「初めて見たらぎょっとしますよね」住宅街を歩くと頭上に藁人形が何体も...... 木更津に残る奇妙な“風習”を追う

「初めて見たらぎょっとしますよね」住宅街を歩くと頭上に藁人形が何体も...... 木更津に残る奇妙な“風習”を追う

  • 文春オンライン
  • 更新日:2022/05/14

東京湾アクアラインを渡って千葉県木更津市に入り、車を走らせること数分。三井アウトレットパークからほど近い閑静な中島の住宅街に入ると、視界の上部に“藁人形”が現れる。

【写真】住宅街を歩くと、視界の上部に急に現れる藁人形

瓦葺きの家が並ぶ道路をまたぐように糸状のものが張られ、そこに藁人形がぶら下がって揺れている。高さは地上4メートルほどで、道路脇の民家の2階とほぼ同じ。歩行者に当たることはないが、トラックなどが通る時はかなりギリギリだ。

藁人形は両手を広げ、顔は描かれていない。形も不揃いで手作りのように見える。この藁人形は一体何なのだろうか。

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風に揺られる藁人形 ©文藝春秋

道行く人に声をかけても、藁人形についての詳細はなかなか集まらない。

「よく分からないので他の人に聞いてください」

「初めて見たらぎょっとしますよね。もう慣れましたけど」

平日の昼間ということもあり人通りは少なく、その人々も藁人形を見上げる様子はない。その日はどんよりとした曇り空で、東京湾からの強い海風が吹き付けるなか、藁人形は風に揺られ続けていた。

「あぁ、あれは『辻切り』ですよ」

藁人形の名前が判明したのは、6人めに声をかけた地元に住む60代の男性によってだった。

「あぁ、あれは『辻切り』ですよ」

「辻切り」という聞き慣れない名前に怪訝な表情が浮かんだのを見て取ったのか、男性は続けてこう説明した。

「『辻切り』はいわば厄除けです。私は生まれた時から木更津に住んでいますが、子供の頃にもありました。『なんでぶらさがっているんだろう』と不思議に思い、石をぶつけて遊んだこともあります。幸いバチはあたりませんでしたけどね(笑)。昔は地面に竹を立てて綱を張り、そこに藁人形をぶら下げていましたが、今は電柱に竹を縛って、そこから綱を張っています」

たしかによく見ると、糸は電柱からではなく、電柱に縛り付けられた竹から張られている。藁人形は地区の境目に吊るされるそうで、「辻」を切って悪いものの侵入を防ぐということのようだ。

しかし藁人形と言うと呪いのイメージも強く、夜に見れば相当に不気味なことも確かである。住民たちも「古い風習なのは知っているけれど、そういえば詳しいことはよくわからない」という人が多かった。

さらに聞き込みを続ける中で「詳しい人がいる」という話を聞き、案内された家へ向かうと、メガネをかけた優しそうな雰囲気の男性が姿を現した。

「『つなはり』のことですね。どうぞお上がりください」と自宅へ招き入れてくれたのは中島区文化財保存会の会長を務める篠田芳夫(77)さん。つなはりについての記録をまとめた数冊のファイルや写真とともに解説をしてくれた。

「『つなはり』がいつから始まったのか正確な時期は分かっていませんが、正月行事の一環として、その年の厄除けや病難除けとして300年以上は続いている風習です。

中島の中でも、地区によって藁で作った人形やタコ、海老、たわし、絵馬など吊るすものが違います。昔から漁業が盛んな地域なので海にまつわるものが多いですね」

「藁人形がバスやトラックにぶつかるといけないので」

道路上に張られた糸には人型の藁人形だけでなく家内安全と書かれた絵馬、サイコロ、タコなども吊るされている。人形は「子孫繫栄や住人の身代わりになって災害や災難を引き受ける」、タコは「悪病を口で吸い出し、八本の足は末広がりで縁起がいい」などそれぞれ由来があるという。

「元々は江戸時代に山形の出羽三山から来た行者がこの辺りに伝えたと言われています。昔はもっと低い位置に吊るしていましたが、昭和30年に市町村合併があって都市化が進み、路線バスやトラックが走るようになった。藁人形がバスやトラックにぶつかるといけないということで、今のような高い位置になったんです」(篠田さん)

「落ちるのは悪いことじゃないんです」

取材を進める中で気になったのは、道路に落ちている人形があったことだ。海が近い木更津市は風が強く、落下は避けられない。厄除けが落ちてしまうのは大丈夫なのだろうか。

「昔は綱も藁だったから2月くらいには落ちていましたけど、今は化学繊維なので年末まで残るものも2~3体はあります。重いものから落ちるので、最初に落ちるのはだいたい藁人形。でも落ちるのは悪いことじゃないんです。作って飾るまでが大切で、落ちたら、道路脇に寄せたり、燃やしたり供養したり、誰かが家で保管していることもある。ゴミではないので捨てることはありませんね」(同前)

藁人形はその名の通り藁で、ホームセンターでも売っていないので手作りだという。

「畑や田んぼもずいぶん減って、昔は簡単に手に入った藁も今では知り合いの農家に融通してもらったり、つなはりのために買っている地区もあると聞きます。その藁を縒り合わせて自分で作るんです。私も、前の年に落ちたものを参考に父から作り方を習いましたよ。自分たちの代で終わらせてはダメだと思っているので、若い人にも作り方を伝えていきたい。まぁ100歳くらいまでは作るつもりだけどね」(近隣住民)

一見不気味な藁人形には、地域の住民を災いから守る願いが込められていたのだ。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

「文春オンライン」特集班

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