【必読リスト付き】「やっぱり中国は得体がしれないですね(笑)」ミステリー作家・島田荘司さんが語る、『三体』と華文ミステリー

【必読リスト付き】「やっぱり中国は得体がしれないですね(笑)」ミステリー作家・島田荘司さんが語る、『三体』と華文ミステリー

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/08/01

全世界で2100万部以上を記録した、中国人作家・劉慈欣のSF小説『三体』3部作。異星人との闘いを壮大なスケールで描く本作は、日本でも昨夏に第1部が翻訳され、13万部と異例の売れ行きを見せた。そして、今年6月18日には待望の第2部『三体Ⅱ 黒暗森林』(上)(下)が発売。早くもシリーズ累計30万部を突破するなど大ヒットを記録している。

【リスト】華文ミステリー必読の9冊

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島田荘司さん

◆ ◆ ◆

――『三体』を島田先生も最近、手に取られたと伺ったのですが。

島田 今忙しくてなかなか本を読む時間が取れないんですが、読みました。興味深かったのは、第一章で文革(文化大革命)の頃のことが細かく書かれていますね。

無実の罪で逮捕された少女が拘置所に入れられ、軍の女性幹部から渡された供述調書へのサインを拒んだところ、全身に水をかけられる。そのうえ、布団にも水をかけて去ります。そうすれば、眠りたくても寒くて眠れないわけです。なるほど、上層部の意向に従わない人間にはここまでやるんだな、と。

文革は一説には7000万人が死んだのではないか、殺されたのではないかと言われています。この国はどんな歴史を持っており、そこで暮らす人々はどんな問題意識を持って生きているのか。教養として知りたいという気持ちが、『三体』が世界的にウケた理由の1つだったのかなというふうに感じました。

――文革の真っ只中だった時代に、中国軍は地球外知性とのコミュニケーションを図っていたという第1章のエピソードが、現代の北京において驚くべき展開をもたらします。

中国を代表する天才科学者たちの連続自殺事件、ナノマテリアル研究者の汪淼の眼前に減っていく数字が浮かぶ“ゴースト・カウントダウン”現象、地球外惑星での文明創生を試みるVRゲーム「三体」……。冒頭に3つの不可思議な謎が掲げられ、それらが物語の推進力となっている。しかもきっちり謎に論理的解決がもたらされるという点で、ミステリー的な読み心地があるんです。

島田 私が以前から提唱している「21世紀本格(ミステリー)」に近しい部分があるのではないか、という声は耳に入ってきています。「21世紀本格」とはごく簡単にいえば、「本格ミステリーと最新科学の融合」ということなんですが、では「SF」との違いは何かと問われることがあるんですね。これは難しい議論ですから、今回はやめましょう(笑)。

『三体』は、文章がすごく上手でしたね。非常にロジカルでかっこいい文章で、ビックリしました。これはもともと英語で書かれたんですか。

――中国語で書かれたものが英訳され、両者を底本として日本語に訳されたようです。作者の劉慈欣は1963年山西省陽泉生まれ、発電所のエンジニアとして働きながら『三体』3部作を執筆したそうです。

島田 やっぱり中国は得体がしれないですね(笑)。数学オリンピックなどでも、中国人がすごくいい成績を取っているでしょう? 小説に関しても、中国には天才がいるはずだということを私は繰り返し言ってきました。特に本格ミステリーは「文学」であると同時に、「数学的なパズル」という側面もありますので、こういうものを作ったり解いたりする能力は、中国人はとりわけ高いと思います。

華文、すなわち中国語文化圏には、眠れる才能がたくさんいる。そういった思いで、島田荘司推理小説賞という新人賞を台湾で立ち上げたんです。

陳浩基の『13・67』が流れを変えた

――島田さんが選考委員を務める、2009年に創設された「中国語で書かれた未発表のミステリー長編」を募る新人賞ですね。第2回(11年)受賞者である陳浩基さんが、受賞後第1作として発表した長編『13・67』は、日本で17年9月に翻訳出版されベストセラーとなり、週刊文春ミステリーベスト10の海外部門第1位に輝きました。

オビで「華文ミステリー最大の話題作」と大々的に謳われている、この本をきっかけに中国語文化圏で発表されているエンタメ小説需要の土壌ができて、今度はSFだけれども「華文」のものが現れたぞということで、日本でも『三体』が読まれたという肌感覚があります。

