アジア系ヘイトクライムとバイデン政権の対中国攻勢

アジア系ヘイトクライムとバイデン政権の対中国攻勢

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  • 更新日:2021/05/03
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日本車をハンマーで叩く女性、ペンシルベニア州ラトローブ。チャイナバッシングは、かつてのジャパンバッシングを彷彿とさせる(AP/AFLO)

「コロナ禍は中国のせい」―トランプ前大統領の煽った対中国偏見で広がり始めた在米アジア人ヘイトクライムが、その後「中国は最も深刻なライバル」と位置付けるバイデン政権下で一段と悪化、ホワイトハウスも頭を痛めている。

昨年初め、アメリカで新型コロナウイルスが猛威を振るい始めて以来、アジア系米国人をターゲットにした襲撃事件が広がり始めている。

国連人権局のレポートによると、全米にコロナウイルス感染が広がり始めた昨年3月から5月の8週間に報告された被害件数は、1800件に達した。また、アジア系市民組織「Stop AAPI Hate」の集計によると、昨年1年間では2800件に及んでおり、コロナ禍が長期化した後も収まる気配はなく被害は増え続けてきた。

被害内容は、公園を散歩中に刃物で切りつけられた、スーパーで買い物した帰りに卵を投げつけられた、繁華街で夜間帰宅途中、後ろからつけてきた男に突き倒された、美容室で罵声を浴びせられた、ガソリンスタンドで給油を拒否された、レストランで食事中にすれ違いの客につばをかけられた、など多岐に及んでいる。

その中でも全米で大きく報じられたのが、去る3月、アトランタのマッサージパラーで働くアジア系女性6人を含む8人が白人青年に射殺された衝撃的事件だった。

アジア系米国人を標的にした攻撃や嫌がらせは、全米50州中47州で報告されており、州別ではカリフォルニア州が全体の46%と最も多く、ニューヨーク14%、ワシントン州4%、テキサス州3%などの順となっている。

昨年来、全米規模で白人によるこのようなヘイトクライムを煽るひとつのきっかけとなったのが、トランプ大統領(当時)の偏見に満ちた中国批判だった。

ビジネス誌「Forbes」最新号によると、とくにトランプ氏が昨年3月16日、自らのツイッターで新型コロナウイルスを「China virus」「(中国の武術カンフーをもじった)kung flu」と呼び中国批判をして以来、当時数千万人といわれたフォロワーのうち最低120万人のハッシュタグ(検索ワード)としてこの俗称が使用され、結果的に「コロナ禍は中国のせい」との誤った認識がアメリカ社会で定着することになったという。

しかし、トランプ氏退任後の今年1月20日以降も、アジア系米国人に対するヘイトクライムは一向に収まらず、人種差別の被害報告件数は2月末時点で3700件にまで達した。

そこでアジア系米人社会で新たに問題提起されてきたのが、バイデン政権が1月20日発足以来、力説し始めた「最も深刻な競争相手most serious competitor」と位置付ける対中国強硬姿勢との因果関係だ。

「アメリカが対中国バッシングを始めると、在米中国人がバッシングを受ける。同時に中国人と同じ顔つきの(アジア系)多人種も被害にあう」「そして米中冷戦は結果的に、人種差別とアジア系米国人憎悪をかきたてることになる」―サンフランシスコ州立大歴史学部のラッセル・ユング教授はワシントンポスト紙とのインタビューでこう語り、中国との競争意識の高まりが在米アジア人蔑視、偏見につながる可能性に警告を発している。

また、アジア系米国人の人権保護団体「Asian Americans Advancing Justice」の会長を務めるジョン・ヤン氏は、20世紀初期に中国系、日系人などが排斥されてきた歴史的経験にも触れた上で次のように語っている:

「我々は過去の歴史に照らし、不幸にも諸外国との地政学的競争と緊張が往々にしてわが国内の地域コミュニティに対するバックラッシュをもたらしてきたことを知っている。

今日、中国との地政学的緊張は現実的なものであり、中国共産党との抗争はコロナ終息後も続いていくだろう。その限りにおいては、我々アジア系米国人に対する差別主義や暴力が一夜にして解消すると思ってはならない。ただ、政府は中国との対抗心をむき出しにしたとしても、その余波がなるべく我々のコミュニティに及ぼさないために細心の注意を払う必要があるだろう」

バイデン政権の対中国外交は、トランプ前政権当時以上に厳しいものになりつつある。去る3月後半、アラスカ州アンカレジで行われた2日間にわたる両国外交トップ会談では、ブリンケン国務長官が冒頭から新疆ウイグル自治区、チベット、香港における中国の人権侵害のほか、サイバー攻撃、台湾に対する圧力強化に対する米側の不満と懸念を直接並び立て、中国の外交トップ、楊潔チ・共産党政治局員が血相を変えて反論するなど、激しい非難の応酬となった。

