儀同三司母が抱えた夫への不安...最高に愛されてる幸せなこの瞬間に死んでしまえたら!

儀同三司母が抱えた夫への不安...最高に愛されてる幸せなこの瞬間に死んでしまえたら!

  • Japaaan
  • 更新日:2021/02/22
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前回は藤原道雅の悲恋を紹介したが、

平安の没落貴族と皇女の悲恋。身分の違いが生んだ許されざる恋の結末

少し気分が暗くなってしまったので、今回は多幸感溢れる恋の和歌とその作者のエピソードを書きたい。

忘れじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな

「“一生君だけを愛してるよ”と貴方は言うけれど、そんなことは難しいだろうから
最高に愛されてる今日死んでしまえたらいいのに」

今回の主人公はこの情熱的な和歌を詠んだ高階貴子。後に藤原道雅の祖母になる女性だ。

学者の家系に生まれた才媛 高階貴子

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『儀同三司母 – 近世の百人一首かるた』(Wikipediaより)

貴子は長屋王の血を引く高階家に生まれた。父は教育機関の長官を務めた学者で、非常に学識の高い人物だったという。

そんな父のもとに生まれた貴子も和歌と漢詩に秀でた才媛だった。その学才が認められ内侍として円融朝に出仕。高階の高と役職であった内侍を掛け合わせた「高内侍(こうのないし)」と呼ばれ、持ち前の学識を発揮して宮廷で活躍した。

愛する夫道隆と結婚しても尽きることのない不安

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藤原道隆(Wikipediaより)

ここで登場するのが後の貴子の夫で、中関白家の祖である藤原道隆だ。

当時、学者の家系は身分が低く高階家も例外ではなかった。一方の藤原道隆の家は藤原四家の一つで、天皇家とも血縁関係がある藤原北家という非常に高貴な身分。

そんな2人はいつしか恋に落ち結婚したが、貴子は道隆の恋愛に奔放な性格を知っていた。「私よりも身分の高い女性に心が移って、そのうち捨てられてしまわないかしら…」。そんな不安が常に心の底にあったのではないだろうか。

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『東錦絵百人一首』歌川国貞(国立国会図書館デジタルコレクション) 右・儀同三司母(高階貴子)

それに加えて、当時は一夫多妻制で結婚形態は通い婚。女性は夫が家にやって来るのをただ待つことしかできなかったから、貴子の心細さは計り知れない。

だからこそ、貴子は最高に愛されてる今日、この幸せのまま死んでしまえればという気持ちでこの和歌を詠んだのだろう。

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『小倉百人一首』菱川師宣(国立国会図書館デジタルコレクション) 左・儀同三司母

ちなみに貴子を悩ませる夫だが、やはり他にも数人の妻を持った。しかし生涯貴子を正妻とし、2人の間には藤原伊周、隆家、そして中宮定子といった歴史に名を残すほどの子供達にも恵まれ、中関白家の祖として一家の栄華を築き上げた。

貴子は百人一首の作者としては、儀同三司母という名で選出されている。これは息子伊周が儀同三司(格式が太政大臣・左大臣・右大臣と同じであるという意味)を自称したためで、彼女がその母親であるからだ。

貴子が詠んだこの和歌は彼女の情熱的な性格が伺えるだけではなく、「それでもいつかは…」という心の本音も聞こえてくる。

ひょっとすると貴子だけではなく、平安女性であれば誰もが抱えただろう不安が・・・

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