ガンダム』という圧力ですね。その中でずっと作業をしていたので、楽だった印象はひとつもなくて。もう全部キツいという印象しか、今は残っていないですね。

――『機動戦士ガンダム』にはプレッシャーがありましたか。

笠松:いやもう、「『ガンダム』ですよ」っていう話じゃないですか。僕が子どもの頃に『機動戦士ガンダム』が放送されて、ガンプラがあって。僕はドンピシャの世代なんですよ。40年が経っても『ガンダム』というコンテンツが生き続けていて、昔からのファンもいるでしょうし、どんどん新しいファンも生まれている。もはやひとつの文化になっていると思うんですよね。アニメ発で文化を築けるような作品ってほかにないと思いますし、その文化に手を出すということはどういうことか分かってる? というプレッシャーですよね。これがあと2本もあるのかっていう(笑)。

――第2部、第3部も楽しみにしています!

笠松:もう当たって砕けるしかないですよね(笑)。砕けるわけにはいかないですけど、もう当たっていくしかないです。

――今回、第1部のBlu-rayがリリースされました。劇場ではなく、テレビの環境になるわけですが、どのように楽しんでもらいたいと思いますか。

笠松:おそらく画に関しても、音に関しても、情報量が多いので、一度観ただけではわからないところがあると思うんです。そういうところをBlu-rayを何度も観ていただきたいですね。『閃光のハサウェイ』は繰り返し観ることに耐えうる作品だと思うんです。半年に一度、観たくなるような映画というか。そうやって「また観てみたいな」というときに楽しんでもらえる円盤になれば良いなと思っています。

取材・文=志田英邦

笠松広司(かさまつ・こうじ)
音響演出、サウンドデザイナー。音響監督作品に『漁港の肉子ちゃん』『映画 えんとつ町のプペル』『海獣の子供』などがある。音響演出作品には『風立ちぬ』『メアリと魔女の花』『きみと、波にのれたら』など。

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