サリバン国家安全保障担当大統領補佐官も「アメリカの対中アプローチは米国民の利益になるのみならず、同盟諸国、パートナー諸国も共有している。我々は(中国との)衝突を求めないが、厳しい競争は歓迎だ」と対抗意識をむき出しにした。

米政府が中国に対する対抗姿勢をむき出しにした結果

バイデン大統領自身も、去る4月16日、ホワイトハウスで行われた菅首相との首脳会談で「中国の脅威」を念頭に置いた日米同盟の重要性を強調したほか、その前月31日には、ピッツバーグで行った2兆3000ドルにおよぶ巨額インフラ投資計画に関する演説で、「中国とのグローバルな競争で優位に立つ上で国内社会資本充実が不可欠」などと繰り返し中国の存在に言及、国民的理解を求めた。

こうした中国に対する強気の姿勢については、野党共和党側も基本的に異論はないだけに、バイデン政権としては“渡りに船”と言っても過言ではない。(本欄拙稿4月19日付『「チャイナカード」を駆使したバイデン政権の景気浮揚戦略』参照)

その一方でホワイトハウスは、アジア系米国人の多くが民主党支持であるだけに、ヘイトクライムに対する不安と懸念にとくに神経をとがらせており、今年に入りすでに対策として以下のような措置を打ち出してきている:

バイデン大統領が去る3月30日、同問題に関する国民向け演説の中で、ヘイトクライム関連データへのアクセス強化、地元警察官に対するヘイトクライム対処訓練の刷新、言語バリアなどに起因する性的暴行被害者救済のための5000万ドル助成金支出、などを実施すると表明

司法省が独自に、アジア系市民に対する暴力行為取り締まりおよび刑事告発強化策の抜本的見直しに着手すると発表

これまでアジア系米国民および太平洋諸島住民向けに経済的機会を提供する目的でホワイトハウスが開設した特別部会に対し、新たにアジア系ヘイトクライム問題処理を含めるよう指示した

アジア系米国民および太平洋諸島住民が直接影響を受ける連邦政府各機関の政策全般について見直すためのホワイトハウス高官を大統領が近く任命

このほか、米議会においても先月22日、上院が超党派で、アジア系住民への嫌がらせや暴力への具体的対処を盛り込んだ法案を賛成94人、反対1人の圧倒的多数で可決した。日系議員のメイジー・ヒロノ(ハワイ)女史らが提出したもので、司法省が各州、地元系警察に対しヘイトクライム通報の複数の言語によるオンライン化を指示することを求めたほか、保健福祉省に対しても、コロナ禍に関する人種差別的表現をなくすための指針作りを義務付けた内容となっている。

ただ、米政府が中国に対する対抗姿勢をむき出しにし始めた結果、一般国民の対中国不信も広がり、ひいては中国系のみならず他のアジア系人種も差別対象にされる側面もある。この点で、参考になるのが、去る3月16日発表されたギャラップ世論調査結果だ。

それによると、「中国は米国の最大の敵」と答えた人は全体の55%で、昨年調査時に比べ2倍となった。対照的に「中国に好感を持つ」人はわずか20%で、史上最低を記録した。

党派別では、共和党支持者の76%が中国を「最大敵国」と見ているのに対し、民主党支持者は43%と開きがある。しかし、バイデン民主党政権が今後さらに、中国とのライバル意識を鼓舞する政策を打ち出すにつれ、民主党支持者の間でも、中国を敵視する見方が拡大することが懸念されている。

軍事予算増額をアピールする“国防族”議員

さらに見逃せないのは、「中国の脅威」や中国に対する偏見を煽ることで軍事予算増額をアピールする“国防族”議員たちの存在だ。

そのうちの一人で、軍事産業から最も多額の政治献金を受けているロブ・ウィットマン下院議員(共和、バージニア)は最近、自らのツイートでトランプ氏同様に、コロナ禍の責任の大半を中国に押し付けると同時に「中国の最終目標はわがアメリカの完全粉砕complete destructionにある」と断じ、軍事予算カットを主張する民主党議員を批判した。

軍事産業と太いパイプを持つ共和党議員はウイットマン議員以外にも少なくないだけに、今後、議会における“中国叩き”が増幅される可能性も否定できない。

日米自動車摩擦が過熱していた1982年当時、デトロイト市内で中国系米国人ビンセント・チンさんが白人にバットで撲殺される事件があった。逮捕された犯人は「ジャップ憎さにやった」と自供したが、日本人と誤認して中国人が犠牲にされたとして地元紙などでも大きく報道されたことが思い出される。

白人の目から見ると、アジア系住民は見分けもつけにくいだけに、“中国バッシング”がエスカレートするにつれ、日本人が中国人と誤認され犠牲になるといった悲劇が再発しない保証はない。全米在住の多くの日本人駐在員および家族にとっても、米中関係の悪化は、傍観者ではいられない切実な問題となりつつある。

斎藤 彰

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