もっと話せるようになろうよ、生理のこと。ピルは私を変えた。

もっと話せるようになろうよ、生理のこと。ピルは私を変えた。

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/04/07
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高校生の頃、生理一日目には必ず保健室かトイレで吐いた。激痛で冷や汗が出る。歩いたら吐く。目の前は真っ白で、授業に集中できない。そして早退、その繰り返し。

また授業が受けられなかった。英語の小テスト、一人でやることになるなぁ。仕方ない。こんなに頻繁に早退するのは私くらいだったが、クラスのみんなは優しかった。「顔色悪いよ」って心配して付いてきてくれた。でも「生理のせいで」こんなことになっているなんて言えなかった。言っていいことなのかすら、わからなかった。

身体検査で内定取り消し。「ごめんね」母からのメールに嗚咽した

生理痛が辛くて何度も吐いたり、泣き叫んだりしたけど鎮痛剤で耐えた

私自身、生理に伴って吐いてしまうことを、どうしようもないことだと受け入れていた。私が何度も保健室に来るものだから、保健の先生が婦人科に行くよう母と私に告げた。その日に、母と産婦人科に行った。「制服で産婦人科に行ったらダメ!」と母は言った。なぜだろう。

「痛いだけでしょ」そう産婦人科の先生に言われたので、「何度も吐いてしまったんです!」と説明したが、その言葉は面倒そうに無視された。検査では異常はなく、鎮痛剤を処方された。

それからは生理が来たと気づいたら、すぐに鎮痛剤を飲むようにした。痛みにはあまり効かないが、吐くことは次第になくなった。

大学受験の前日、生理一日目だったけど大丈夫、頑張ろうと思って図書館で勉強していたら、また吐き気が来た。すぐに家に帰った。前日は、ほとんど勉強していない。でも、本番じゃなくて本当によかったなぁ。当日だったら、試験会場で吐いていた。ぐちゃぐちゃの答案用紙は採点できない、なんてことになっていたかもしれない。

そして、なんとか大学生になった。大学生になってから、生理痛は悪化した。耐えられず、泣き叫ぶほどの激痛。学校では叫べないから、ひたすら顔を歪ませて耐えるけど無理だった。鎮痛剤は効かない。

「そんなんじゃ出産できないね」と部屋で泣きわめく私に冗談なのかもしれないけど、母は言った。子供は産んでみたい気持ちがあるし、なんか悲しかった。

どんな手を使っても「生理痛」をなくしたくて、調べて婦人科に行った

私は薬学を学んでいて、どんな薬にでも副作用があること、月経困難症と子宮内膜症、低用量ピルの存在に気づいた。生理のある人で、軽いものを含めると子宮内膜症は10%もの人が罹っている。

そして、試験一週間前に生理が来ることを予測できたので、一日寝込んで勉強できない日があるな、仕方ない、予備日にしようなんて考えていた。そんな考えに、ふと違和感を抱いた。なんで生理だからって理由で、勉強できなくなるの! すごく悔しくなって、でも予想通りに生理は来て、激痛で泣きわめいて一日つぶれた。

どんな手を使ってでも、生理痛をなくそう。今まで生理が来るたび、泣きながら緩和方法を調べていたが、低用量ピルが一番の方法だということは薄々と気づいていた。でも、怖い。

低用量ピルは、血栓症という副作用があって死亡した事例もある。「まずは漢方薬でもいいかな」と言いたいことを考えながら、今度は産婦人科ではなく、婦人科に行くことにした。治してくれるところが見つかるまで、色々な婦人科を巡ろうと考えていた。20歳になったばかりの私が、初めて自分ひとりで自分の道を決めた一歩だ。

最初に行った婦人科で正解だった。今までのことを話すと看護師さんが、「辛かったですね…倒れたりしませんでした!?」と言ってくれて驚いた。「倒れないように頑張っていました」と言いながら、初めて受け入れられたと感じた。

すぐに低用量ピルにしましょうということになり、先生も「ピルは血栓症というデメリットもあるけど、それ以上にメリットがとても大きいの。1シート試してみない?」と説明していただき、低用量ピルを飲む決心がついた。

副作用は、最初の3カ月の少量の不正出血だけだった。生理痛は1シート目で愕然と緩和され、半年後には消えた。いつ生理が来るかわからなくて、不安なことも一切なくなった。

低用量ピルを飲み、私の心には余裕ができた。変われそうな気がする

低用量ピルを飲んで、より明確に気づいたのだが、低用量ピルを飲む前の私のPMS、心の不安定な感じは相当だったなぁと。初経が来た中学1年のときから、人生の1/3は損をしていた。

私の心には余裕ができ、やってみたいたくさんのことが押し寄せる。今までの保守的で、諦めることの多かった私から変われそうだ。

そういえば、母は私が低用量ピルを飲むことを反対しているみたいだ。低用量ピルのことを話すといつも「そんなもの飲まなくていいのに!」と穢れ扱いだ。低用量ピルは、日本では1999年に認可されている。私が生まれる1年前。母は低用量ピルの存在にすら気づくことができないだろうから、当たり前のことなのかもしれない。

だけど、元気になった私はこれから低用量ピルや生理のことを、もっとみんなに知ってほしいと考えて活動している。それで、うまく伝えられるようになったら、伝えるから。だから、もっと話せるようになろうよ、生理のこと。

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Yurina.f

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