
感覚過敏研究所の加藤路瑛さん(本人提供)
光、音、におい、肌触りなど、私たちを取り巻くさまざまな“刺激が原因となって引き起こされる「感覚過敏」――。不登校などの原因のひとつともされ、いま、壮絶な実態が明らかになりつつなるこの「感覚過敏」について、当事者でありながら「感覚過敏研究所」を13歳で創設した“起業家”としても注目される現役高校生・加藤路瑛さんによる『カビンくんとドンマちゃん 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方』(監修/児童精神科医・黒川駿哉 ワニブックス)の一部を抜粋しつつ、感覚過敏の子どもたちを待ち受ける「2学期」という大きな“壁”に迫る。
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■“シャーペンをノックする音”で頭痛に
現在「感覚過敏研究所」を主宰する加藤路瑛さんは、自身が中学1年の後半から不登校となった経緯について、こう語る。
「最初からひとりを選んだわけではありません。中学校で新しい友だちをつくろうと僕も張り切っていたし、友だちに合わせようと頑張っていました。でも、うるさい教室にいると、まるで音の洪水。ずっと頭の中で音が鳴り響いていて、本当に落ち着けないのです」
加藤さんの入学した中学校は、屋上に校庭がある、都会の学校。そのせいか、休み時間などは元気の有り余った生徒たちのエネルギーが教室に満ちあふれ、とにかくうるさかった。
「このような表現をするのは失礼かもしれませんが、女子の甲高い笑い声は耳から脳まで響く。そのため、頻繁に頭痛を起こしていました。また、後ろの席から聞こえてくる“シャーペンをノックする音”が、僕にはまるで道路工事の音のように反響するので、授業どころではなくなってしまうんです」……。

加藤路瑛さん(ワニブックス提供)
こうして、保健室へと足を運ぶ日々がつづいた加藤さんだが、頭痛の原因が「クラスのみんなの賑やかな会話」「甲高い笑い声」だと聞いた先生は「それって感覚過敏かもしれない」と話したという。加藤さんが「みんなは自分と違うんだ、我慢していないんだ」と知ったのは、このとき。すべては「感覚過敏」が原因だった。
■困りごとの原因は「感覚過敏」にあった
現在、多くの人が自身の“困りごと”として認識しつつある「感覚過敏」とは、感覚特性のひとつ。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの感覚が過敏になり、日常生活に困難を抱える状態のことをいう。
私たちは通常、光、風、音、におい、味、寒さなど、さまざまな刺激を感じ取り、その刺激に対応しながら生きており、この感じ取った刺激を「感覚」として認識している。たとえば、気温の高い夏には、暑さを感じ取って涼しい服装をしたりクーラーをつけたりして、快適に過ごそうと努めることだろう。
しかし、同じ温度でも人によって「暑くてたまらない」と感じる人もいれば、「私はこのくらい平気。気持ちいい」と感じる人もいる。つまり「感覚」には個人差があり、本当は一人ひとり違っている、というわけだ。
ところが、人は社会の中で生きているため「多くの人はこう感じる」という“平均値”から設定された環境や仕組みの中での生活を余儀なくされる。このとき、もし、あなたの「感覚」が“平均値”から大きく離れていたとしたら、少なからず、困りごとが発生したり、周りの人間が苦もなく行っていることが努力しないとできない、といったハードルを感じることだろう。
この“平均値”から離れた感覚の特性を「感覚過敏」「感覚鈍麻」といい、くわしくはいまだ研究中であるものの、刺激に対する脳機能の働きや疾患、個人的な経験など、さまざまな原因で起きると考えられている。
つまり、加藤さんが「クラスのみんなの賑やかな会話」「甲高い笑い声」によって頭痛を引き起こしていたのも、冷蔵庫や空調、時計の秒針などの生活音、環境音が気になる、といった感覚過敏のひとつ「聴覚過敏」によるものだった。
■「不登校」につながるケースも……
症状の強弱こそあれ、感覚過敏は“見えない特性”のひとつ。だからこそ、周囲には当人の困り感がわからず――そもそも「感覚過敏」といった特性への理解も満足といえない状況下で――「なぜ、こんなことができないの!」「わがままではないのか?」といった認識を持たれることが多い。当然、当人のつらさは増していき、不登校などにつながるケースも少なくない、という実態がある。
