中学生が手嶋龍一氏と学ぶ戦争の構造、プーチン戦争下「公然の密約」

中学生が手嶋龍一氏と学ぶ戦争の構造、プーチン戦争下「公然の密約」

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2023/01/25

前編「中学生が手嶋龍一氏と、ウクライナ情勢そして「インテリジェンスの戦争」を考えた」に続いて、都内中学生6名が外交ジャーナリストの手嶋龍一氏を囲んで集まった。

手嶋氏はNHKワシントン支局長時代の2001年、9・11テロに遭遇し、現地からの11日間、24時間連続中継を敢行。当時は「テレビをつけると手嶋氏」の状況が話題にもなった。日本の出版界に「インテリジェンス小説」のカテゴリーを樹立した作家でもあり、最新作『武漢コンフィデンシャル』(小学館刊)も好評、発売中のForbes JAPANでは小説「チャイナ・トリガー」を連載中だ。

今回はウクライナ戦争の現況に至る世界について、「キューバ危機」を題材に考える。自分がそこにいたら、どんな決断をするか、どう動くか。

手嶋氏を囲んだのは、前編に続き、東京都渋谷教育学園渋谷中学校の青井順生さん、江見理彩さん、柴諒一郎さん、2年生の伊藤澄佳さん、釈迦戸都さん、山澤綾乃さんの6名である。

前編>中学生が手嶋龍一氏と、ウクライナ情勢そして「インテリジェンスの戦争」を考えた はこちら

ヒロシマ・ナガサキ以降も核戦争の危機は「2度」あった

後編で「キューバ核ミサイル危機」とは何かについて、渋谷教育学園渋谷中学校の皆さんと学び、ともに体験する前に、第二次世界大戦の末期にヒロシマ・ナガサキに原子爆弾が投下されて以来、核を巡る情勢を見ておきましょう。

ヒロシマ・ナガサキで夥しい人命が喪われて以来、ウクライナの地で戦争が繰り広げられている現在まで、われわれは核戦争の危険とともに生きてきました。幸いなことに、私たちが暮らす世界は、全面的な核戦争を体験することはありませんでした。人類はなぜ“核の地獄”を見ずにすんだのでしょうか。

実はこの間も、核戦争の危険がなかったわけではありません。ヒロシマ・ナガサキの悲劇の後、われわれは2度も核戦争の淵に立たされていたのです。

これから皆さんと共に映像ドキュメンタリーを見ながら体験する1962年の「キューバ・核ミサイル危機」がそのひとつです。そして二回目はさらにその7年後、日本海を挟んですぐ対岸で持ち上がった1969年の「中ソ核戦争」の危機です。

キューバ危機を体験する前に、知られざる「中ソ核戦争」について少しだけ説明しておきましょう。

--{アメリカの諜報能力が「ある危機」を回避した}--

アメリカの諜報能力が「ある危機」を回避した

1969年当時、そう、東西冷戦の真っただ中、西側陣営を率いる超大国アメリカは社会主義陣営と鋭く対立していました。ところが、その社会主義陣営は決して一枚岩ではありませんでした。ソ連と中国が東側陣営を二分して対峙していたのです。60年代の前半は、社会主義陣営をどう率いていくのか、思想の上でのいわゆる“イデオロギー対立”でした。

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ところが60年代後半になって対立の構図は、中ソを隔てる長い国境を挟んで精鋭部隊を結集させる軍事上の対立に発展していきました。そして1969年には、ダマンスキー(珍宝)島付近で、中ソの両軍が衝突する軍事紛争に進展していきました。

当時の日本は、日本海を挟んで対岸に位置しながら、核戦争の危機が迫っていたことに全く気づいていなかったのですが、ソ連の指導部、クレムリンは、隙あらば核兵器で中国を攻撃しようと狙っていたのです。核のボタンに手をかけていたソ連、核攻撃の標的になっていた中国は、核戦争の瀬戸際にあったことをむろん知っていました。

そうした中で超大国アメリカは、その優れた諜報能力、そう危機を察知する情報の力、後に説明する“インテリジェンス能力”によって、中ソ核戦争の危機が迫っていることに気づいていました。アメリカは情報衛星や偵察機を駆使して、ソ連の最精鋭部隊が中ソの国境に迫っている事実をつかんでいたのです。ソ連側が通常の地上兵力だけでなく、核兵器によって中国を攻撃する準備をすすめていることを察していたのです。

