W杯落選危機から一躍ヒーローに...「必死でしたよ。シンプルに止めるしかなかった」“PKを与えたMVP”権田修一の復活劇

W杯落選危機から一躍ヒーローに...「必死でしたよ。シンプルに止めるしかなかった」“PKを与えたMVP”権田修一の復活劇

  • 文春オンライン
  • 更新日:2022/11/25

カタールW杯が始まって以来、最大の番狂わせとして、世界中に衝撃と驚嘆を与えた日本代表。そのドイツ戦で輝きを見せたのは同点ゴールを決めた堂安律や決勝ゴールを叩き込んだ浅野拓磨の攻撃陣だが、試合の流れを劇的に変えたということでは、GK権田修一(清水エスパルス)だろう。

【画像】ドイツ代表ラウムの鋭い切り返しに思わずPKを与えてしまう権田修一

「僕らは新しい景色を見るためにここに来ているので、今日、勝ったことは嬉しいですが、もう終わったことですし、次のコスタリカ戦に向けてリカバリーしたいと思います」

試合後、権田は淡々とそう語ったが、いつもよりも柔和な表情がこの日の勝利が格別だったことを物語っていた。同時に、無事に戦い終えた安堵感みたいなものも漂っていた。

No image

ドイツ戦のMVPに選出された権田修一 ©JMPA

権田はW杯のメンバーから落選する可能性があった

実は、権田は一時期、W杯のピッチに立つことはもちろん、メンバーに入ることも難しい立場に置かれていた。

9月23日、ドイツ遠征での初戦のアメリカ戦、権田はスタメンで出場したが、相手選手との接触プレーによって上半身から落下し、背中を負傷、前半45分で交代した。権田はそのまま途中離脱し、日本に帰国。その後、10月8日に行われた明治安田生命J1リーグ第32節・川崎戦で復帰を果たした。だが、試合途中にDF谷口彰悟と接触し、負傷退場。のちに肋骨にヒビが入ってきたことが判明し、W杯は難しくなったと感じた。

再びリーグ戦に戻ってきたのは、10月22日、静岡ダービーの磐田戦だった。その頃はまだ、体の調子が100%ではなく、動きももうひとつだった。だが、1週間後の鹿島戦、そして最終節の札幌戦は自分らしいプレーがようやくできるようになった。

残念ながら、所属クラブの清水エスパルスはJ2に降格してしまったが、権田は森保監督の高い評価を受け、GKとして日本代表のメンバー26名に選出された。この時、権田は「素直にうれしい。あとは代表でやるだけ」と決意を新たに代表チームに合流した。

権田は厳しい試練を乗り越えてきた。2015年にはオーバートレーニング症候群を患い、当時所属していたFC東京の練習にしばらく参加できなかった経験を持つ。この時は精神的にも肉体的にも立ち直り、練習に復帰するまで3か月の時間を要した。その後、FCホルンに移籍するなどして自分のプレーを取り戻すまで、かなりの苦労をしている。

ドイツ戦では前半31分にPKを与えてしまうが…

そして33歳の今、それらの経験が活き、日本の守護神になった。権田自身はブラジルW杯以来のメンバー選出となり、8年越しでようやく正GKとなったわけだが、満足はしていない。

「本当は、8年越しはダメだと思います。若い時に代表に呼んでもらったので、その次のロシアW杯大会には行かなきゃいけないじゃないですか。でも、行けなかったのは、自分のせいでもあるし、そういう部分が『日本のゴールキーパーのレベルが』って言われる1つの要因だと思う。今回、試合に出れたことは、喜ばないといけないのかもしれないですけど、普段からどの試合も100%でやっていたおかげか、あんまりバタバタしなかった。それに開幕戦を戦ったカタール代表のゴールキーパーがあれだけいいプレーしているのを見ると、自分もできるんだっていう自信をもらった。大会に入っていろんなシーンを見ることができたのは、すごく良かったですね」

その言葉通り、権田は相手に主導権を握られ、押し込まれてもアタフタせず、冷静にプレーしていた。だが、前半31分、ラウムを倒してPKを宣告された。ラウムに切り返された時、相手がダイブしたと思い、レフリーにもそれを伝えたが、PKの判定が覆されることはなかった。

「ファウルをとられたこと、PKを決められたことを受け止めて次にいこうと決めました。気持ちの切り替えができたのは、まだ試合が終わっていなかったからですし、僕がそこで乱れて勝てる確率を落としてはいけないと思ったからです。GKをしていれば失点に絡んでしまうんですけど、そこで切り替えられたのは、普段からエスパルスで気持ちをすぐに切り替えるようにやってきたからこそできたんだと思います」

ドイツのギュンドアンに冷静にPKを決められ、その後も劣勢が続いた。しかし権田のプレーは、先制されてから覚醒したようにボールへの反応が早く、鋭くなった。後半に入って3バックに変更し、流れが変わってくると、権田のプレーと動きがさらに研ぎ澄まされていった。

4本の連続セーブで試合の流れを引き寄せる

後半24分からドイツに決定的なシュートを立て続けに4本打たれたが、そのすべてを跳ね返した。

「必死でしたよ。シンプルに止めるしかなかった。それが僕の存在意義でもあるんで。本当は、PKを取られないで0-0で進めるのが僕らのプランだったんですけど、僕がPKを与えてしまったので、チームとしてはプランが狂っちゃいました。でも、ロースコアで進めていれば、アルゼンチンに逆転勝ちしたサウジアラビアもそうですけど、チャンスがあるっていうのはチームみんなで話をしていました。このチームは逆転勝ちがあまりないってキャプテン(吉田麻也)が言っていましたけど、スペースがあれだけできているとなると、僕らにもチャンスが出てくるだろうなって思っていました」

権田の勘は当たり、後半30分に堂安律が同点ゴールを決め、38分には浅野拓磨が決勝ゴールを叩き込んだ。権田の好セーブが試合の流れを引き寄せ、大きく変えたのだ。FWや中盤の選手ではなく、GKでも試合の流れを変えられるということを証明した試合でもあった。

「試合の流れを変えたのがキーパーのセーブだって言われるのはすごくうれしいです。でも、今日は途中から出た選手たちが試合を決めてくれた。それって簡単なことじゃないですから。ワールドカップに意気込んで来て、スタメンで出たい。でも、出られない。それでもサブ組の選手はすごく声を出してくれたし、そういう悔しい気持ちを逆に力に変えている。(堂安)律と同じテーブルでご飯を食べているんですけど、『俺、決めますよ』といっていたし、実際に途中から出て決めた。そういう強い気持ちでプレーしている選手がこのチームには26人いるので、それが本当に流れを変えた要因だと思いますね」

権田は、嬉しそうにチームメイトの活躍をたたえた。

試合後、権田はこの試合のMVPに選出された。「PKを与えたGKがMVP?」と思われるかもしれないが、この試合での権田のプレーが日本の行く先を変えたと言っても過言ではない。サッカーはミスがつきもので、GKは失点に絡んでしまうが、それを取り返すことはワールドカップという大舞台でも十分に可能だということを、権田は自分のプレーで証明したのである。

(佐藤 俊)

佐藤 俊

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加