「お上もツラいのだから、私もがんばろう...」英国で暮らす私が、“エンパシーの搾取”に警鐘を鳴らす理由

「お上もツラいのだから、私もがんばろう...」英国で暮らす私が、“エンパシーの搾取”に警鐘を鳴らす理由

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/07/21

「クローズアップ現代+」(NHK)、「王様のブランチ」(TBS)などで紹介され話題のブレイディみかこさんの最新刊『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』。エンパシー(=意見の異なる相手を理解する知的能力)は、ジェンダーやフェミニズム問題の解決の鍵だというブレイディさんが、コロナ禍のイギリスとこれからの社会について語った。

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ブレイディみかこさん ©️Shu Tomioka

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エンパシーと女性の「やりがい搾取」

Clap for Carers.(ケアラーに拍手を)─最前線でコロナと闘う医療・介護従事者に、自分の家のドアの前に立って、感謝の拍手を贈る。昨年春、毎週木曜の夜8時にイギリス中で行われた光景です。パリやジュネーブ、ロサンゼルスにも広がり、日本でも単発的に行われたと聞きました。

呼びかけたのは、ロンドンに住む36歳の主婦です。3回目のロックダウンとなった今年1月、彼女が「またやりましょう」とツイートしていたので、ブライトンのわが家でも木曜の夜、家族揃ってドアの外に立ちました。ところが拍手していたのはわが家だけ。呼びかけた主婦のもとに「拍手という美談で終わらせてあとは何もしない政府の回し者か」「お前の家はわかっている」といった脅迫があり、彼女はやむなく呼びかけの中止を表明。それでも拍手しようというイギリス人はほぼいなかったようです。

コロナ禍が長期化する中で「拍手だけしていればいいのか」という疑問の声も大きくなっていました。私たちは看護師や介護士をヒーローのように扱っているけれど、その労働の市場価値のグロテスクなほどの低さは結局、何も改善されてないじゃないかと。

昨年4月、ジョンソン首相がコロナに感染して重篤な状態になったときに、ICUで48時間献身的に看護して「一生感謝し続ける」という言葉を贈られた看護師をご記憶でしょうか。彼女はこの5月、「(看護師は)敬意を払われることもないし、相応の報酬も得られていない」という抗議の声明を発表し、職を辞しました。イギリス政府は今年、看護師の賃金の上げ幅を1%と勧告しましたが、物価上昇率を考えたら実質的な賃下げになると批判が広がっていた矢先でした。

いまのイギリス政府に欠けているもの。それが私が新著『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)で論じている「エンパシー」です。立場の異なる人を理解する能力であるエンパシーは、ジェンダーやフェミニズムの問題解決のカギにもなると思います。しかし現代社会の構造上、他者へのケアを担うよう育てられている女性にとっては、気を付けるべき概念でもある。やりがい搾取につながりがちだからです。

ブレイディみかこさんは1965年福岡県生まれ。10代の頃からパンクロックにハマり、20代の頃は旅費を貯めてはイギリスやアイルランドのライブハウスを巡った。96年、わずかな所持金で渡英するとそのまま永住し、現地で知り合った9歳年上のアイルランド人と結婚。現地で保育士として働きながら2004年にブログを立ち上げて以降、一貫して労働者の視点でものを書き続けている。

私のイギリス暮らしも25年になりました。その間に、シティの銀行員だった配偶者はリストラされて大型ダンプの運転手に、一人息子は15歳になりました。息子が中学に入学してからの1年半を記録した『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)を上梓したのは一昨年のことです。本書で書いたエンパシー論は、意外にも、日本で大きな反響を呼びました。

エンパシーとは何か

息子が通う公立中学の期末試験に「エンパシーとは何か」という問題が出て、息子は「自分で誰かの靴を履いてみること」と解答した。私は「いい設問だね。世界中の人たちにとって、それは切実に大切な問題になってきていると思うから」と声をかけた─全252ページ中の3ページちょっとしかないエンパシーエピソード。これに読者のみなさんが反応したのです。メディアの取材でもエンパシーのことばかり聞かれました。

エンパシー(empathy)は1895年に初めて登場した言葉で、原語はドイツ語の「感情移入」を意味するeinfühlungです。アメリカのバラク・オバマ元大統領は子どもの頃、人類学者だった母親からこの言葉の意味を教わったそうです。彼は大統領時代、イスラム過激派のタリバンとの戦争を抱えていました。その解決にはエンパシーが必要だと考えていたようで、「世界の紛争はエンパシーの不足から起こっている」「エンパシーは世界を変える」と、スピーチのキーワードとしてエンパシーを繰り返し使いました。

エンパシーは「共感」と日本語訳されています。でも、共感なら「シンパシー(sympathy)」が定着していますよね。では、このシンパシーとエンパシーはどう違うのか。実は、これはネイティブにとってもなかなかの難問なんです。ちなみに私の配偶者は、息子の学校で「エンパシーとは何か」が出題されたと聞いたとき、「ええっ」と悲鳴を上げました。

「それ、めっちゃディープっていうか、難しくね?」

オックスフォード英語大辞典によれば、シンパシーとは「(1)誰かをかわいそうだと思う感情、誰かの問題を理解して気にかけていることを示すこと、(2)ある考え、理念、組織などへの支持や同意を示す行為、(3)同じような意見や関心を持っている人々の間の友情や理解」とあります。一方、エンパシーとは「他者の感情や経験などを理解する能力」とあります。

つまり、シンパシーは内より湧き出る「感情」で、エンパシーは身につける「能力」。シンパシーが向けられる対象は「かわいそうな人か自分と同じ考えの人だけ」ですが、エンパシーは「自分と考えの違う人こそ理解しよう」という能力です。日本ではエンパシーがシンパシーと同じく「共感」と訳されてしまったために、本来の意味が伝わらず、言葉自体も浸透していかなかったのでしょう。

