北陸新幹線延伸「終点」、敦賀の意外な生き残り策

北陸新幹線延伸「終点」、敦賀の意外な生き残り策

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2022/08/06
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東側から見た北陸新幹線敦賀駅(筆者撮影)

JR敦賀駅(福井県敦賀市)は2024年春、北陸新幹線の新たなターミナルに生まれ変わる。

新幹線開業対策として市が目指すのは「本を起点とした人づくりとまちづくり」。工事の遅延などで開業が1年遅れ、当惑の空気も漂う中、異色の新たな領域を切り開けるか。カギを握る施設群「otta」(オッタ)が9月に開業する。

現場見学の希望増える

「新幹線の駅舎建設が進むに連れ、現場見学会の希望が増えてきました。工事現場を見晴らせるこの場所も親子連れが目立ちます」

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敦賀市都市整備部・小川明部長の言葉通り、駅前の立体駐車場屋上はスマートフォンをかざす人が途切れない。

新幹線敦賀駅は地上から高さ37mの要塞のように巨大な駅舎がほぼ全容を現した。今年6月にはホームを覆う「旅客上屋」の骨格などが完成し、記念式典が行われた。線路の高架はすべてつながり、架線柱も立ち並んでいる。

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駅前の立体駐車場から見下ろした「otta」(筆者撮影)

市が開業対策の拠点と位置づける「otta」は、新幹線駅から北西へ約120m、中心市街地に建つ在来線駅の隣接地に9月1日オープンする。名前は方言の「おった」(いた)にちなむ。駅前に2014年、開設済みの交流施設「オルパーク」は、同じく方言の「おる」が語源で、2つの施設が一体化した「出会いの場所」の意味合いを持たせたという。

「otta」には、本を起点としたまちづくりの拠点となる知育・啓発施設「ちえなみき」、長屋状の飲食店舗「食の発信拠点」、さらに9階建て131室の「ホテルグランビナリオTSURUGA」が、広場を取り囲んで立地する。

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「otta」完成予想図。左手がオルパーク、中央が「ちえなみき」、奥が立体駐車場、手前が「食の発信拠点」(敦賀市提供)

市によると、最大のポイントは「官民連携」の制度設計そのものだという。どんな施設をどんなコンセプトで展開しても、財政的、制度的に持続困難では意味がない。先行開業事例を検討したうえで、小規模な地方都市の民間事業者のリスクを軽減しつつ、開発エリアのイメージコントロールを可能にし、さらにシビックプライドの実現を目指した。

その結果、「駅前の市有地を民間事業者に有償で貸し出すとともに、その土地の借地料等を原資に、民間が整備した施設の一画を市がテナントとして借り受ける」という手法を採用した。

そのテナントが「ちえなみき」だ。維持管理費には、一連の駅前開発事業で増額された固定資産税を充てるという。

「本」の持つ集客力に注目

それにしても、なぜ、「本」なのか。発想の原点は「『本』の持つ集客力と市民の居場所づくり」という。

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知育・啓発施設「ちえなみき」(左)と今秋オープンするビジネスホテル(筆者撮影)

職員が足で稼ぎ、先行地域での官民連携の成功事例と失敗事例を調査した。さらに、市民フォーラムや子育て世代との意見交換会で市民ニーズの把握に努めた。

これらの結果を分析し、本を「知的情報のインフラ」ととらえ、図書館以外の多様な読書環境を提供する営みを「知への投資」と位置づけた。新幹線開業対策で重視される「効果」の軸足を、観光と並んで、「地域づくり」や「人づくり」に据えた格好だ。プロポーザルの結果、丸善雄松堂グループが指定管理者として運営を担うことになった。

「ちえなみき」の名には、本との出会いで生まれる「知恵」や、空間コンセプト「World Tree」(世界樹)に基づく枝のような本棚を表現した「千枝」「並木」「幹」「木」、古代からの港の歴史を持つ敦賀の「波」「千重波」などの意味を込めているという。

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オルパークに掲げられたパネル(筆者撮影)

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オルパーク内に地元の高校が開設したカウントダウン・ボード(筆者撮影)

念頭にあったのは、今年で東北新幹線開業20周年を迎える青森県八戸市だ。同市は開業を端緒に斬新なまちづくりを展開し、2016年12月には「本のまち八戸」施策の拠点施設として、市が経営する書店「八戸ブックセンター」を開設した。財政面での議論はあるものの、ブックセンターは市民には好意的に迎えられ、まちのブランド力のアップにもつながっているようだ。

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「ちえなみき」の完成イメージ(敦賀市提供)

八戸市の事例を参考に、「ちえなみき」も民業圧迫にならないよう、売れ筋のベストセラーやコミック、雑誌は扱わない。「書棚を眺める」「手に取って選ぶ」「買う」、そして「本を通した地域コミュニティ活動」といった体験を通して、「リアル書店のすごさ」を浸透させたい、という。