あの冷戦の時代、アメリカ、ソ連、中国という大国は、強大な軍事力を手に互いにけん制しながら並び立っていました。米・中・ソの三大国が微妙な均衡を保っている三極体制のなかで、ソ連が中国を核攻撃して優位にたてば、冷戦の国際政局はソ連にぐんと有利になってしまいます。

日本列島のすぐそこで進行していた「核戦争の危機」

そんな国際政局に危機感を抱いていたひとがいました。ニクソン政権の国家安全保障担当の大統領補佐官だったヘンリー・キッシンジャー博士でした。ソ連が中国を核で攻撃するようなことがあれば、アメリカは中国の側に立つこともためらわない──。優れた戦略家は自ら「特別声明」の筆を執り、重要なシグナルをモスクワに送ったのでした。これによって中ソの核戦争の危機は遠のいていき、劇的な和解を実現するきっかけとなりました。そして2年後の1971年夏、キッシンジャー補佐官が北京を電撃的に訪問し、厳しく対立していたアメリカと中国が和解したのでした。

--{核の危機を「同時進行で体験」}--

皆さん、わずか半世紀余り前に、日本列島のすぐ前浜で、このように核戦争の危機が静かに進行していた──思い描くことができるでしょうか。そして、ウクライナの戦いがいま繰り広げられ、われわれは現在もなお“核の時代”のまっただなかに生きています。

スマホで仮想空間の戦争ゲームに夢中になっているひとたちは、現実の危機を思い描く想像力が鈍感になってはいないでしょうか。それが気がかりでなりません。核戦争の危機はいま、我々の目の前にあるのです。それを実感するためにも、過去に持ち上がった核戦争の日々を追体験し、そこにわが身を置いてみようではありませんか。これから1962年10月に起きた「キューバ核ミサイル危機」の13日間をドキュメンタリーを共に見ながら危機の日々に分け入ってみましょう。

13日間のあの危機を「同時進行で体験」しよう

ただ、私たちは、キューバ危機は核戦争にならなかったという結果を知っています。それだけに、ドキュメンタリー番組には、ひとつの重大な落とし穴が潜んでいます。事件を体験した人々が意図的に嘘をついていないにしろ、結果が分かっている歴史的出来事では、どうしてもそれを知ったうえで自分を正当化した説明をしがちなのです。結果を知っている“後知恵”で、あの時、自分は何を考え、どう決断したのか、とテレビのインタビューに答えてしまいがちです。

これから見るドキュメンタリー番組では、危機の日々の出来事をその瞬間、瞬間に記録していたテープに基づいて事実関係を構成しています。皆さんも、あの危機の日々の瞬間に身を置いて13日間の危機を同時進行で体験してほしいと思います。

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渋谷教育学園中学校の6人の生徒さんと視聴するNHKの番組は、ワシントン支局が1998年に制作した『決定の瞬間〜記録されていたキューバ危機〜』です。当時、NHKワシントン支局長だった手嶋龍一がキャスターを務めています。ただ、今回の講義録では、1時間に及ぶドキュメンタリーをそのまま記録することはかないませんので、キューバ危機の事実関係を骨子だけを記しておきたいと思います。

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キューバ核ミサイル危機:事実関係その1

1962年10月16日、キューバ上空を飛行したアメリカのU2型偵察機がミサイル発射基地を探知。CIA(アメリカ中央情報局)が分析した結果、カストロが1959年に革命を起こしたキューバにソ連が核弾頭を搭載可能なミサイルを持ち込んでいることが発覚。ケネディ大統領は、主要閣僚や外交・安全保障の専門家からなるEXCOM(緊急執行委員会)を招集して、未曽有の危機に臨むことになりました。

--{キューバ核ミサイル「13日間の危機」}--

こうしてキューバ核ミサイル危機の13日間は幕を開けました。40代半ばの若さでホワイトハウスに入ったジョン・F・ケネディ大統領は、外交・安全保障に必ずしも十分な経験がないなかで、この未曽有の危機に立ち向かわなければなりませんでした。ケネディ大統領は、国務、国防、主だった補佐官、さらに“アメリカの賢者“と言われる人々をホワイトハウスの閣議室に一堂に集め、この危機にどう臨むか、その方策を協議したのでした。

