日本は世界一安全な産業社会という神話の崩壊

日本は世界一安全な産業社会という神話の崩壊

  • JBpress
  • 更新日:2021/01/13
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水虫の薬に睡眠導入剤が混入されるという前代未聞の事件が発生してしまった(写真はイメージ)

2020年12月、福井県の製薬会社「小林化工」が製造した爪水虫治療薬に睡眠導入剤の成分が混入し、服用した150人以上が意識消失などの健康被害を訴え、2人が死亡した。

製造過程で減った治療薬の有効成分を補充しようとして、従業員が間違って睡眠導入剤の成分を混入させたという。

2つの成分の容器は大きさや形状が異なり、取り違えは通常あり得ないとして、会社は「重大な過失だ」と説明している。

小林化工は薬を自主回収しているが、問題は極めて重大である。

この事故は、事故発生の直接原因が「ヒューマンエラー」(詳細は後述する)であることなど、かつて国内外の人々に大きな衝撃を与えた東海村JCO臨界事故とよく似ている。

今回の事故は、単に医薬品の安全の問題でなく、世界を市場とする日本の工業製品すべてに対する世界の人々の信頼を失いかねない。

そういう観点からすると、今回の事故のメディアの扱いは小さすぎるのではないだろうか。

かつて、日本の社会や日本人は、外国人から高い評価を受けていた。

例えば、社会学者エズラ・ヴォーゲル氏が、著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン:アメリカへの教訓』(Japan as Number One:Lessons for America)を発表したのは1979年である。

その中で、著者は「高い技術レベル、社員の会社に対する、また会社の社員に対する忠誠心、高い教育水準、質の高い官僚、低い犯罪率、世界中から学ぼうという姿勢――これらこそが、日本が強く豊かな社会でいられる基盤である」と日本を高く評価していた。

筆者は1983~84年にフランスに滞在していた。その折、地方を旅行中に、たまたま日本車に乗っているフランス人と出会った。

「日本の車は最高だ。自分は日本人が製造した車に乗りたいんだ」と彼が話していたのを今もよく覚えている。

その頃の外国人からみた日本人のイメージは、ルールや決まりをよく守る、約束の時間をよく守る、仕事が丁寧であるなどであった。

彼も同様な日本人のイメージを持っていたのであろう。また、当時の多くの日本人も、筆者もそうであるが、そのような日本人であることの自信と誇りを持っていた。

そして、日本は世界一安全な産業社会であるという信仰にも似た自信に満ちあふれていた時代でもあった。

ところが、バブル期(1985~91年)を経た1999年9月30日、茨城県那珂郡東海村にある株式会社ジェー・シー・オー(JCO)の核燃料加工施設で臨界事故が発生した。

いわゆる東海村JCO臨界事故である。

この事故の原因は、国が許可した作業手順を無視したり、作業員が勝手に作業手順を変更するなどの規律違反・手抜き、作業を監督すべき作業長が作業場にいなかったなどの監督の不備および臨界以上のウラン量を容器に注入してしまうという作業員の知識不足というある意味単純な「ヒューマンエラー」が重なったものであった。

この事故により3人の作業員が重篤な放射線被曝を受け1人が死亡するなど、我が国原子力平和利用史上前例のないような事故であった。

翌10月1日のすべての全国紙が足並みを揃えてトップニュースでこの事故を伝えた。

まさに日本の安全神話が崩壊した時であった。

ところが、この東海村JCO臨界事故の教訓が生かされず、今回、製薬会社で全く同じような「ヒューマンエラー」により事故が発生したのである。この事故の発生状況および事故原因は後述する。

筆者は、バブル期を挟んで大きく変化した日本の社会・労働環境が、日本人の劣化をもたらしたと思っている。

東海村JCO臨界事故や今回の製薬会社「小林化工」の異物混入事故にも、日本人の劣化という社会的な背景も垣間見える。

本稿は「ヒューマンエラー」に焦点をあてて整理したので「日本人の劣化」という論点については、別の機会に論じてみたいと思う。

さて、なぜ人はミスをするのであろうか。

人はミスをする生き物である。ミスをしない人はいない。従って、人のミスを完全に防止することはできないが、そのミスが事故・災害に繋がらないようにすることは可能である。

元航空自衛隊の医官にして事故調査、安全工学の碩学である黒田勲氏は、安全哲学は、「人間は間違いを起こす存在である」という認識と「安全という状態があるのではなく、安全を確立しようとする努力そのものが安全である」という思想の2つに集約されると言う。

