「旨い塩の違い? 簡単よ、塩で朝まで酒が飲めるか」 お金よりオモロイことに生きる久保竜彦、47歳の今

「旨い塩の違い? 簡単よ、塩で朝まで酒が飲めるか」 お金よりオモロイことに生きる久保竜彦、47歳の今

  • THE ANSWER
  • 更新日:2023/09/19
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47歳になった久保竜彦、サッカーファンに愛された男は今も変わらない【写真:荒川祐史】

「BEYOND」インタビュー前編 サッカーファンが今も忘れないドラゴンの現在地

ドラゴンは今も変わらずドラゴンだった。サッカー元日本代表FW、久保竜彦。日本人離れした身体能力と強烈な左足を武器に得点を量産し、2006年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会を目指したジーコジャパンで日本サッカー界待望のストライカーとして嘱望されながら、度重なる怪我でコンディションが上がらず落選。39歳だった2015年限りで引退後は2018年から縁あって山口・光市の港町に移り住み、塩作りやコーヒー焙煎など自然と共生した地方暮らしをしている。「BEYOND(~を超えて)」をテーマに展開する「THE ANSWER」のインタビュー。前編は、47歳になった久保竜彦の今に迫った。サッカーで日本代表まで上り詰めながらミニマムな暮らしを貫く理由、食へのこだわり、お金に対する独自の価値観とは――。(敬称略、取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

◇ ◇ ◇

時代は、変わる。昨日の常識は、今日の非常識になる。その変化は、時代とともに加速しつつある。

しかし、変わらない男がスポーツ界にいる。

久保竜彦。

この名前に、あの時代のサッカーファンはどれだけ心躍ったか。

横浜F・マリノスで2003、04年のリーグ連覇に貢献し、ジーコジャパンのエースとしても活躍。豪快なジャンピングボレーを決め、トラップしなかった理由は「めんどくさかった」と言う。40メートル弾を決め、ひょっとこのような顔でゴールパフォーマンスを繰り出す。

無骨な性格と規格外のプレー。サッカー界の「昨日の常識」を覆す存在となり、誰もが世界との真剣勝負を夢見た。

しかし、腰や膝の度重なる怪我に苦しみ、ドイツW杯はまさかの落選となった。以降、いくつかのクラブを渡り歩いて、1度目の引退と現役復帰を経て、39歳だった2015年限りで、そのインパクトと裏腹に、刹那の輝きだった現役人生に終止符を打った。

そして、2018年から移り住んだのが縁もゆかりもない山口・光市にある室積である。内陸は山に囲まれ、瀬戸内海に面した小さな漁師町。メディア露出はそう多くない。47歳。今、どう生計を立てているのか。

「サッカー教室とか、イベントとかやって。室積でコーヒーやったり、塩をやったり、そういう繋がりでお金もらって、一緒に働いて、みたいな感じよね。『来て』と言われたら行くし。(直接は)知らんやつもね、嫁さんがあれやってるから、スマホ。だから(妻経由で)そういう人も来るけども、知った人がほぼ全部よね」

現役時代と変わらぬぶっきらぼうで、でも、どこかぬくもりのある口調で語る。

畑仕事や塩作り。そして、その塩を使ったコーヒー焙煎が日常の大半。室積から連絡船で20分の距離にある牛島という人口50人ほどの小さな島に塩釜がある。

「サッカー教室を何回かやってて仲良くなった社長さんに室積を紹介してもらって、気に入ったけえ。山と海あって、めっちゃ気持ち良かった。人も良かったし、自分に合ってる人も多くて。探検じゃないけど(見て回ったら)塩作りをしとる人がおって、面白そうだけん、手伝いでいいから『一緒にやれますか』みたいな感じで」

小さな縁と、無垢な好奇心に導かれ、新たな生活が始まった。

食の原体験は幼少期「じいちゃん、ばあちゃんが農家やっとって」

職人と、ドラゴンの朝は早い。

午前5時に起床。カレンダーの感覚はない。「休みも関係ないし、日付も曜日もわからん。時間はある程度わかる。フェリーが行ったり来たりして。プップーって鳴らしてるから。ああ(朝の)7時半か、もう(夕方の)4時半かって。コロナの時はそんな感じ。好きなことしかやらん、最高やったよ」

生活は質素そのもの。

携帯はガラケー。服装の基本は「これが一張羅よ」という黒のジャージと、夏冬を問わないビーチサンダル。長女は社会人として自立、テニス選手として活躍する次女と妻は横浜に移り、ここ数年は一人暮らし。スーパーに行くことは少なく、近くの漁師から新鮮な魚がおすそ分けされ、自ら作った野菜も食う。

食の原体験は、福岡・筑前町で育った幼少期にある。

「じいちゃん、ばあちゃんが農家やっとって。田んぼ作ったり、畑したり。父ちゃんがずっと働きよったから、腹が減ったり、クワガタが欲しかったりして、チャリで1時間かけて行って手伝いもした。じいちゃん、ばあちゃんが『自分で作った方が美味い』『そこら辺に売ってるのは美味しくない』って言うのが残ってたんよね」

