結婚が怖くなった 心から慕う彼の返答で「ああ、終わる」

結婚が怖くなった 心から慕う彼の返答で「ああ、終わる」

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/01/14
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二年前に、付き合っていた男性がいた。年は確か一つか二つ上で、まあるい顔をした、水餃子みたいな肌をした、温厚な人だった。彼とは、付き合ってすぐに一緒に暮らして、それから二年過ごした。その日々はとても楽しかった。その間、もちろん結婚の話も出て、わたしも彼もそれに賛成だった。双方の両親への挨拶も済ました。籍はいついれようね、結婚式はどうしようね、あまりお金はかけなくてもいいんじゃない、そういった話をしたことを覚えている。

結婚したかった彼との別れ。コロナが落ち着いたら元に戻ると思っていたけど

彼となら結婚したい。挨拶も済ました それでも自問自答した

確かに、確かにその時は、わたしは結婚したいと思っていて、彼となら、本当に、心から一緒に生きていってもいいと思った。

でも、お互いの親に挨拶を済ましたあとくらいから「本当に結婚していいのか」と自問自答するようになった。なんのきっかけかは分からない。彼が嫌になったとか、相手の問題ではなく「『わたしの人生』において結婚が本当に必要か」「本当にわたしは結婚したいのか」と、結婚そのものに疑問を抱くようになった。

「結婚」に対する願望は、それまでの人生で抱いたことはなかった。というか、結婚について、大して深く考えたことはなかった。

母親からは「結婚はしたいときにすればいい、無理をしてすることはない」と度々力説されていた。続けて、自分が今の時代に若ければ、焦って結婚はしなかった。自分で生きていける力があれば、と時々こぼしていた。

わたし自身も結婚についてそう思っていた。結婚について、したいとも思わないが、してもいい相手がいれば「してもいいかな」と思うはず。そう思える相手と結婚すればいい、と思っていた。

ずしーん、と胸に来た。「好きだから。ふつう、そうじゃない?」

しかしながら、いざ目の前にしてみると、結婚すること自体が怖くなった。結婚して不幸になってしまったら、相手を不幸にしてしまったら。そうした「たられば」を繰り返すうちに、恐怖は段々大きくなっていった。正直結婚したくなくなってしまった。

彼には正直にそれを伝えた。「結婚」も怖ければ、その先の出産・子育てなども怖い。子どもは、そもそも嫌いで、欲しくない。正直に全部話すと、彼は、とても悲しそうな顔をしたのを今でも覚えている。俺は、結婚したいよ。好きだから、結婚したいし、子どもも欲しい。ふつう、そうじゃない?というか、それが普通のことだと、自然なことだと、思ってた。そういった旨のことを言われた。

「ふつう」かー、そうだよねー。ずしーん、と胸に来た。「ふつう」好きな相手となら結婚できる、結婚など怖くない。「ふつう」好きな相手との子どもならほしいはず。わたしだってそう思っていた。途端、目の前の彼とは分かり合えないと思ってしまった。手足の先が冷たくなって、ああ、終わる、とその時思った。そこからは早かった。同棲を解消し、存分に彼を傷つけて、別れた。

彼が生きてきた「ふつう」 価値観のズレ。分かり合えないと放棄した

「ふつう」という言葉を使うとき、その人の「生きてきたこれまで」が現れる。彼が「ふつう」という言葉を使ったあの時、「結婚」に対する、彼の生きてきた上で染みついた考えが現れた瞬間だった。そして、その「ふつう」がわたしとは違った。それだけのことだった。

対人関係で、お互いが異なる「ふつう」であったとき、その二つをすり合わせて妥協点を探ればいい。話し合えばいい。それでもあの時、わたしは結婚について彼と話しあうことはできなかった。「分かり合えない」と決めつけて、結婚に対し腹を割って話すことを放棄してしまった。

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いまでも結婚したいと思わない。子どもも、欲しくない。でもあの時、わたしの「ふつう」が彼と一緒であれば、結婚に対して恐怖心ではなく、憧れや羨望を抱いていれば、彼を悲しませることもなかった。傷つけることもなかった、と思ってしまう。自分と彼の普通が違っただけ、しょうがない。仮に無理やりその普通を捻じ曲げて結婚しても、ろくなことなかったはず、と自分を慰めはするが、いまでも時々「ふつう」は、顔を出して、ちくちくとわたしを刺す。刺されるたび、ちょっと落ち込んでは、まあ結婚したくなかったし、自分に正直に生きてきた結果だから、まあ、いいじゃん、とやり過ごしている。

宮内るる

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