日韓関係より国内の分断統合が最優先の尹錫悦、最大の障害は「民主党の妨害」

日韓関係より国内の分断統合が最優先の尹錫悦、最大の障害は「民主党の妨害」

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  • 更新日:2022/05/14
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韓国の大統領に就任した尹錫悦氏(写真:AP/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

韓国の新大統領・尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏は、大統領就任演説を自ら推敲したという。当初スタッフがあげた原案は30分程のものだったが、自身で12~13分に短縮したそうである。

日本のメディアは、尹大統領が日韓関係についてどう述べるかに注目していたが、日本に対する直接の言及は全くなかった。

とはいっても演説の中で個別の国家に触れたのは、北朝鮮に関してのみ。外交については「国際社会で責任と役割を果たす国にならなければならない」と大局観を述べただけだった。米韓関係、中韓関係についても言及がなかったので、日本だけがスルーされたというわけではない。

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尹錫悦政権の視線は国内問題に集中

尹錫悦氏の政治・経済・外交の中で最も緊急な課題は、いかに国内の分断と葛藤をやわらげ「協治」の政治に変えていくかである。尹錫悦氏が直面する国内政局は最悪である。

尹錫悦氏の大統領就任時の支持率は、韓国ギャラップの調査で41%と歴代大統領の中で最低である。

前任・文在寅(ムン・ジェイン)氏の84%と比べ半分に満たず、就任時の支持率が40%台だったのは朴槿恵(パク・クネ)大統領のみである。韓国国民は概して「革新系好み」とされ、就任当初の支持率は、民主系・革新系の大統領の場合は60~70%と高く、保守系の大統領は50%台と低くなることが多い。

ただそれを差し引いて考えても、大統領選挙で尹錫悦氏と李在明(イ・ジェミョン)氏の得票率の差はわずか0.73%しかなかった。現在の国民の支持は、保革半々である。尹大統領の支持基盤は盤石とは言える状況にはないのである。

さらに韓国国会の議席300のうち、与党となった「国民の力」の議席は109に過ぎず、反対に最大野党「共に民主党」(以下“民主党”)は168議席と過半数を占めている。この圧倒的に不利な議席状況ため、尹錫悦大統領は、未だ首相を任命できず、閣僚についても19人の指名者のうち、国会で人事聴聞経過報告書が採択されたのは7人のみである。

首相候補以外の閣僚候補については人事聴聞報告書が採択されなくても大統領が任命を強行することができるとは言え、国政運営において民主党の協力は欠かせない。

だが、民主党は、尹錫悦氏との対決姿勢を鮮明にしている。

こうした状況を踏まえ、尹錫悦大統領の就任演説は、民主党に対して「党派対立を乗り越え、国政に協力してほしい」とのメッセージを送ることに主眼が置かれた模様だ。そこに集中したため、外交課題には触れなかったものと思われる。

尹大統領、国民と民主党に「協治」を訴え

尹大統領が国民と民主党に訴えた「協治」の思想の部分を就任演説から引用する。

<このような問題を解決しなければならない政治は、いわゆる民主主義の危機によって本来の機能を果たせずにいます。最も大きな原因としてあげられるのが反知性主義です。

見解の異なる人々がお互いの立場を調整妥協するためには、科学と真実が前提にならなければなりません。それが民主主義を支える合理主義と知性主義です。

国家間、国家内部の過度な集団的葛藤によって真実が歪曲され、各自が見聞きしたい事実だけを選択したり多数の力で相手の意見を抑圧したりする反知性主義が民主主義を危機に陥れ、民主主義に対する信頼を害しています。このような状況が、私たちが直面している問題の解決をさらに難しくしています>

尹錫悦氏は、民主党の名は出さなかったが、この演説内容は明らかに同党が進めてきた政治への批判であると同時に改善を求める部分である。尹大統領の発言のポイントは、「国民の声を反映した政治を行い、民主主義に回帰しよう」ということである。

文在寅政権と民主党は、これまで国民の力や国民の声に耳を貸さず、数の力に頼って独善的な国会運営をしてきた。これを改めようというのが尹錫悦氏の最大のメッセージだ。

では、それに対して民主党はどう答えるのか。残念ながら現在のところは、数の力を頼りに、尹錫悦政権の組閣を妨害している。

首相・閣僚の任命を妨害する共に民主党

尹錫悦氏が首相候補者に指名した韓悳洙(ハン・ドクス)氏は、文在寅氏の盟友・故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の政権で首相を、その後の保守政権では駐米大使を務めた人物であり、保革の党派に属さず、政治経験も豊富である。おそらく尹錫悦氏は国会の議席の構成から、自身に近い人物を候補に指名すれば、国会の同意を得ることは難しいのではないかとの考慮から韓悳洙氏を指名したのであろう。

尹大統領は10日、韓首相候補に対する任命同意案に署名し、国会に送った。しかし、ハンギョレ新聞によれば、韓候補に対しては国会議席168議席を有する民主党が、否定的な立場であり、同委が同意するかは予断を許さないそうである。

尹大統領は10日、秋慶鎬(チュ・ギョンホ)経済副首相ら国会で人事聴聞経過報告書が採択されている7人の閣僚を任命した。

さらに12日には、朴振(パク・チン)外相候補の任命を強行した。同氏については人事聴聞会経過報告書が採択されなかったが、21日にソウルで開かれる米韓首脳会談の準備のために外相の存在が不可欠であることから任命を急いだものである。

