本末転倒して、モチベーションを高める

本末転倒して、モチベーションを高める

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  • 更新日:2021/04/21
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これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)

前回の記事はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64883

平成29年~令和元年:70~72歳

河本敦史に社長を譲り副社長に河原淳を迎えた翌年の秋、ハワイ州&広島県友好提携20周年の記念式典が広島市内のホテルで開催された。

県の担当者から「ぜひ、ご出席を!」との要請を受け出席した恭平だったが、国会議員や知事の居並ぶメインテーブルに案内され、恐縮しながら鎮座していた。

会が進み、ハワイ州と広島県の友好提携に貢献した広島側の個人3人と1団体に対し、ハワイ州選出の上院議員と下院議員の連名による表彰が予告された。

こうした両院議員による表彰は稀有な表彰であることが紹介され、ホノルル広島県人会会長のウエイン・ミヤオが最初に湯川英彦知事、続いて森正夫県会議長の名を読み上げた。

祝福の拍手を続けていた恭平だったが、3人目の名前を聞いた途端、その手が止まった。

「甘宮市商工会議所会頭、ホンカワキョウヘイさん」

この年で11回開催の「みやじまトライアスロン大会」、相互に数回の交流を重ねた「神楽&フラ公演」、毎年の「コナ・コーヒー・フェスティバル」でのコンサート開催とお好み焼きの実演販売に加え、収益金のドネーションなどなどの継続が評価されての表彰だった。

ちなみに団体表彰は、2年連続セリーグ優勝した広島カープだった。

高校時代の県総体ポスター入選以来50数年振りの表彰状授与に雀躍して、妻の淳子にサプライズの仔細をメールすると、短い返信があった。

「どんな勲章よりも嬉しい!」

翌年早々に、商工会議所の奥山専務理事から打診があった。

「今年の秋の叙勲に、本川会頭に受章の意思があれば申請するよう案内が来ています」

「どこからの案内だ…?」

「経済産業省からです」

「へ~、叙勲って、市役所が推薦するんじゃないの!」

これまでに恭平は、何人かの先輩諸兄の叙勲祝賀会に出席し、菊の紋章の入ったお盆や朱肉ケース、時計などをもらっていたが、漠然と市役所の推薦だろうと思っていたから、市長と折り合いの悪い恭平には縁のない話だと勝手に決めつけ、全くの無関心だった。

平成最後の叙勲を受け、皇居への参内と天皇陛下に拝謁の誉れを妻にプレゼントするのも一興と考え、恭平は受章の意思を伝えた。

併せて型通りの祝賀会は断固として固辞し、自らが主催する感謝会の開催プランを恭平は目論見始めていた。

旭日小綬章受章記念「感謝会」への案内状

謹啓 初春の候、ご健勝にてお過ごしのこととお慶び申し上げます。

さて、私事ながら昨年秋の叙勲において「旭日小綬章」を拝受いたしました。

11月12日には、妻を伴い上京して伝達式に臨み、皇居「春秋の間」に参内し天皇陛下に拝謁して参りました。

発表直後から賜りました多くの祝意に恐縮し、改めて受章の重さを認識するとともに、身に余る栄誉に恐悦至極と感じ入っております。今回の望外の受章は、これまでの人生で出会った全ての皆様から頂戴した叱咤激励の賜物と衷心より感謝申し上げます。

さてさて、この感謝の気持ちを皆様にどのようにお伝えしようか…悩みに悩み、熟慮に熟慮を重ね、次のように愚考するに至りました。

そもそも今回の受章は、甘宮市商工会議所会頭を11年も務めてきたお陰!

会頭を続けてこられたのは、会員企業の皆様からご支持いただいたお陰!

ご支持を得てこられたのは、ダイナーウイング株式会社が存続してきたお陰!

会社が存続発展できたのは、長年に亘る各方面からの多大なご支援のお陰!

浅学菲才の私が代表を務められたのは、有能な社員に支えられているお陰!

幾多の困難をも乗り越えられたのは、敬愛する友人や家族に恵まれたお陰!

結局のところ、今回の受章は、これまでに出会った全ての皆様のお陰です。

もし存命するなら、今回の受章を誰よりも喜んでくれたであろう父の言葉を借りれば、「君の人生には驚かされてばかりで、全く退屈せんよ…」でしょう。

「とにかく、皆様に感謝するのよ…」母はきっと、そう言うに違いありません。

そんな両親に向かい学生の頃から私は、幾度となく宣言し続けて参りました。

「ボクは、自分の人生を素晴らしい喜劇にしたい!」それを聞いた友人からは、「貴様には、喜劇の他は演じられんサ…」軽くいなされて来たものでした。

人様に笑ってもらうこと、人様に喜んでもらうことを無上の歓びとする私です。

★これまでお世話になった皆様を、出来る限り多くお招きしたい!

★お越しいただいた皆様に、溢れんばかりの笑顔で帰っていただきたい!

★30年間お世話になった、この甘宮市の地で、感謝の気持ちを伝えたい!