本稿は、黒田勲氏のこの2つの安全哲学を念頭に置いて、「ヒューマンエラー」の防止対策を考察するものである。

初めに、製薬会社「小林化工」の異物混入事故の原因について述べ、次に「ヒューマンエラー」の防止対策を述べる。

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1.小林化工の異物混入事故の原因

本項は、新聞報道および製薬会社「小林化工」のホームページを参考にしている。

(1)被害発生の状況

2020年12月、医療機関に対し、製薬会社「小林化工」(注)(福井県あわら市)が製造した水虫治療薬「イトラコナゾール錠50『MEEK』」を服用した患者から「意識がもうろうとする」などの連絡が相次いだ。

同社が調べたところ、本来水虫治療薬に含まれない睡眠導入剤の成分「リルマザホン塩酸塩水和物」が混入していることが判明した。

同社は12月4日、今年6~7月に製造され、9~12月に出荷された同水虫治療薬約9万錠に睡眠導入剤の成分を誤って混入していたとして自主回収すると発表した。

小林化工や厚生労働省のホームページによると、同社が製品を自主回収したのは、2017年以降、今回で5件目となる。

2020年10月には、胃潰瘍などの治療薬に発がん性物質が含まれていたことが判明した。

この時に、事実関係をしっかりと調査し、原因を究明して、再発防止に取り組んだのか。教訓を生かしたとは到底思えない。

同社は、12月7日、医療機関に対し、同水虫治療薬を服用した患者に、ふらつき、意識消失、転倒、記憶消失、重度の傾眠、意識もうろうなどの重篤な症状が多数報告されたため、患者への服用を中止するよう連絡した。

この薬は医師の処方箋を必要とし、市販はされていない。

9日、県が同社を立ち入り調査した。10日午後5時時点で、全国で計128人が健康被害を訴え、車を運転中に意識を失うなどして起きた物損事故も計14件が確認されている。同社は11日、薬を服用した70歳代の女性が10日に死亡したと発表した。

12日、同社の小林広幸社長は、報道陣の取材に応じ「重大な過失を犯し、深くおわびする」と謝罪した。

同社によると、16日午前0時時点で、健康被害を訴える人が前日から8人増えて154人、このうち入院や救急搬送の患者も2人増えて35人となった。

同社は17日、薬を服用した80代男性が11月23日に亡くなっていたと発表した。これで死亡者は2人となったが、同社は、死亡者2人の死因と薬の因果関係については明らかにしていない。

17日、同社は、外部の有識者からなる調査委員会を設置した。

21日、厚労省、福井県、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の13人が、同社を立ち入り調査した。

混入があった工場には、自主回収しているイトラコナゾール錠「MEEK」3種類(50・100・200)以外の品目でも、医薬品医療機器法違反に当たるケースがあったという。

厚生労働省監視指導・麻薬対策課の田中徹課長は、健康被害が相次ぐ事態を重くみているとして「睡眠剤の混入はあり得ない。ジェネリック医薬品(後発薬)業界、医薬品産業全体の問題と受け止めている」と語った。

(注)小林化工:1961年設立。先発医薬品よりも安価な後発医薬品(ジェネリック医薬品)の製造や販売を手がけ、アレルギー性疾患の治療剤や抗生物質製剤などを扱う。2020年3月期の売上高は370億円。同10月現在の従業員数は796人。

(2)事故の原因

この事故に直結したのは、本来入れるべき水虫治療の有効成分と、睡眠導入剤成分を取り違えた単純ミスであった。

水虫治療の有効成分を入れていたのは「高さ1メートル弱の大きな紙製のドラム缶」で、睡眠導入剤成分は「おかきが入っているような、小さく、平たい缶」に入っていた。

それぞれは全く異なる容器で保管されていたが、小林社長は「一般的な感覚では間違えないレベル。本人が失念していたとしか考えられない」と述べている。

また、取り違えは製造過程で従業員が目減りした有効成分を補充した際に起きたが、そもそも補充は厚生労働省が認めた製造手順ではなかった。

さらに、同社の規定では、この薬を製造する際、監視役と2人1組で作業を行うことになっていたが、作業員が1人で調合していた。

同社幹部は「管理する側がしっかりと把握できていなかった。我々の責任だと思う」と述べた。

また、混入などのミスは、出荷前のサンプル検査で見つけ出すことになっていた。実際、サンプル検査は行われ、異物混入が疑われるデータを検出していた。

同社は「わずかな反応だったため気付けなかった。チェックが厳密だったのか検証したい」としている。

県は「異物混入が誤差の範囲であったとしても、そうしたデータが出たなら再度検査をする必要がある」と指摘している。

また、県によると、同社への立ち入り調査の結果、主成分を記載する帳簿に、本来含まれない睡眠導入剤成分を示す番号が記されていた。

製造過程で従業員がこの成分を入れたと記録していたとみられる。記録がありながら、同社は混入に気づかず出荷しており、県は品質管理が不十分だった可能性があると見ている。

