近年は自炊やキャンプ飯に凝る人が増えているが、「毎回味にばらつきがでる……」「なぜかいつも味がまとまらない……」といった悩みを抱える人も少なくないはず。やはり素人がつくる飯は限界があるのか? しかし、“クッキングエンターテイナー”のCOCOCORO大西哲也さん(@bbq0024)は「素人でも家庭料理を超える味を作ることができる」と断言する。YouTubeで登録者数46万人、総再生回数1億回以上を誇る人気料理解説『COCOCOROチャンネル』を配信し、今年3月には自身5冊目の料理解説本『豚かたまり肉を買ってみました』(ワニブックス)を出版した大西さんに、「自炊の飯が美味くなる手軽なひと手間」を伝授してもらった。

大西哲也さん
◆味つけだけじゃない。塩と砂糖の意外な効果
――素人でも簡単に料理を美味しくできる方法ってありますか?
大西哲也さん(以下、大西):ありますよ。たったひと手間かけるだけで、味を大きく変えることができます。近著『豚かたまり肉を買ってみました』の中でも2つのひと手間に触れているのですが、1つは塩と砂糖の意外な効果です。塩は塩味をつける、砂糖は甘さをつけることができますが、それだけじゃないんです。
塩には脱水効果があり、浸透圧によって水分だけでなく、肉の臭みも抜くことができます。水分は抜けるけど、うま味は抜けずにむしろ凝縮されるので、塩を振りかけるだけで濃厚な味になるんですよね。さらに肉の筋繊維を柔らかくする効果もあるんです。
そして、砂糖には素材の保水力を上げる効果があります。しっとりとした食感になって、素材が縮みにくくなる効果もあります。こういう科学的な効果も知っていると、料理のレベルをぐんと上げることができますよ。
◆“ひと味足りない”ときには砂糖を入れるべし
――塩と砂糖には、そんな効果もあるんですね。でも素人的には、例えば野菜炒めを作る時に塩を足すことはあっても、なかなか砂糖を入れようって発想にならないんですよね……。
大西:料理の美味しさの決め手って、五味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)のバランスなんですよ。野菜炒めの場合は、しっかり野菜の甘味を引き出せていれば、塩だけで十分美味しく作ることができるのですが、もし「何かひと味足りないな……」と感じた時は、砂糖をほんの少しだけ入れてみてください。
日本人が美味しいと感じる調味料の多くは、基本的に甘さが入っています。焼肉のタレとか、めんつゆ、ドレッシングなどは甘味があって、それだけを食べても美味しく感じるじゃないですか。これらには相当な量の砂糖が使われていますよね。そう考えると、砂糖ってすごく大事なことが分かるはずです。
ですから、料理の味がまとまらない時は、砂糖をちょっとだけ入れてみるといいかもしれません。ただ、あまり入れすぎると五味のバランスが崩れてしまうので、注意が必要です。
◆加熱とは「中心温度を100℃にすることではない」
――すごく分かりやすかったです。そして、2つ目のひと手間とは何ですか?
大西:それは温度です。肉料理でも魚料理でも、料理が美味しくならない最大の原因は、ほとんどの場合が「加熱のしすぎ」なんです。逆に加熱が足りなくても美味しくならないのですが、日本人は加熱をしなきゃいけないって根深く思い込んでいるんですよね。加熱しすぎると、肉が硬くなってパサパサになり、味も失われてしまうんです。水分と共にうま味まで抜けてしまうんですよ。
もちろん料理には「十分な加熱」が必要なのですが、その認識に齟齬(そご)があるんですよね。厚生労働省が指導している「食肉の十分な加熱」とは、素材の中心温度が75℃で1分、もしくは63℃で30分と同等の加熱をすることであって、100℃にすることではないのです。
◆おすすめは「塩茹で焼き」
――それは知らなかったです。加熱しすぎないようにするには、どうしたらいいですか?
大西:ベストは温度計で中心温度を測ることですね。コントロールしやすいですし、それだけで料理の味が大きく変わりますよ。
――温度計を買わなくちゃダメですか? もっと簡単な方法はありませんか?
大西:もっと手軽な方法はあります。それは焼くのではなく、茹(ゆ)でてしまうんです。最初に肉を茹でてしまう方が楽ですよ。特に十分な加熱が不可欠な豚肉の場合は、火入れが難しいので、私は「塩茹で焼き」の手法をよく使います。肉全体にたっぷりの塩をすり込んでから茹でれば、臭みが抜けて、肉を柔らかくする効果もあります。沸騰した塩水で肉の中心がピンクがかった白色になる(中心温度70℃くらい)まで茹でた後で、仕上げに焼き色をつける感じですね。私はホイコーローとかトンテキを作る時も「塩茹で焼き」をしています。
◆料理の学校に通ったことがない
――そうなんですね! でも、浸透圧や保水力、中心温度とか、やっぱり料理は科学ですね。
大西:私も最初は、料理は科学だと思っていたのですが、最近はちょっと考えが変わってきたんです。科学ではあるのですが、やっぱり根本は美味しいものを作りたいという気持ちや、頭を柔らかくして今までの常識を疑ってみようとする姿勢だと思うんですよね。
実は私は料理の学校に通ったことがないんです。自動車整備士、旅行会社の添乗員などを経て、30歳を過ぎた時にふと「自分は本当は何がしたいんだろう?」と考えたんですよね。もともと料理が趣味だったのですが、私が人に一番喜んでもらえるのは料理を振る舞った時だなって気づいて、料理研究家の道を歩み出したんです。
◆カレー研究が「料理の楽しさの出発点」
――料理が趣味になったきっかけは何だったんですか?
大西:もともと結構な凝り性でして、何かを調べたり、研究するのが好きな性格なんです。17才の時にカレーづくりにハマりまして、市販のルーの中で一番美味しいルーが何かを調べたんですね。そのうちに、いくつか美味しいルーがあるけど、その違いって何だろう? ルーの原料は複数のスパイスだけど、そもそもスパイスって何だ? って調べまくった時期があったんですよ。カレーの美味しさの理由を深く探っていったことが、私にとっての料理の楽しさの出発点だった気がします。
◆料理は自由な発想で楽しむもの
――今まさに理想のカレールーをつくるクラウドファンディングをやられていますよね。
大西:そうなんですよ! 17才から23年間もカレーを研究し続けた“変態料理研究家”の集大成となる「あなたが完成させるカレー」のクラウドファンディングを行っています。日本人って本当にカレーが大好きじゃないですか。私なりにカレーを深く研究してきたんですけど、やっぱりそれぞれが隠し味を足したくなるじゃないですか。そのアレンジの余地を残した完全なカレールーを作ることが悲願だったんです。目標金額は達成しましたが、ここからの伸びで一般販売ができるかどうかが決まってきます。8月頃には支援してくださった方々へお届けできる予定です。
やっぱり料理はアレンジや隠し味を加えたり、自由に楽しみながらやるものだと思うんですよね。今回は「自炊の飯が美味くなる手軽なひと手間」をアドバイスさせていただきましたが、皆さんも自由な発想でもっと料理を楽しんでもらえればと思います!
<取材・文・撮影/中野龍>