また、同日新型コロナ状況などの管理の責任がある李祥敏(イ・サンミン)行政安全部長官も任命した。

目先の懸案を抱える官庁については任命強行が不可欠との立場だという。

しかし、未だ多くの閣僚は任命できておらず、政治空白を招きかねない。そのため、尹大統領は企画財政部次官など15部処の次官人事を発表、就任直後に発表した。

韓国の憲法88条2項は「国務会議は大統領と首相をはじめ、15人以上30人の国務委員で構成する」と定めている。政府組織法施行令である「国務会議規定」第7条は「次官が国務委員の代わりに出席し関係事案に関して発言できるが、評決には参加できない」と規定している。

現在は前政権によって任命された閣僚も残っており、尹大統領は重要課題に取り組む体制を整えられずにいる。

尹錫悦氏は、民主党が強く反対する韓東勲(ハン・ドンフン)法務部長官候補ら、5人の閣僚候補についても任命を強行するようである。

尹大統領は12日、龍山大統領室で補正予算編成のための臨時国務会議を開いた。国務会議の定足数を満せば、30兆ウォン(約3兆700億円)半ばの補正予算を議決できるようになる。

在任中に国内分断を助長したのにいまさら「葛藤を解消して統合を」とは

このように尹政権が出だしからもたつきを見せている背景には、文在寅前大統領の「嫌がらせ」がある。

文在寅氏は自身の政権が残りわずかとなった頃、「葛藤を解消して統合しなければならない」と述べてみせた。執権中にさんざん分裂を助長してきた人が言う言葉かと耳を疑うような発言だった。

革新系の元老知識人のソウル大学・韓相震(ハン・サンジン)名誉教授が、「組分けして支持勢力を動員するのが現(文)政権の基本戦略」と述べたように、国民を分断し、自身の支持勢力を結集したのが文在寅氏であり、それによって高い支持率を得てきた。自身の就任演説で文在寅氏は「真の国民統合に始まり」と述べていたが、実際に就任直後からまい進したのは、「積弊清算」という政治報復だった。

その姿は国民全体の指導者、国民全体に奉仕する大統領ではなく、革新系の「運動圏」の人々の利益を増進する陣営のボスであった。

なにより文在寅氏の分断政治は前職、元職の大統領やその側近を収監するのに熱心であった。前任の朴槿恵氏は4年以上収監された。収監中に体調を崩した朴槿恵氏は、最近になってようやく釈放されたが、前々任の李明博(イ・ミョンバク)氏は未だ収監されたままである。おそらく文在寅氏ほど政敵を逮捕収監した大統領はいないだろう。

ちなみに歴代大統領で、前任を収監したのは、「文民政治家」金泳三(キム・ヨンサム)氏と革新政治家の文在寅氏だけである。

そうした文在寅氏が退任間近に恐れたのが自身に対する政治報復であった。そのため、検察の捜査権を完全にはく奪する法案を民主党と一緒に成立させたが、そのことがそもそも文政権の不正を証明するようなものであり、この法律は「文在寅保護法」とも呼ばれている。

「文在寅氏保護法」で捜査を免れることはできない

尹錫悦氏が演説で指摘した「多数の力で相手の意見を抑圧する反知性主義」で「民主主義を危機に陥れる」ものとは、これを成立させた時の国会運営の手法のことだろう。

いま、尹錫悦氏の政権発足を妨害しているのが民主党である。文在寅氏が「葛藤を解消して統合しなければならない」と主張するのは正しい。しかし、それを訴えるべき相手は尹錫悦氏ではなく、民主党の側であろう。

尹錫悦大統領は、民主党が新政権に協力する姿勢を示してくれるように願っているはずである。民主党の協力なくして、効率的に政権を運営することは不可能である。

しかし、民主党が“妨害工作”を続けるならば、尹錫悦氏は今後、民主党に妥協してでも協力の道を進むのか、あるいは徹底的に対立して民主党の弱体化を図るかの、いずれかを選ばなければならなくなる。民主党と対立する道を選ぶことは、政権基盤の強くない尹錫悦氏としては避けたい道であろう。

その状況を考えれば、文在寅氏が民主党に政権への協力を促していけば、文在寅氏に対する新政権の姿勢も融和的になるはずだ。逆に、尹錫悦氏との対決を煽るようなことがあれば、攻撃の矛先が文在寅氏に向かうこともあるだろう。

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『さまよえる韓国人』(武藤正敏著、WAC)

文在寅氏は退任直前に非民主的手法で「検察捜査権完全剥奪法」を成立させた。しかし、不正があれば必ず捜査は行わなければならない。今の状況では捜査は警察が担うことになるだろう。警察については文在寅氏がその権限を拡張してきたため、「文政権と近い」と目されているが、人事を入れ替えれば警察の色合いも違ってくるだろう。捜査の矛先が文在寅氏や周辺に向かうことは十分考えられる。

「政治報復」を恐れる文在寅氏にとっては、民主党に尹政権への協力姿勢を働きかけていくことこそが有効な自己防衛策にもなる。

ただ今のところ、自画自賛と独善、言い訳と捜査妨害を繰り返してきた文在寅氏にはこのような手法は念頭にないようだ。結局は対決の方向に向かい、「文在寅氏逮捕」という事態にまでなってしまうのであろうか。

武藤 正敏

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