2.ヒューマンエラーの防止対策

(1)ヒューマンエラーとは

ヒューマンエラーとは人的ミスや人的過誤とも呼ばれる。

JIS Z8115規格では「意図しない結果を生じる人間の行為」と定義されている。

「ヒューマンエラー」とは、人的ミスなどの人間の行為によって事故や災害、トラブルなど意図しない結果が生じることである。

ヒューマンエラーには、上記の事例のように定められた手順やマニュアルを守らない「故意による行動」によるものと、水虫などの治療薬と睡眠導入剤を取り違えるなどの「不注意による行動」によるものがある。

故意に「やるべきことをやらない」または「やってはならないことをする」は規律違反とも呼ばれるが、これもヒューマンエラーに含まれる。

人間は間違いを起こす存在である。従って、「人間はミスをする」という大前提に立って安全を考えないと事故・災害を防止することはできない。

(2)ヒューマンエラーの発生要因

ヒューマンエラーを引き起こす要因には、「錯覚」、「不注意」、「近道行為」、「省略行為」の4つに代表される人間の行動特性(ヒューマンファクター)がある。

①錯覚:錯覚は目前の状況を見誤ることで、その後の行為が状況に合わないものとなる。

錯覚には、「誰もいない暗闇の中に人がいるような錯覚を起こす」という誤った知覚によるもの、「他人の傘を自分のものだと錯覚して持ち帰ってしまった」という単なる思い違いや勘違いによるもの、「同じ長さの線分の両端に矢羽を付けた場合、内向きに付けると線分は短く見える」という視覚(錯視)による3つの種類がある。

②不注意:注意をするというのは、ある特定の対象に向けられた意識のことであるが、不注意とはその意識を欠いた状態である。「うっかりしてしまった」、「見落としてしまった」などの行為が不注意に当たる。

③近道行為:近道行為とは、本来ならすべき工程の一部を「何らかの事情」によって怠ることをいう。近道行為は、意図的に行う場合もあれば、意図せずに行う場合もある。「急がなくては」という心理が近道行為を引き起こすと言われている。

④省略行為:省略行為は、本来すべき手順の一部を省略して目的を達成しようとすることである。定められた手順やマニュアルを守らず、早く簡単に済ませてしまおうとすることである。

「面倒だ」という心理が省略行為を引き起こすと言われている。

また、ヒューマンエラーは、その作業員の睡眠不足や疲労などの生理状態や、緊張時やパニック時などの精神状態によって、その発生率が大きく異なると言われる。

管理者は、ヒューマンエラーを防止するために、作業前に作業員の生理・精神状態を確認することが極めて重要である。

(3)ヒューマンエラーの防止対策

本項では、製薬会社「小林化工」異物混入事故の原因となったヒューマンエラーについて、その防止対策を述べる。

ア.事故の原因となったヒューマンエラー

(ア)規律違反・手抜き:①厚生労働省が認めた製造手順を無視した、②同社の規定では、この薬の製造を2人1組で作業を行うことになっていたが、作業員が1人で調合していた。

(イ)監督の不備:監視役がその場にいなかった。

(ウ)勘違いによる取り違い:水虫治療の有効成分の入った容器と睡眠導入剤成分の入った容器を取り違えた。

(エ)不注意・失念:①サンプル検査で異物混入を見過ごした、②主成分を記載する帳簿に、睡眠導入剤成分を示す番号が記録されていたが、これを見落とした。

イ.各ヒューマンエラーの防止対策

すべてのヒューマンエラーは、その作業員の責任だと言うこともできるが、その担当者の仕事がきつくて集中力が落ちていたということがあれば仕事のシフト管理者の責任とも言える。

さらには、そういう会社の安全管理体制を見過ごしていた経営トップの責任だとすることもできる。

(ア)各ヒューマンエラーに共通する対策

①2人ルールを適用する:

ヒューマンエラーが重大な事故・災害に繋がる恐れがある場合は、作業の実行に2人の参加を求める。2人ルールにより作業員がヒューマンエラーを引き起こす可能性を小さくすることができる。

②教育・訓練を徹底する:

教育と訓練とは別のものである。教育は行動の基本となる知的能力の向上を図る座学であり、訓練は人間行動を変化させる実践方法である。

知識を与えれば人間は行動すると考えるのは間違いである。作業手順を反復訓練することによってのみ、正しい作業手順を身につけることができるのである。

③監視カメラを設置する:

常に見られているということで、作業員の緊張を高め、手抜き作業やマニュアル違反などの作業者の故意の行為を抑止することができる。

(イ)規律違反・手抜きへの対策

多くの場合、従業員が規律違反を働く職場には、組織のルールに反したわずかな規律違反が隠れている傾向がある。あるいは、そもそもルールがない、ルールがあっても不備がある、といった場合もある。