そう願い、誠に僭越で破天荒ながら感謝会と銘打って、「林家たい平・落語会」を賑々しく開催いたします。

一人でも多くの皆様にお気軽にお越しいただき、おおいに笑っていただき、感謝の気持の万分の一でも汲んでいただきたく、謹んでご案内申し上げます。謹白

旭日小綬章受章記念「感謝会」の冒頭挨拶(抄録)

本日は独り善がりな感謝会に、北は北海道から南はハワイ島コナまで、多数ご臨席賜り誠にありがとうございます。高い所から恐縮ではございますが、心よりお礼申し上げます。

中学生の頃からでしょうか、父親が購読していた文藝春秋を手にしたら、まず「編集後記」から読み始め、芥川賞の受賞作品が掲載されると、真っ先に「選評」を読み、次に「受賞の言葉」を読んでから、おもむろに受賞作を読んでおりました。

37歳で初めての小説を書き文芸誌に応募し、幸いにも最終選考辺りまで残ったものの、「受賞の言葉」を添えて投稿したのが災いしてか、残念ながら落選いたしました。

工場建設の際も、懸命に設計図を睨みながら、竣工式の趣向に想いを馳せておりました。どうやら私は、何事によらず「本末転倒」してしまう傾向が強いようです。

斯様な私が、昨年秋の叙勲において「旭日小綬章」を拝受いたしました。

本末転倒した癖を持つ私は、今回も受章にノミネートされた時点から、どのように感謝の想いを皆様にお伝えしようかと思い悩んでおりました。

受章後、多くの友人から「貴様の人生は、本当に奇跡の連続だ!」と呆れられましたが、実にその通りで私の人生は、奇跡的なツキが積み重なって今日に至っております。

かつて岩国工場竣工の際、「従来はツキに頼り過ぎていたようです。これからは、もっと積極的に、もっと確実に、ツキを掴んで参る所存です!」そう決意表明するとともに、「ツキを掴む五つの法則!」なるものを披歴させていただきました。

詰まるところツキとは、人様が運んで来てくれるものと愚考します。

そこで受章を機に、改めて「72年間のツキ、ベスト5」を選んでみました。

『一番目のツキ』は、広島国泰寺高等学校に入学し、サッカー部に入部したことです。

現役時代と浪人時代合わせて5年間で、その後の人生に大切なほとんど全てを学んだような気がします。見方を換えれば、あれ以来、ほとんど成長していないのかもしれません。

『二番目のツキ』は、人より遅れて入った大学で、人より早く今の女房を娶ったことです。

「幸せにできるかどうか解らないけど、絶対に退屈はさせない!」そうプロポーズした日からから今日まで、常に本音で語り続け、有言実行を信条とする私です。

『三番目のツキ』は、広告代理店を惜しまれつつ退職し、父の経営する会社の専務に就任。先見の明でしょうか、取引先にエンゼルスを選び、エンゼルスから選ばれたことです。

今では信じられない話ですが、地元有力メーカーから取引を断られた万策尽きたエンゼルスが、足繁く通った私に根負けして、棚ボタ式にチャンスを得たと言うのが真相です。

『四番目のツキ』は、初めて自社工場を建てるに際し、この甘宮市の地を選んだことです。

数え切れぬ程の土地を見て回り一目惚れした土地を、売る気もなかった地主さんを拝み倒して取得して、新工場を建設したのが当時の甘宮町でした。

考えてみてください。甘宮市以外の何処の誰が、私如きを教育委員に指名し、商工会議所の会頭に選んだでしょうか。改めて甘宮市の皆様の懐の深さに敬意を表し、山上五郎前甘宮市市長と故・中沢俊夫甘宮市商工会議所初代会頭に感謝申し上げます。

そして『五番目のツキ』は、本日ご来場いただいている皆様に出会ったことです。

本日ご列席いただいた皆様方との出会いは、ツキそのもの、人生そのものであり、語り尽くせぬ数多くのドラマでもあります。

皆様との出会いにより、私がどのようにツキを掴んだのか、お一人お一人についてお話し申し上げたいのですが、時間の都合で一人だけ、本日のゲストである林家たい平さんと私の「馴初め」についてお話しさせてください。

10年程前、私が会長を務めるある親睦団体の会費に余剰が生じたことから、「経済評論家を呼んで講演会をしよう!」との謹厳実直な提案がありました。

「評論家の経済予測より、落語家の笑いの方が心身に好い!」軟弱な反論したのが私です。

ならば、「知名度の高い『笑点』メンバーを呼ぼう!」と衆議一決。

林家たい平さんと初めてお会いしたのは、本日の会場の隣の「小ホール」控室でした。

気さくな人柄についつい気を許した私は、慙愧に堪えない失言をしてしまいました。

「師匠の前に、私が挨拶させていただきますが、師匠より受けたらゴメンなさい」

笑って聞き流されたのも束の間、高座に上がってから手痛いしっぺ返しを受けました。

「冬、広島と言えば、やはり牡蠣。幕が下りたら、本川会長さんから『土手鍋で一杯!』なんてお誘い受けるんでしょうね…」

これを聞いて、下戸で気の利かぬ私は大慌て。幕間に控室に駆けつけ、遅れ馳せながら「土手鍋で一杯!」とお誘い申し上げたところ、再び高座に上がった師匠から、さらなる口撃を受ける羽目になりました。

「会長さんって、実に生真面目な方ですね。先ほど、『土手鍋で一杯』のお誘いを受けましたが、今日はもう遅いから結構ですよ。でも、牡蠣って宅配便で送れますからね」

翌日、選りすぐりの殻付き牡蠣に「賀茂鶴大吟醸」を添えてお届けしました。

折り返し、牡蠣と酒のイラストの入った巻紙の丁重な礼状が届き、それ以来、馴染みの鮨屋で吞兵衛と下戸が、酒とお茶を酌み交わす交流が始まりました。

「一事が万事、一人が万人」こうした方々に囲まれての今回の受章は、これまで頂戴した温かいご支援ご指導の賜物と改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

これからのひと時、林家たい平師匠による古典落語「替り目」を現代風にアレンジしたオリジナル・バージョンで、絶品の話芸を存分にお楽しみいただき、お帰りの際には皆様の溢れんばかりの笑顔を拝見させてください。

サンキュー!サンキュー・ソー・マッチ!

これまでの連載一覧はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/search?fulltext=%E4%BB%8A%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B9

惣才 翼

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