島田 そうかもしれませんね。確かに「華文」という言葉は、島田賞によって広まったのかなというふうには思います。『13・67』に関して話をすると、あの本は日本のみならず世界各国で翻訳され、ベストセラーとなっています。ミステリーとして素晴らしく優れた短編連作であり、私もあっという間に読んでしまいました。

作者の陳さんは、香港出身です。小説の舞台も香港で、雨傘革命前夜の2013年から反英暴動が勃発した1967年へと、時間が逆戻りしていく構成なんですよね。

つまり、『三体』を読むことで中国について学べるものがあったように、『13・67』では香港の歴史や社会文化に触れることができるんです。ミステリーというものは、混迷をきたす世界情勢の中にあって、人々の理解を繋ぐ将来有望な文学形態なのかもしれません。

――華文ミステリーの多様性は、日本のミステリーと並べて語られることが多いです。両者はどのような関係にあるとお考えですか?

島田 まず、ほんの十数年前まで中国では、ミステリーといえばシャーロック・ホームズしか知られていないようなところがありました。その後各国で花開いたミステリーが、翻訳され紹介される機会が長らくなかったんですね。

ところが今世紀に入ってから講談社が北京に現地法人を作り、日本の本格ミステリーの作品を中心に、中国大陸で版権ビジネスに乗り出しました。各出版社に売り込んだんですが、実はちっともうまくいかなかったんです。しかし、台湾でうまくいったんですよ。あの島に綾辻(行人)さんや私の作品が訳されて上陸するのと同時に、実は大陸の方でもものすごい勢いで中国の人が読んでくれるようになったんです。だって、同じ言語ですからね。台北を経由して、日本の本格ミステリーが大陸にも大量に流れ込む時代が訪れたわけです。

その後、08年だったでしょうか、北京の新星出版から正式に私の小説が翻訳出版されることになりました。月に10冊ぐらい訳された時もあったんじゃなかったかなというぐらい、猛烈な勢いでしたね。それら日本のミステリーを読んだ若者たちが、自分たちでもミステリーを書くようになった。それが、現在の華文ミステリーの興隆に繋がっているんです。

先祖は日本の「新本格」だった

――日本のミステリーからダイレクトに影響を受けたんですね!

島田 新本格の影響から、最初の頃は「館もの」が多かったようです。怪しげな館が丘の上に建っており、作中で館の図面が現れて、やがて密室殺人が起こる。館が円筒形だったりすると、「まさか回るんじゃないだろうな?」と思っていたら「やっぱり回るのか……」と(笑)。今は先ほどおっしゃっていただいた通り、多様性豊かになっていますが。

ただ、中国でミステリーを発表するためには、守らなければならないお約束事があるんです。例えば、北京を舞台にするならば、警察官しか殺人事件を捜査してはいけないんです。名探偵が捜査をして事件を解決するのは、警察官の地位を貶めることになるらしいです。

中国の新人たちともいろいろ話しましたが、「エーッ」と驚くようなことがいっぱいありました。出版社の自主規制なんですよ。政府がガイドラインを出して、「これとこれとこれは駄目」というふうに言うわけじゃない。受け付けて、審査して、駄目な時は駄目と言うだけなので、本当のことは分からないんです。もちろん担当する人にもよるし、時期にもよる。厳しくなったりゆるくなったりする。

私の作品も、例えば『占星術殺人事件』は「絶対に翻訳されない」と昔言われましたよ。あれは、バラバラ殺人でしょう。あんなものを読ませたら、マネする人が出るという理屈でした(苦笑)。ですが翻訳モノは、意外と大丈夫なんですよね。

――それにしても……ミステリーの原点と言っていいシャーロック・ホームズから、一気にジャンプして、新本格以降の日本のミステリーにいきなり接続された。面白い突然変異が起きそうですね。

島田 少なくとも台湾では起きたと思うし、中国大陸でも今後起きると期待しています。先日イギリスとロシアへ行ってみて改めて気が付いたんですが、小説の新人賞って外国にはほとんど存在しないんですよ。ロシアにもフランスにも、ミステリーの新人賞はない。日本にはものすごい数がある、だから日本ではミステリーを書く新人がどんどん現れる。

中国語文化圏では、賞は現れては消える泡沫のようで、安定的に続いている長編の賞は島田賞だけなんです。島田賞が存在する意義は、年々大きくなっていると思いますね。

――華文ミステリーの新潮流なども生まれているのでしょうか?