従業員が規律違反に至る環境を組織の最高責任者である経営トップが認識し、規律違反を発生させない対策と環境の整備が重要である。

そのためには、経営トップが、安全に関する考えを明確に従業員に示し、 その方針を達成するために、事故防止のための計画を立案し、計画を実行した後、 その結果を評価し、不足した部分を改善することにより、安全を確保する以外にない。

(ウ)監督の不備への対策

ミスをできるだけ少なくするためには、作業者の意識向上は大切である。しかし、多くのミスは管理の不備・欠陥により発生することを現場の管理監督者は強く意識すべきである。

管理監督者は、作業が始まる前、および作業中であっても以下の項目について現場をチェックして、ミスが発生しないように管理することがミス予防策として最も効果的である。

①作業環境(整理整頓・清掃)の確認
②作業員の技量・知識の確認
③作業員の心身の健康状態の確認
④監視カメラによる作業状況の確認

(エ)勘違いによる取り違いへの対策

ベテランになると意識をしなくとも体が自然に対応するようになるものである。ここにヒューマンエラーの落とし穴がある。

すなわち、無意識での作業が増えれば、それだけ取り違いのリスクが増えてくるのである。取り違いを防止するには次のような対策が必要である。

①作業に関係ないものを同じ場所に置かない。

水虫治療薬を製造している場所に睡眠導入剤成分が置かれていることが信じられない。たぶん別の日に睡眠導入剤を製造しているのかもしれない。

これは環境整備の問題である。環境整備とは、仕事をやりやすくする環境を整えることである。

②物理的に識別をつける。

容器に色別表示をする。今回の取り違いは大きさが全く違っているので、常識的には取り違いが起こることは考えられない。このような場合は、上記①の対策が有効である。

③識別を意識する習慣づくり。

例えば使用前に指差呼称で「○○よし」と声を出して確認する。

(オ)不注意・失念への対策

「気がつかなかった」「見過ごした」などのヒューマンエラーの多くが不注意から生じている。人はあることに注意を向ければ、それ以外のことは不注意となる。

また、睡眠不足や疲労によって意識がぼんやりしていれば、注意能力が低下する。従って、次の3つのことを理解し、実行できるように従業員を教育・訓練する。

①体調管理に万全を期す。体調不良や疲労が蓄積した状態での業務はミスや事故などを引き起こしてしまう。

②作業工程のどこに気をつけなければならないか注意点(急所)を特定し、情報を作業員および監督者全員で共有する。

③作業工程をチェックリストにする。チェックリストには、頭の中の記憶ではなく、作業内容が見える化された「記録」で、業務の抜け・漏れをなくすという効果がある。

また、誰が、いつ、何の作業を行ったかエビデンス(履歴)を残すことで、作業者に責任感も生まれ、また、何かあったときの是正処置も取りやすくなる。

3.おわりに

人間のエラーの多くは皮肉にも一所懸命やって失敗しているものが多い。

初心者は、「一所懸命やろうとするとかえってうまくいかない」「注意が一点に集中して周囲が見えない」「焦るとメタメタになる」などが多い。

中級技能者は、「手順の改善をして失敗する」「自分勝手にやって、失敗する」「思い込みが多くなる」などがある。

ベテラン技能者は、「自分の腕に過剰な自信を持ち始め、鼻唄まじりで仕事ができて、ポカミスをする」「いろいろ工夫、改善をして失敗する」「思い込みが強い」など、「信じられないミス」はこのレベルの行動に多い。

従って、監督者は、作業員の技量を掌握し、的確な助言や監督を行わなければならない。

最後に、組織の安全文化の重要性を指摘したい。

組織の安全・事故防止は、個人単位でできることは限られており、組織が一致団結し安全に取り組んでこそ初めて安全を保つことができるということを理解しておく必要がある。

安全文化の高い組織では、従業員が安全の重要性を認識し、ヒューマンエラーや不安全行動に対して鋭い感受性をもち、事故予防に対する前向きの姿勢をもっている。

一方、組織は、整理・統一された効果的な安全管理システムを構築している。

このような安全文化を作り上げ確固たるものにするためには、まず組織の上に立つ経営トップ層が陣頭指揮を執り、その上で、安全担当者だけでなくすべての部門に関わりのあることとして組織全体で対策に取り組むとき、ヒューマンエラーや不安全行動に起因する事故が予防できるといえる。

繰り返すが、「安全という状態があるのではなく、安全を確立しようとする努力そのものが安全である」ということを肝に銘じておくべきである。

横山 恭三

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