この時、ケネディ大統領は、閣議室の机の下のボタンをそっと押しました。会議の模様を録音する装置を別室にしつらえていたのです。その事実を知っていたのは、弟の司法長官、ロバート・ケネディだけでした。

この閣議室や大統領の執務室で密かに収録されたテープは「キューバ危機の機密テープ」と呼ばれます。そして翌年、ケネディ大統領が暗殺されると、ケネディ家の手で持ち去られ、30年後に徐々に機密が解かれていきました。皆さんと視聴するドキュメンタリーは、13日間にわたる危機の日々を記録したこの機密テープに基づいて制作されています。

キューバ核ミサイル危機:事実関係その2

カリブの海に浮かぶキューバに持ち込まれた中距離、長距離ミサイルの存在が明らかになると、アメリカの軍部、とりわけ空軍は、直ちにキューバのミサイル基地を空爆すべしとケネディ大統領に迫ります。アメリカの喉元に突き付けられた、核弾頭を装備可能なミサイルを、外科手術的な空爆によって取り除いてしまうよう大統領に迫ったのでした。

キューバ空爆の急先鋒は、空軍トップの作戦部長、カーチス・ルメイ将軍でした。第二次世界大戦では、東京、大阪などへの無差別、大量爆撃を主導して、“空の英雄”と呼ばれた強硬派でした。後に明らかになったのですが、アメリカ軍が把握していたミサイル基地を攻撃して、アメリカ本土への脅威を取り除いたとしても、キューバの山中にはソ連製のミサイルが温存されていました。アメリカが空爆を敢行すれば、ワシントンやニューヨークは間違いなく核の報復を受けていたことでしょう。

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ジョン・F・ケネディ大統領とロバート・ケネディ司法長官は、軍事作戦では確かにプロフェッショナルではありませんでした。しかし、グランド・ストラテジー、大戦略ということなら、軍人たちより大きな視野を持っていました。ケネディ兄弟は、この対決が決して米国とキューバにとどまらず、冷戦の主戦場と言われたヨーロッパ正面に飛び火する可能性があると懸念していたのでした。

--{“冷戦の火薬庫“ベルリン}--

──(江見)戦争が他の地域に飛び火するということですか?

アメリカ空軍の強硬派が主張するように、キューバを標的に米軍がミサイル攻撃を仕掛けたとしましょう。キューバにいるソ連軍もアメリカに反撃を試みるだけではない。ソ連や東ヨーロッパに展開している部隊も反撃に転じるおそれがありました。とりわけ焦点は、“冷戦の火薬庫“と言われたベルリンでした。

キューバ核ミサイル危機:事実関係その3

第二次世界大戦でナチス・ドイツが敗北すると、首都ベルリンは、英・米・仏の連合国とソ連の4カ国によって東西に分割して統治されることになりました。一方で、ドイツも東西に分割され、ベルリンは東ドイツの領域に浮かぶ“冷戦都市”となったのです。いったん有事になった時には、東側陣営は圧倒的な地上兵力で西ベルリンに侵攻すると考えられていたので、西側陣営は核兵器を使わなければ対抗できないと考えていました。

「ベルリンはもう一つのキューバ危機だったのです」というくだりは極めて重要です。国際的な危機とは決して単独で存在するわけではありません。いくつかの危機が地下水脈を介して絡まりあっています。いまわれわれの目の前では、ウクライナの戦いと台湾海峡危機が同時に進行しています。

──具体的にはどう絡み合っているのでしょうか?(山澤)

2022年9月、ウクライナ戦争が始まって初めて、中国の習近平主席とロシアのプーチン大統領が、中央アジアのサマルカンドで会談しました。この時、習近平主席は「互いの核心的利益を強く支えあっていく」と述べ、これを受けてプーチン大統領は「1つの中国政策を厳守する」と応じています。つまり、中国にとって死活的に重要な「1つの中国政策」、表現を替えていえば、「台湾の独立を認めない」政策をロシアが支持してくれれば、中国は、プーチンのロシアにとっての核心的利益を認める、と明確に示しています。プーチン政権が新たに領域に併合した4つの州などもそのひとつでした。