島田 少し話がズレるかもしれないんですが、日本では公開されていないんだけれども、中国本土で大変人気を呼んでいる『唐人街探案』という映画があるんです。英語で言うと「チャイナタウン・ディテクティブ」。2人組の探偵の話なんですが、ジャッキー・チェンのドタバタアクションのカンフー部分に、ミステリーを当て込んだような、ギャグ的なシリーズです。毎回春節、旧正月の時期に公開されているんですが、昨年公開された第2作は興行収入600億円、中国だけで観客動員1億人を突破したんですよ。

「1」はバンコクが舞台で、「2」はニューヨークが舞台、来年1月に公開される「3」は、実は東京が舞台なんです。

――全然知らなかったです。確認したところ、『僕はチャイナタウンの名探偵』という仮の邦題がついているようですね。3作目には妻夫木聡、長澤まさみ、浅野忠信が出演。「2」から日中ハーフの探偵役で出演されている妻夫木さんの元へ、「チャイナタウンの名探偵」2人組がやってくるというあらすじのようです。

島田 このシリーズは陳思誠(チェン・ スーチェン)監督が脚本も務めているんですが、日本のミステリーが好きな方なんですよ。過去の2作は中国の友人からもらったDVDで見ているんですが、日本のミステリー作家の名前がいくつか出てくるんですね。

うろ覚えだけれども、おじさんが誰かを追いかけて部屋に入り込んだところで、「日本のミステリー作家の歌野晶午によれば、こういう時男は天井に隠れているぞ」とか、「青崎有吾によればドアの陰だ」とか、確かそんなことを言うんですよ。なかなか面白かったので、ウェイボーで「『唐人街探案』が面白かった」と書いたら、日本の映画関係者を通じて陳さんから連絡があって、会いたいと。ひょんなことから彼と仲良くなったんですね。

ある日、「北京に来てくれ」と言うから「何ですか?」と聞いてみたら、「『3』にちょっと出てくれ」と。日本の作家が中国映画に出るという、なかなか珍しいことになりました(笑)。中国で私は最近知られているので、「島田荘司先生はどこに出ているでしょう?」という企画をやるんだ、みたいなことを言っていましたね。

中国で名探偵映画が人気沸騰中

――日本でも公開して欲しいです。

島田 東京でも撮影をしたけれども、渋谷のスクランブル交差点でおおっぴらに撮影はできないじゃないですか。そこで栃木県の足利市に、大々的に渋谷のスクランブル交差点のオープンセットを作って撮影したそうです。さすが中国ですよね。スケールが違います。

――最後にお伺いしたいことがあります。実は『三体』を読んだ時に思い出したのは、島田さんの『Classical Fantasy Within』シリーズなんです。08年から10年にかけて3部(8巻)まで執筆された大河ファンタジーシリーズですが、調べてみるとまったく同じ時期に劉慈欣は中国で『三体』の3部作を刊行しているんです。同じ匂いがするんですよ。なので……まだ発表されていない最終第4部『メガロポリス・エド』はどうなっているのでしょうか!?

島田 冒頭の数百枚書いたところで、諸事情があって中断したんです。でも、確かに第1部から第3部までの世界の成り立ちというか、世界の謎そのものはまだ明かしていないですからね。20年は結構予定が詰まっているので、じゃあ再来年くらいには(笑)。思い出させていただいて良かったです。

――その頃には、『三体』の3部作の翻訳も出揃っているのではと思います。再来年、本誌で改めて取材させてください(笑)。

全世界で異例の大ヒット。日本でも13万部突破!