もはや成り立たない「方程式」

「本」と新幹線開業対策の間には一見、大きな距離があるように見える。しかし、「文化」というキーワードは、中長期的には観光以上に、地域の経済活動につながることがある。

例えば、ヤフーは八戸市に従業員約200人を配置する拠点を置き、そのオフィスは八戸ブックセンターと同じビルに入居している。同社サイトには「階下に市が運営する書店がありますので、情報や知識の収集には申し分のない環境」と記載がある。

ヤフーが八戸市に拠点を置いた背景はいくつか想定されるが、新幹線開業が一つの契機と、地元では認識が一致している。

敦賀市近辺には気比神宮や気比松原といった観光スポットがあるとはいえ、乗換駅という敦賀駅の性格と相まって、金沢エリアのように新幹線開業で観光客が急増するかどうかは見定めがたい。何より、新幹線開業で急増した観光客は、2年程度で減少する例が目立つ。

コロナ禍による社会的、経済的な変化と相まって、これまでの開業事例の「方程式」はもはや成り立たない。「本」と市民の暮らし、そして観光スポットをはじめとする地元の地域資源をどう組み合わせて、新たなモデルを構築するか。

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東側からの北陸新幹線敦賀駅の遠景。奥は敦賀湾(筆者撮影)

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敦賀駅から西の車両基地へ延びる北陸新幹線(筆者撮影)

ビジネス面の動きも注目される。「otta」に進出する「ホテルグランビナリオTSURUGA」は、同じ延伸区間の石川県小松市に本社を置く株式会社・Hifリゾートが経営する。芦原温泉駅(福井県あわら市)の駅前に富山市の企業がビジネスホテルを進出させたのと同様、沿線間で宿泊業界の活動が活発化している形だ。

Hifリゾートは地元からホテルスタッフを採用するにとどまらず、顧客の開拓を目指して、独自の観光パンフレットを制作した。A4版16ページ、協力した敦賀市も驚くボリュームと質という。

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敦賀駅前に進出したホテルが作成したパンフレット(筆者撮影)

同社の中嶋浩代表取締役社長は「敦賀は多くのポテンシャルがある。開業のチャンスを最大限に生かしたい」と抱負を語る。同ホテルは北陸新幹線の高架を見渡す位置に建ち、部屋によってはトレインビューを楽しめそうだ。その立地をどう活用するかも、期待が膨らむ。

乗り換えストレス対策も課題

関係者の動きと言葉に活気が漂う敦賀市だが、不安材料も少なくない。

敦賀市は人口約6万3000人と、整備新幹線の開業駅を抱えた自治体では北海道北斗市(新函館北斗駅)の約4万4600人に次いで少ない。北斗市の隣に人口約24万6000人の函館市が位置することを考えれば、実質的に最も駅勢圏人口が少ない開業事例となる。

一方で、北陸新幹線と特急サンダーバード・特急しらさぎの乗換客は年間980万人と見込まれている。ビジネス需要が限られる中で、敦賀駅の乗降者をどれぐらい確保できるかが1つの焦点だ。

併せて、乗換客のストレスをどう最小化するかも大きな課題となる。現在、関西と北陸を結ぶ特急サンダーバードの中には、敦賀駅を飛ばして京都駅から福井駅までノンストップの便もある。この列車の利用者経験者にとっては、乗り換えの発生は大きな段差となるだろう。

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福井県以南の北陸新幹線の略図(地理院地図から筆者作成)

筆者もかつて、2002年まで盛岡止まりだった東北新幹線から東北本線への乗り換えを何度となく経験し、苦痛に感じていた。新たな乗り換えの発生は、敦賀という地名へのネガティブなイメージを喚起させかねない。

地元の利用動向も気掛かりだ。敦賀市民の多くは現在、東京へ向かう際は車で滋賀県の米原駅まで出て、東海道新幹線に乗車しているという。北陸新幹線は特急料金が割高になる可能性があり、東京と行き来する手段としてどれだけ選択されるか、料金やダイヤの設定が注目される。

敦賀市の施策は、長野新幹線以降30年近く続いてきた、観光を基軸にした整備新幹線の開業対策とは一線を画している。もちろん、観光振興にも力を注いでいるが、これほど「市民の暮らし」に軸足を置いた対策は、あまり例がない。かつて市を支えてきた原子力産業の将来像が見えにくい中、「依存体質」を克服する重要な転機として、新幹線開業を活用したいという意識も垣間見える。

ただ、とくに金沢開業時の観光客急増を目の当たりにし、また、長く観光客を強く意識した開業対策を見聞きしてきた人々にとっては、異色な施策と映るかもしれない。どう受け止められ、どこまで受け入れられるかが大きなカギと言える。都市規模を考えると、挑戦的と位置づけられる試みは実を結ぶのか。市民や北陸新幹線利用者の反応は――。成果の評価には、少し長い時間軸と、適切な指標の選択が欠かせない。

(櫛引 素夫:青森大学教授、地域ジャーナリスト、専門地域調査士)

櫛引 素夫

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