【追悼・綿引勝彦さん】「何やってんだ! そんな芝居しやがって」コワモテ悪役が「天までとどけ」で岡江久美子の夫に抜擢された理由

【追悼・綿引勝彦さん】「何やってんだ! そんな芝居しやがって」コワモテ悪役が「天までとどけ」で岡江久美子の夫に抜擢された理由

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/01/14

俳優の綿引勝彦さんが75年の生涯にそっと幕を下ろしていたことが、1月13日に明らかになった。昨年12月30日、膵臓がんのために都内の病院で亡くなり、葬儀は近親者のみで執り行われたという。

【写真】この記事の写真を見る(5枚)

綿引さんの最近の様子について、妻で女優の樫山文枝(79)が発表したコメントの中で明かしている。

No image

亡くなられた綿引勝彦さん(右)。「天までとどけ」では岡江久美子さん(左)と夫婦役だった ©文藝春秋/時事通信社

「足かけ三年の療養でしたが、『どなたにも病気のことは、言わないでほしい』と本人の強い意志で突然の報告となったことをお詫びいたします。家と信州の山小屋で息抜きしながら花を植えたり好きな将棋をしながら過ごしてまいりました。(略)夢うつつの中で、将棋を指していたのでしょうか、『投了すると伝えてくれ』とつぶやいたのですが、これで人生を投了するということでもあったのでしょうか。最期は眠るように逝きました」

綿引さんは、2018年8月に膵臓内の嚢胞を取り除く手術を受けた際にがんが見つかり、19年12月に肺への転移が確認されたため、昨年2月から本格的な化学療法を始めていた。

しかし、寛解に至らず11月に治療を打ち切り、自宅で静養を続けていた。12月25日未明に容態が急変し再入院すると、最期はそのまま入院先で息を引き取ったという。

「オマエ!」芝居に厳しかった綿引さん

東京都出身の綿引さんは日本大学芸術学部中退後、65年に劇団民藝に入団。85年に退団後は劇団「綿帽子」を主宰。テレビ時代劇「鬼平犯科帳」やドラマ「ナニワ金融道」シリーズ、映画「極道の妻たち」シリーズなど独特の風貌でヤクザ、悪人、刑事といったコワモテ役で存在感を示した。

綿引さんは実力主義の劇団民藝出身ということもあり、芝居には厳しかった。ある作品の撮影現場での出来事を、芸能プロ関係者が明かす。

「綿引さんがメインのシーンでほかの役者が芝居に力が入り過ぎてしまったり、芝居に違和感があると、綿引さんは『オマエ、何やってんだ! そんな芝居しやがって』と、急に撮影を止めて現場で怒鳴ることも何度かあった。すると後日、『こないだはどうもすみませんでした』と丁寧に頭を下げる。綿引さんは芝居へのこだわりが強く、芝居が好きでつい熱が入ってしまうんです」

綿引さんの「お父さん役」は異色のキャスティングだった

そんな綿引さんは91年、役者人生で転機となる作品と出会う。大家族をテーマとしたドラマ「天までとどけ」(TBS系)だ。

同作は、昼の帯ドラマとしては異例の最高視聴率19%を記録。1999年まで8作のシリーズが続いた名作ホームドラマだった。八男五女の大家族を支える母親役を岡江久美子さん、そして、新聞記者で大黒柱の優しい父親役を演じたのが綿引さんだった。

「恨まれ役で顔が怖かった綿引さんが大家族の父親役という異色のキャスティングが、あのドラマの大ヒットに繋がった」

そう語るのは「天までとどけ」の初代プロデューサー、澤田隆治氏だ。

「普通のホームドラマならやさしいパパということになるんだけど、子供がたくさんいる記者の役だから多少コワモテでもいいだろうと。綿引さん自身がそれまでああいう父親役をやったことがなかったので、お昼のドラマとしては異色だったかもしれません。

母親役も当時はNHKの朝ドラ経験のあるベテラン女優さんが演じることが多かったのですが、岡江さんが母役を演じて、温かい母親像の代名詞となりました。少子化の時代に大家族の話がウケて、お昼に見られない人のために夕方に再放送したくらいでした。

約10年続くシリーズとなりましたけど、当時はあのドラマがヒットするなんて誰も思っていませんでした。当初は1クールだけの予定で、綿引さんも最初は乗り気ではなかったと思います。でも、シリーズを重ねる度に視聴率と知名度が上がり、綿引さんや私たちスタッフも自信になっていきました」

実は検討されていた続編「シリーズ9」

昨年4月に新型コロナウイルス感染による肺炎で急死した岡江さんの訃報からわずか9カ月後の別れに、かつて同作で四男役を演じた俳優の須藤公一はTwitterで早すぎる父の死を悔やんだ。

〈1年で2回も同じ投稿をするとは思いませんでしたよ お父さん、お母さん。。。 みんなの願い みんなの幸せ 天までとどけ〉

岡江さんと大和田獏の実娘、大和田美帆も、こうリツイートしている。

〈悲しい。悲しすぎる。ママもきっと「あらやだっ!お父さんもきちゃったの!」って言いながらポンとお父さんの肩を叩いてる姿が想像できるよ〉

出演者らによると、「天までとどけ」の番組終了後も綿引さんや出演者、スタッフは定期的に食事会をおこなっていた。昨年はコロナで皆が集まることができず、闘病中の綿引さんは岡江さんの訃報に絶句し、大変なショックを受けていたという。

初代プロデューサーの澤田氏が続ける。

「実は『天までとどけ』は最後まで視聴率がよく、続編となるシリーズ9も検討されていました。しかし、綿引さんはベテランでキャリアもあり、ドラマの制作予算がギリギリでそれ以上の出演料が払えなかった。それで『天までとどけ』は一度終わることになったのです。それ以降も綿引さんは役者として幅が広がり活躍していったので、本当に感謝しかありません。

奇しくも綿引さんと岡江さんのご夫婦が同じ年に亡くなられたので、本当にちょっとがっかりしたというか、言葉がないですね。綿引さんの訃報が流れた日は、年末にコロナで亡くなった私の長男の納骨の日でした。本当にコロナは看取ることもできず、悲しいですよ。さらに2年前には、私は妻を綿引さんと同じ膵臓がんで亡くしました。最期は体力がなくなり、言葉を話す気力もなくなり、綿引さんも同じだったのかもしれません。

綿引さんには『ありがとうございました』しかないです。いい仕事をさせていただいて、元気なときの印象で見送るしかないじゃないですか。達者な名脇役をまた一人失ってしまったと思います。綿引さんなしに『天までとどけ』はなかったでしょう」

「天までとどけ」撮影中の綿引さんは子供たちに……

前出の芸能プロ関係者は、綿引さんの「天までとどけ」の撮影中の様子について、次のように明かした。

「『天までとどけ』の現場では、幼い子供たちが多く自然な空気感を大切にしていたので、あれだけ芝居に厳しい綿引さんが、ドラマが続いた約10年間、一切怒ったことはなかった。それだけ『天までとどけ』は特別な作品だったのでしょう」

一足先に旅立った岡江さんと再会し、夫婦談議に花を咲かせているのだろうか。多くの人から認められた名バイプレーヤーの死を惜しむ声は天まで届いているに違いない。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

「文春オンライン」特集班

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加