『三体』
劉慈欣(りゅうじきん)
大森 望、光吉 さくら、ワン・チャイ=訳/立原 透耶=監修

父は文化大革命で惨殺され、自らも無実の罪で投獄された葉文潔。人類に絶望した科学者が、異星文明とのコンタクトに成功した時、何を願ったのか? 舞台は数十年後の現代へ――。世界最大のSF文学賞「ヒューゴー賞」長編部門をアジア圏の作品として初受賞した。早川書房 1900円+税

華文ミステリー必読の9冊

【1】虚擬街頭漂流記

寵物先生(ミスターペッツ)
玉田誠=訳

2020年の台北。仮想世界のショッピングモールで血を流して人が死に、その人物を操作していたモニター男性が死んだ。誰が、なぜ、どのようにして殺人を決行した(できた)のか? モルグ街から虚擬街へ。「21世紀本格」の模範解答とも言える、第1回島田賞受賞作。文藝春秋 1800円+税

【2】世界を売った男

陳浩基(サイモン・チェン)
玉田誠=訳

ある朝、車の中で目覚めた刑事は、6年間の記憶を失っていた。「6年前」に起きた夫婦惨殺事件の捜査を続けるが、犯人とされて死んだ男は真犯人ではない、と理由の分からない確信を抱いていた――。第2回島田賞受賞作。必読の巻末解説は直木賞作家の恩田陸。文春文庫 840円+税

【3】ぼくは漫画大王

胡傑(こけつ)
稲村文吾=訳

家出していた妻が自宅に戻ると、夫が殺され息子は密室に閉じ込められていた――。奇数章では漫画好きの小学生“健ちゃん”、偶数章では鬱屈した会社員“方志宏”の人生が語られる。2つの世界はどのような関係にあり、事件と繋がるのか? 第3回島田賞受賞作。文藝春秋 1300円+税

【4】逆向誘拐

文善(ぶんぜん)
稲村文吾=訳

国際投資銀行A&Bから機密データが「誘拐」された。返して欲しければ「身代金」を用意しろ――。犯人の協力者が社内にいる可能性が高まり、情報システム部の植嶝仁も軟禁状態に。真犯人の正体を暴こうと試みるが。第3回島田賞に輝くサイバーミステリーの新機軸。文藝春秋 1200円+税

【5】

雷鈞(らいきん)
稲村文吾=訳

第4回島田賞受賞作。ドイツに暮らす盲目の中国人青年・阿大が僻地の山村で起きた“男児眼球摘出事件”の謎を探る――。中国人が書く、中国人が主人公の物語だからこそ可能となったサプライズは、「歴代島田賞受賞作の最高傑作!」(オビ文)にふさわしい。文藝春秋 1800円+税

【6】13・67

陳浩基(サイモン・チェン)
天野健太郎=訳

2013年から1967年へと時間が巻き戻る「逆年代記」を採用した全6編の連作短編集。「天眼」と呼ばれる名刑事=名探偵クワンと愛弟子ローの前に、香港という土地のそれぞれの時代ならではの事件が現れ、解かれ、人間ドラマが爆発する。第2回島田賞受賞後第1作。文藝春秋 1850円+税

【7】元年春之祭

陸秋槎(りくしゅうさ)
稲村文吾=訳

天漢元年(紀元前100年)の春、旧家で発生した連続殺人事件の謎に天才少女・於陵葵が迫る。終盤に「読者への挑戦状」が2度挿入される構成の妙や、少女たちの特別な関係性を愛でる「百合モノ」としても高い評価を得て、2019年本屋大賞翻訳小説部門第2位に。早川書房 1500円+税

【8】知能犯之罠

紫金陳(ズー・ジンチェン)
阿井幸作=訳

市公安局副局長の死を皮切りに、予告状通りに官僚たちが殺される。捜査の指揮を執る高棟は、犯罪心理学を学んでいた旧友・徐策に協力を要請するが、彼こそが犯人だった。警察小説でありつつ、犯人視点を採用した“倒叙モノ”でもある、「官僚謀殺」シリーズ第1弾。行舟文化 1850円+税

【9】現代華文推理系列(第一~第三集)

御手洗熊猫(ユーショウシーションマオ)、水天一色(すいてんいっしき)、林斯諺(りんしげん)、寵物先生ほか
稲村文吾=訳

華文ミステリーの名翻訳者がセレクト&本邦初訳したアンソロジー。島田荘司の名探偵の名をモジった御手洗熊猫(パンダ)、中国ミステリー専門誌の女性編集者でもある水天一色ほか、総勢11名がラインナップ。日本ミステリーからの影響も一望できる。Kindle版のみ 全3巻 各500円+税

text:Daisuke Yoshida

(島田 荘司,吉田 大助/週刊文春WOMAN 2020年 創刊1周年記念号)

島田 荘司,吉田 大助

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