投手歴3カ月で広島堂林と渡り合った関西学院山崎裕貴 引退後は指導者全う

投手歴3カ月で広島堂林と渡り合った関西学院山崎裕貴 引退後は指導者全う

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2021/07/23
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20年12月3日、現役最後の都市対抗で優勝してペナントを持つホンダ山崎裕貴さん(左)(本人提供)

<あの球児は今>

12年前の夏、投手歴わずか3カ月で王者を苦しめた身長168センチの正捕手兼急造リリーバーがいた。09年に関西学院(兵庫)を70年ぶりの夏甲子園に導いた山崎裕貴さん(30)。堂林翔太(現広島)を擁する中京大中京を相手に捕→投→捕→投とフル回転した球児は今夏、日本選手権で準決勝に進出したホンダの頭脳となっていた。【取材・構成=佐井陽介】

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社会人野球の日本選手権が開催された7月、山崎さんは多忙を極めていた。

21年からホンダ硬式野球部でコーチ兼アナライザーを肩書とする。パソコン3台を駆使して他チームを偵察。1球1球のデータ収集や情報入力、動画を使った配球、作戦の分析まで仕事は多岐にわたる。「やり出したらキリがなくて…」。そう照れ笑いする表情からは充実感が漂っていた。

「甲子園に出るまでは、社会人でも野球を続けるイメージは全くなかった。各カテゴリーで自分より実力が上の人と出会えたから、もっと自分も頑張ろうと思えたのかもしれません」

12年前の高校3年夏、身長168センチの正捕手兼リリーバーとして関西学院を70年ぶりの夏甲子園に導いた。1回戦の酒田南戦では滑川の久保田智之(元阪神)以来、11年ぶりの「先発捕手の勝利投手」を達成して注目を集めた。

2回戦では圧倒的不利の下馬評に抗い、堂林を擁して日本一まで上り詰める中京大中京に大善戦。1回1死から救援登板すると、捕→投→捕→投のフル回転で計7回を3失点。9回裏にサヨナラ被弾で力尽きたが、わずか3カ月という投手歴でも話題を呼んだ。

「今思うとバカだなと思うけど、中京大中京戦で初めてツーシームを投げて暴投になったり、打ってこないと思ったら120キロの緩い直球を真ん中に投げたり…。楽しんでいましたね」

実戦初登板は5月の練習試合。雑誌や本で慌ててスライダーやスプリットの握りを学び始めた3カ月後、古豪復活の象徴となるのだから人生は分からない。兵庫県大会前に「1回戦で負けるかも」と心配していた球児は堂林、明豊の今宮健太(現ソフトバンク)らと日米親善高校野球を戦うまでに。環境が激変した3カ月間は指導者となった今、貴重な財産となっている。

関学大4年秋には主将として大学初の明治神宮大会出場も経験。「ワンランク上の舞台で勝負したい」と選んだホンダでは2年目の15年に正捕手の座をつかみ、同年11月の日本選手権で準優勝も果たした。昨年12月の11年ぶり3度目となる都市対抗制覇を区切りに指導者へ転身。「最後の打席は4番の代打でバント。これもいい経験になりました」。29歳で幕を下ろした現役生活に悔いはない。

社会人になってからも、急造リリーバーに負けず劣らずの場数を踏んできた。

正捕手時代にはイップスを発症。投手への返球1つにも苦しんだ。「練習では何千球投げても大丈夫なのに、本番になると…。投手練習にも参加して一から投げ方を見直して、なんとか治すことができました」。

豪州ウインターリーグへの初代派遣メンバーの1人に選ばれ、同国代表投手やナックルボーラーとの対戦にも恵まれた。

「いろんな経験値は人よりあるかなと思います」

野球人生の第2章。引き出しの多さは大きな武器となりそうだ。【佐井陽介】

◆09年夏の関西学院フィーバー 70年ぶりの出場は夏史上最長ブランク。1回戦で酒田南に勝利。夏の甲子園勝利は関西学院中時代の39年1回戦で天津商(満州)を22-8で下して以来70年ぶり。夏の甲子園では東山、育英の57年ぶり勝利を上回り、センバツ最長の69年ぶり(98年関大一)も超える甲子園史上最長ブランク勝利となった。1回戦当日は午前3時にはチケット売り場に300人が並び、校名入りグッズの売れ行きも出場校トップだった。

◆山崎裕貴(やまさき・ひろき)1991年(平3)4月5日、兵庫県伊丹市生まれ。小2時に「桜台ハンターズ」で野球を始め、天王寺川中ではヤングリーグ「兵庫伊丹」の捕手兼左翼手で全国制覇。関西学院では10本塁打。関学大3年秋に関西学生野球リーグで39季ぶり優勝、4年秋は主将で明治神宮大会出場。14年からホンダで活躍。20年限りで現役引退。168センチ、72キロ。右投げ右打ち。

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