とくに学校などの教育現場では、これまで「みな同じ」「足並みをそろえる」ことがよしとされてきた。そこで、感覚過敏を持つ子どもたちにとって大きな“壁”となるのが、今、スタートしたばかりの「2学期」なのである。遠足、運動会、文化祭……。本来ならば“楽しいイベント”となるはずの、これら学校行事が目白押しの「2学期」が、感覚過敏を抱える子どもたちに何をもたらすか、すでにおわかりの方も多いのではないだろうか。
運動会のピストル音は、加藤さん曰く「耳の中で何かが爆発したように感じて、目の前が真っ白になってしまう。破裂音は鋭い刺激となって耳に飛び込み身体は硬直。身動きさえとれなくなってしまう」。そのため、どうしてもみんなよりスタートが一拍遅れるのだそうだ。
このピストル音のみならず、加藤さんが実体験として語るように「スピーカーから流れる音楽やアナウンス、大勢の人のざわめき、声援。全身にまとわりつく砂ぼこり。さえぎるもののない太陽光。体育倉庫から出した備品のにおい」と、運動会は、感覚過敏を抱える子どもにとって、ときに苦しみを伴うイベントのひとつとなる。
また、遠足や修学旅行につきものの交通機関(電車、バス、車、飛行機)も、彼らを苦しめる要素のひとつ。味覚や嗅覚、触覚などの過敏に加え、「前庭覚(=平衡感覚)」の感覚過敏を持つ子どもは、揺れなどによって乗り物酔いを起こしてしまうという。
文化祭、音楽祭などについては、言うまでもないだろう。一見楽しそうに思える賑やかな光景も、見方を変えれば、単なる騒がしさと、不快なほどの人混み。そして、耳をつんざくような音へと変わる……。
■誰かの快は、誰かの不快かもしれない
加藤さんが主宰する「感覚過敏研究所」で医療アドバイザーを務める児童精神科医の黒川駿哉氏は、感覚過敏の実態と課題について、こう話す。
「お子さんによってさまざまな感覚過敏があるなかで、もっとも苦労されているのは、それがなかなか周囲に伝わらないことだと感じている。可能なかぎり“見える化”して周囲に伝わりやすくすること。そして、社会そのものが『感覚とは人によって全然違うもの』ということを前提に、受け皿として変わっていく必要がある」。
そう、顔かたちに個性があるように、感覚も一人ひとり違うもの。そこで、まずは私たちが「こんなふうに感じる人がいる」「決しておかしいことではない」と知ることが、すべての“第一歩”となるだろう。一方で、いわゆる周囲からの“配慮”のみでなく、感覚特性を持つ当事者からの“発信”が、周囲への理解を促すためにも必須となる。
加藤路瑛さんは、そんな感覚特性の理解の一助とすべく、感覚に困りごとがあることを周囲に伝えるツールとして「感覚過敏研究所」オリジナルの「感覚過敏マーク」を作成した。手軽に利用できるよう、可愛いどうぶつたちをモティーフに造られた缶バッヂやシールは、オンラインで購入することができる。また、自分の困りごとをうまく伝えられない子どものために「(教育機関向け)感覚過敏相談シート」も作成。こちらも、ウェブサイトから気軽にダウンロードが可能だ。
加えて、「感覚過敏あるある漫画」(イラスト:えいくら葛真)として、加藤氏自身がキャラクターとなり、感覚過敏とは何かをわかりやすく漫画にして伝える発信もスタート。第19話となる「学校内のセンサリーマップを作ってみたら」では、かつて加藤氏を不登校へと追いやった「学校」における感覚のしんどさを形にすることで、周囲の理解を得るといった、実際の実験に基づくストーリーとなっている。
黒川医師は、次のようにメッセージを贈る。
「本来、感覚は一人ひとり違い、どんな感覚もその人の個性です。私たちは『感覚のとらえ方には幅がある』ということを意識し、特性のある人の声を聞いて、どんなことに困っているかを知ったり、どんな配慮があれば問題なく過ごせるかに想像をめぐらせる必要があるでしょう」
誰かの快は、誰かの不快かもしれない――。「2学期」に目白押しの学校行事も、感覚過敏を抱える子どもとっては“楽しいイベント”ではなく大きな“壁”の連続かもしれないのだ。今こそ、そうした“想像力”が必要だということを、ぜひ、知っておくべきだろう。
(文・国実マヤコ)
●加藤路瑛 かとうじえい
2006年2月生まれ。高校3年生。12 歳の時に起業し、株式会社クリスタルロードの取締役社長に就任。 現在は自分の困りごとである「感覚過敏」の課題解決に向き合い、感覚過敏研究所を立ち上げ、感覚過敏がある人たちが暮らしやすい社会を作ることを目指し、商品・サービスの開発・販売、感覚過敏の研究に力を注いでいる。
加藤路瑛