思春期に治ったと思ったのに...結婚を機に再発した娘の脱毛症

思春期に治ったと思ったのに...結婚を機に再発した娘の脱毛症

  • 幻冬舎ゴールドライフオンライン
  • 更新日:2022/11/25
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四章 気づいてあげられなかった悔悟──娘由美の脱毛症との付き合い方

四ノ二 回復への期待

ただでさえ慎重に行うカツラ選びです。数十万円ものお金がかかることや様々なことで躊躇してきた人も多いと思います。現在では小児がんのサポートにと、“ヘアドネーション”という人毛の寄付があります。

過去の私はカツラを否定ではないけれど見送ってきました。それは子どもの年齢からくる不安もありましたが、やはり社会的な理解、認知がまだまだだと思ったのも事実でした。

最近、昔のことを思い出した私は、ヘアドネーションのことを妹から聞き、調べ、規定の長さまで達すると、ヘアドネーション賛同の美容室に行き髪を切り寄付しました。昔の由美のように髪を失った子どもがいて、そういう子どもたちが望むのなら、ぜひ使ってもらいたいと思ったのです。

昔と今とでは、世間の考え方も少しずつ変わってきているかもしれません。カツラという言い方もありますが現在は、ウィッグという言葉にもなってきていて、老若男女おしゃれをするイメージにもなってきているようです。時代が違えば私の判断も変わっていたのかもしれません。

最後に残った髪も抜け、漢方の先生に診てもらったところ、やはり毛根が針先のようでした。希望はないけれど、敢えて持つようにしました。月日が経ち、ついに細い弱々しい産毛のようなものが生えてきました。しばらくするとその毛も抜けていきました。細いのにさらにまだ毛根は鋭利なままでした。しかしこれを繰り返していくうちに毛根も丸くしっかりとしてくるからとの話をされました。

時々バスタオルで髪を流し受けては、タオルごと乾かしたものをそのまま持っていき診ていただいていました。まだまだ細く短く弱々しい毛をタオルの中で探すことも大変だと思います。しかし顕微鏡で調べていただいているうちに毛根が少し丸くなってきているのがあると、頭皮の内部が少し元気を取り戻しつつあると話をされました。ようやく光が見えたと思いました。

しばらくは、弱い髪が抜けては生えてを繰り返していました。そして徐々に髪が全体的に黒々と育ちはじめてきたのです。発症から約二年が経っていました。

四ノ三 一見して治っていた思春期

由美、頑張ってきて良かったね。ようやく、黒い髪を取り戻したのです。総合病院の皮膚科へ行くことはなくなりました。しかし引き続き漢方薬局にはお世話になっていました。漢方薬もすぐピタッと止めてしまってはいけない、徐々に減らして切っていくようにしようと話をされました。花粉症もあるようで、その薬も飲みながら、状態を見ていくような日々が続きました。

由美は中学生になり勉強や運動にもはげむようになりました。クラブ活動も充実した忙しい日々を送っていました。性格も素敵な感性を持ち合わせ、楽しい話し方をするような子どもでした。髪が育ってきたこともあり、外の世界にもどんどん目を向けていきました。

あるアイドルグループのファンになり、とても楽しそうにしていました。家族の中でもそのグループの話題が出ることも多く、由美を中心として家族一緒に会話を楽しんでいました。高校生になればアルバイトをしたお金でコンサートにもよく出向き、家族としては好きだなーと、微笑ましく感じていました。

由美自らも、アイドルにはまると、鬱病にはなりにくいらしいよーと言っていました。そのような話に根拠があるかどうかわかりませんが、親としては体も心も生き生きとしている今がとても尊く、嬉しく思っていました。

中学、高校、大学と約十年、多感な思春期、青年期といわれるこの年代に、もちろんストレスはあったことと思います。小さな脱毛は何度か繰り返してあったようです。しかし大きく成長し、様々な事柄を経験していくこの年代に大きな発症がなかったのは良かったのかもしれません。

成人式や大学の卒業式には振袖を着て、髪も自毛で華やかにアレンジしてもらえたのです。私には感慨深いものがありました。病院と漢方薬局へ行くことも、いつしかなくなっていました。花粉症はありましたが、自分なりに対処し、大きな病気もなく忙しく働いていました。

そんな由美もついに結婚することになりました。家を出て新たな環境でスタートするのです。幸せいっぱいなはずです。結婚してしばらくすると、また髪が抜けるようになったのです。

このように書くと、結婚がストレスか?と考えてしまいがちです。しかし夫婦仲は良いと言いますし、由美を大事にしてくれる、とても理解のある優しい旦那様です。家が変わった、家事をしながら仕事をするなど生活環境が変わっていったのは事実でしょう。薬で落ち着かせていた体の免疫が崩れてきた頃なのかもしれません。自分一人で再び病院へ行っていたようです。

しかし脱毛の勢いは治まりません。二度目の大きな波は、あっという間にきて、私もやきもきしていたところ、次に会ったときは、由美は自分でウィッグを作り、装着していたのです。

【前回の記事を読む】「風に髪がなびく後ろ姿がうらやましい」脱毛症の娘を持つ母の心情…

ななつまこ

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