高校を卒業し、1人で飛び込んだプロの世界も当初は「好きなもん食って、やってた」という。

「全部コンビニとか、飯食わずに練習するとか、適当で。(成人して)飲みに行くようになったら、酒で金もなくなった。そんなんやから、クビになりそうになって。でも、結婚して食いものが良くなったら、すぐに試合に出だして代表に選ばれて。だから、食いものは(影響が)あるんかなって」

怪我に苦しんだ20代後半は、フィジカルコーチの勧めで断食も経験。コンディションが上向き、口に入れるもの、入れないもので生まれる変化に興味が生まれた。食で大切にするのは、顔が見えること。久保自身、人付き合いが上手ではない。だからこそ、選ぶものは信頼にこだわる。

「やっぱ、顔合わせてやりたいもんね。選手の時も秋田でめっちゃ美味い豚があるって聞いたら、豚を育ててる人のところに行ったり、米を育ててる人のところに行ったり。でも、都会で生活してたら限られるけんね。食わなあかん時は食わなあかん。(誰が作ったか)わからんもの食って、クセえなとか思いながら」

心血を注ぐ塩は興味をそそられた最たる例。

「(牛島で作られた)塩はめちゃくちゃ旨かったんよ。今もその味が忘れられん。旨い塩はどう違う? 簡単よ。塩で酒が飲めるか。枝豆とかピーナッツとかって(塩味があっても)飽きるやん。(ごく少量の塩で)朝まで飲める、それが旨い塩よ。でも、都会の塩じゃそれができんのよな」

こんな風に、47歳の今を生きている。

しかし、「塩は腐らんし、塩があれば死なんと思う、絶対」などと真顔で語り、己の道をゆく久保は、どこか浮世離れしたイロモノの元アスリートとして切り取られやすい。ただ、突っ込んでいくと、今の時代に響く、この男の本質が浮かび上がる。

お金に持つ独特の距離感「別に金があって(それだけで)オモロイことはないやろ」

ひとつはお金。日本で人気を誇る競技、サッカー。活躍の場は少なくない。

引退後の選手は指導者として次世代を育成したり、解説者としてサッカーの魅力を伝えたり。あるいはサッカーを離れて起業する、あるいはタレントしてスポットライトを浴びる者もいる。現役時代にともにプレーした中田英寿、中村俊輔、福西崇史、中澤佑二らはそれぞれに個性的なキャリアを歩む。

久保はお金に対して距離感を持つ。

「必要やったらね、金ぐらい(最低限は)どうにかできると思うんよ。金は必要な時もあるけど。別に金があって(それだけで)オモロイことはないやろ。オモロイこといっぱいあるしね、外に。それでちょっとね、金もらえりゃいいだけで。それより、おもしれえこと知ってるから、俺はやってるだけで」

「ちっちゃい頃からそうなんよ」と続ける。髭を蓄えた口元が少しだけ緩む。

「自分で作って、自分で行って、自分でやるっていうのが楽しい。車でブーンって山に行くよりね。自力でね、チャリ使ったりして行った方が、むっちゃ気持ち良くなるんよね、頭も。そういうことが忘れられんし、やりたい。自分で作ったり、家作るのも基地作るのも好き。だから、やってるだけかな」

もちろん「必要ならどうにかできる」は、元日本代表という肩書きと人脈があってこそ。ただ、必要以上を求めないミニマムな暮らしを選んでいるのも事実。

現役時代はアメ車を乗り回した。年俸は数千万円。「最初(プロになった当初)は飲み代で消えてなくなって。でも、結婚してから嫁さんもどっちも貧乏だったけえ、嫁さんが管理して」。酒を飲めば、財布も携帯もよく失くした。クレジットカードすらも。

「だから、基本は何も持たないようにしたんよ」と久保は大真面目に言う。「横浜の高い店も行ったけど、それより旨いのはあるしね。金じゃ買えん旨いもんちゅうのはやっぱ、あって。まあ、(高級店も)旨いのは旨いけどね」

指針にするのは、己の価値観。自分と他人を比較しない。だから、現役時代の戦友を懐かしんでも羨むことはない。「頑張ってるかなって思うけどね。一緒にやったやつらは、やっぱね。会いてえなとか、酒飲みてえなとか思うけど。でも、それぐらいよ」

古き良き昭和を具現化したような豪傑さを貫き、オンリーワンを歩んできた人生。

転じて、令和のご時世。情報が氾濫し、すべてが可視化されるあまり、自分と他人を比較し、幸せがぶれる人もいる。時代の変化をこの男はどう捉えているのか。

意外にも、久保は「それはええじゃろ」と言った。

ぶっきらぼうな口調に、少しずつ、熱気が帯び始めた。

(後編へ続く)

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

THE ANSWER編集部・神原 英彰

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