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「感情労働」とエンパシーの搾取

昨年亡くなった人類学者のデヴィッド・グレーバーは、社会から無くなっても誰も困らない仕事を「ブルシット・ジョブ」(「クソどうでもいい仕事」と日本語訳されています)と呼びました。管理職、人事、広報、秘書など、ホワイトカラーのデスクワークがそれに当たります。逆に、休まれては社会が困る仕事を「ケア階級」と呼びました。それは看護、介護や教育に携わる仕事だからです。

実際、コロナ禍においては、前者が在宅勤務をしても社会は回っていきましたが、後者は感染のリスクにさらされながらも人々のために働くことを余儀なくされ、エッセンシャルワーカーと呼ばれました。

私もかつて保育士の端くれでしたからわかるのですが、ケア階級の人はコロナのような非常時でなくても、ケアする相手に対し、「何をしてほしいのだろう」「どうしたら喜んでもらえるのだろう」と考えながら仕事をしています。自分の感情を抑えて相手の満足度を上げようとする「感情労働」です。そのため、他の人よりもエンパシーが育ちます。

すると、上司や雇い主ばかりか、政府の事情なども考えるようになり、「あちらも辛いのだから、私も頑張ろう」と、どんな理不尽な要求にも自分を抑えて従うようになってしまうのです。為政者はこうして発生したエンパシーを利用します。自分に対するエンパシーを搾取するのです。

エンパシー搾取をさせなかった伊藤野枝

ケア階級には女性が多いですね。そもそも女性は、昔から家父長制の下で男性の世話をしてきました。だから「帰ってきたら一杯飲みたいんだろうな」とか「しわだらけのワイシャツを着せていくわけにはいかないから、アイロンをかけておこう」とか、エンパシーが働いてしまう。でも、男性は「彼女のスカートにアイロンかけてやるか」などとは考えないですよね。家庭においては、夫が妻のエンパシーを搾取しているわけです。

歴史的に女性が低い立場に置かれてきたことに疑問を覚え、闘った先輩がいます。例えば、大正時代の婦人解放運動家の伊藤野枝です。

「私は自分がわがままだといわれるくらいに自分の思うことをずんずんやる代りに人のわがままの邪魔はしません」

自我をしっかり持ち、自分はワガママであると宣言し、結婚制度を否定し、自由恋愛を繰り返し、子どもを7人もうけながら婦人解放運動に邁進しました。最後のパートナーの大杉栄はその時代のアナキストの代表格。やはり恋愛に奔放で愛人の一人に刺されて生死の境をさまよったという男ですが、野枝が子どものオムツを洗わないので、大杉と弟分のアナキスト村木源次郎がオムツを洗いました。大杉は育児や家事の面ではエンパシーを働かせたようです。

エンパシーを搾取されないようにするには、伊藤野枝のように、あらゆる支配を拒否する、自分はこうありたいという自分自身の軸を持っていなければいけません。すなわちアナーキーでなければいけない。今の時代を生きる女性たちには、この「アナーキック・エンパシー」(私の造語です)を自分のものとすることをおすすめします。

家庭内において、職場において、社会において、女性たちに伊藤野枝的な嵐が吹き荒れれば男性も変わらざるを得ない。男性がエンパシーを使わなければならない場面も増えてくるでしょう。

ロミオとジュリエットになりきって書いたラブレター

では、エンパシーをどのように鍛えればいいのか。コロナ禍のイギリスの教育にヒントがありました。ロックダウン中、息子はオンラインでシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の授業を受けていたのですが、そこでこんな宿題が出ました。

「主人公になりきってラブレターを書く」

私の世代であれば、男子がロミオになり、女子はジュリエットになったと思いますが、息子の世代は違いました。

第一週の課題は、男子生徒も女子生徒もロミオになりきって、ジュリエットにラブレターを書くことでした。そして翌週は、全員がジュリエットになって、ロミオにラブレターを書いたのです。まさに自分と違う人の靴を履いてラブレターを書いてみることで、エンパシーを養わせている。

指導した先生の話では、マッチョで反抗的な男子生徒が、ジュリエットとしてとても甘いラブレターを書いたり、おとなしい生徒が超クールなラップのラブレターを書いたり、思いもよらない傑作が生まれたそうです。これは大人でも応用できそうです。

未来の人へのエンパシー

息子の学校のエピソードをもう一つ紹介しましょう。昨夏にブラック・ライブズ・マター運動が立ち上がったときに、イギリスでは17世紀の有名な商人の銅像が倒され、海に投げ捨てられました。黒人の奴隷貿易に携わった人だったからです。このことが授業で取り上げられ、この行動は正しかったのか、生徒たちが話し合いました。いろいろな意見が出るなか、一人の生徒がこう提案しました。

「小さな映写小屋を作って、銅像が引き倒された時の映像をずっと流しておこう。こういうことがあったということを知るのは未来の人の権利だから」

これは未来の人に対するエンパシーです。日本の政治家にも聞かせたいと思いました。未来の人のために、記録は捨てるな、と。

※全文は『週刊文春WOMAN』 2021年 夏号にて掲載中。

Brady Mikako

1965年福岡県生まれ。ライター、コラムニスト。96年に英国ブライトンに移住。ロンドンの日系企業勤務を経て、無料託児所でボランティアとして働きながら、保育士の資格を取得。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞、19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞、本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。

text:Atsuko Komine
photographs:Shu Tomioka

(ブレイディ みかこ/週刊文春WOMAN 2021年 夏号)

ブレイディ みかこ

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