このように一見すれば「別の戦争や危機」に見える、ウクライナの戦争と台湾海峡危機は、実は密接に絡み合っていることが分かると思います。歴史はそのまま繰り返す訳ではありませんが、現代史を学んでおくことは、いま皆さんの目の前で繰り広げている出来事の本質を理解する助けになることでしょう。

キューバ核ミサイル危機:事実関係その4(キューバ危機3日目)

ホワイトハウスでは、即時空爆の決断を迫る軍部とクレムリンとの外交交渉で危機を回避しようとするケネディ大統領との間で、凄まじいばかりの攻防が続いていました。ケネディ大統領がEXCOM(緊急執行委員会)が行われている閣議室から席を外すと、軍の首脳陣が「あの腰抜け野郎が」と大統領を悪しざまにいう様子がテープに刻まれていました。

--{即時空爆を主張する空軍。ケネディが訪ねた相手は?}--

危機3日目の夜、ケネディ大統領はホワイトハウスを抜け出し、国務次官や国防長官など重要ポストを歴任したひとの邸宅を密かに訪ねています。この政客の名はロバート・ロベット。明日の朝にはキューバ空爆に追い込まれるかもしれない──。ケネディ大統領はそう懸念して、絶大な人脈をもつひとりの賢者を訪ねたのです。即時空爆を主張する空軍を抑えるには、空軍に隠然たる影響力を誇るロベット翁の力を借りたいと考えたのでしょう。

ロベット邸でのケネディ・ロベット会談は、キューバ危機の行方を決めた、まさしく“決定の瞬間”、このドキュメンタリーのハイライトといっていいでしょう。

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ケネディ大統領は、ロベット翁とのやり取りを、その日の深夜、自分でマイクに語りかけてテープに記録していました。それによれば、ロベット翁は「大統領閣下、あなたは、核のボタンを押す覚悟はおありでしょうか」と質します。ケネディ大統領は、アメリカ国民と西側同盟国のためになるならと応じます。

アメリカ大統領がひとたび長距離核ミサイルの発射を命じてしまえば、ソ連の核による報復を受けて核ミサイルの応酬となり、たちまち地球は滅んでしまいます。にもかかわらず、ケネディ大統領はその決意を伝えます。

これこそが核の時代の究極の矛盾なのですが、この瞬間にまさしく全面核戦争を回避する”微かな光”が差してきます。アメリカ大統領の決意のほどは、様々なルートを介してクレムリンに伝わります。ソ連の指導者も大統領の堅い決意に動かされて妥協に動くわずかな余地が生まれ始めます。”智慧のフクロウ”のような存在だったロベット翁は、ここで1つの秘策を授けます。

ロベット翁は、アメリカがキューバを空爆すれば、ソ連は西ベルリンを攻略するに違いないと言い、ここは米ソの戦域をカリブ海に限定するように促します。そのためにも、アメリカ第三艦隊の総力を挙げてキューバを海上から封鎖するよう秘策を授けたのでした。世に言う“海上封鎖”案です。

キューバ核ミサイル危機:事実関係その5(海上封鎖)

ケネディ大統領は10月2日、内外に向けたテレビ演説で声明を明らかにし、米第三艦隊によってキューバを取り囲むように海上封鎖を実施すると発表。そして、キューバからミサイルが発射された場合には、ソ連からの攻撃とみなして反撃するとしました。この海上封鎖は2日後に発動され、世界はクレムリンの出方を見守りました。ソ連側はNATOがトルコに配備していたミサイルを撤去することを条件に、キューバからミサイルを撤去することに同意。13日間に及んだキューバ核ミサイル危機は幕を降ろしたのでした。

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武漢コンフィデンシャル』(2022年、小学館刊)

手嶋龍一(てしま・りゅういち)◎作家・外交ジャーナリスト。NHKワシントン支局長として9・11同時多発テロに遭遇し、11日間の連続中継を担当。NHKから独立後に発表した『ウルトラ・ダラー』、続編の『スギハラ・ダラー』がベストセラーに。同シリーズ・スピンオフに『鳴かずのカッコウ』、最新刊は『武漢コンフィデンシャル』。ノンフィクション作品も『汝の名はスパイ、裏切り者あるいは詐欺師』『ブラック・スワン降臨』など多数。

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