「日本の大部分は小汚い者達です」 1999年、池袋通り魔事件犯人が手紙に書いた“異常性”

「日本の大部分は小汚い者達です」 1999年、池袋通り魔事件犯人が手紙に書いた“異常性”

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/21

1999年9月8日正午前、人通りの絶えることのない東京・池袋で起きた通り魔殺人事件。包丁と金槌で次々と通行人を襲い、死者2名、重軽傷者6名の被害者を出した。犯人は池袋駅前で取り押さえられ、その場で警察に逮捕された。それから3ヶ月半が経った12月、東京地方裁判所に池袋の通り魔が姿を現した。

その公判廷の傍聴席にいたのが、ジャーナリストの青沼陽一郎氏だ。判決に至るまでの記録を、青沼氏の著書『私が見た21の死刑判決』(文春新書)から、一部を抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)

◆◆◆

犯行の2年前の手紙

ここで検察官は、不思議な資料を証拠として提出してきた。

そんなこともあるのかと、傍聴席で驚いたことを覚えている。

犯行の2年前の夏、造田博は衆議院や裁判所、在日外国大使館や官公庁などに宛てて、手紙を出していた。その文面をみれば、悪戯と思って破棄してしまっても致し方のないようなものなのだが、律儀にも外務省だけが、この手紙を大切に保管していた。それが事件後に捜査機関の証拠となって披露されることになった。

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©iStock.com

その文面というのが、以下のようなものだった。

『日本の大部分は小汚い者達です。この小汚い者達は歌舞伎町で、人間でなくなっても、動物でなくなっても、生物でなくなっても、存在しなくなっても、レイプし続け、暴行をし続けると言っています。存在、物質、生物、動物が有する根本の権利、そして基本的人権を剥奪する能力を個人がもつべきです。この小汚い者達には剥奪する必要があります。

国連のプレジデントに届けて下さい。

Hiroshi Zota  造田博』

『Breathing OK, は愛情です。

国連のプレジデントに届けてください。世界中のプレジデントの方々に届けました。国際平和に役立ててください。強力な後押しになります。

Hiroshi Zota  造田博』

『世界中で見られる、生まれながらの精神障害者、奇形児の方々はすべて、歌舞伎町で会ったことが原因で患者になっています。だから私は日本で生まれることにしました。

私と関係があるという理由で、この小汚い者達はA子さんという女性を世界中の人達、私の目の前でレイプしようとしています。

国連のプレジデントに届けて下さい。

Hiroshi Zota  造田博』

(注:『A子』は実在の人物)

『助けて下さい。造田博にレイプされました。僕の彼女も造田博にレイプされました。造田博が僕の彼女のお腹に子供を作りました。世界中の人たちに助けてもらいます。国際裁判をします。僕達にはどうすればいいのかわかりません。お知えて下さい。国連の親父たちに言ってもらいたい。

造田○○(注:兄の名前)と彼女』

「造田博教を作りました。」

こんな手紙を十数通、日本の外務省は大切に保管していたのである。

事実関係に争いのなかった弁護側は、すぐに反証に入った。

そこでも、手紙が証拠として提出されている。

逮捕、勾留後に、彼の数少ない友人のひとりに送ったものだった。

そこにはこうある。

『造田博教を作りました。(中略)造田博教に入りたい気持ちのある人は、造田博教に入れます。造田博教は何処でも宣教します。宇宙に出ても宣教します。どこでも宣教します。(宇宙に出てもは、人が地球から宇宙に出てもです。)私は造田博教の中で神とか主ではなく宣教者です。(神様の事は神様の事として宣教します。)他の造田博教の教会の人(集まるかどうかはわかりませんが。)も宣教者です。同じ宣教者でも高い人、上の人、偉い人、すごい人、すばらしい人はいます』

宛先の友人というのも、キリスト教の関係者だった。

その彼に、自分の名前をとった宗教を作ったという。

これをもとに弁護人が尋問を試みたところで、やっぱり「あ。はい」の生返事と、覇気のない、はりぼてのような問答が繰り返される。あるいは、言葉が見つからないのか、そのまま黙り込んでしまったり。

事件についての現在の心境を尋ねられても、

「反省しています」

とだけ、抑揚なく答える。それが、どんな反省なのかもわからない。

少しばかり奇異で、難解な文面ではあるが、それでも、法廷での気の抜けたような被告人の態度からすれば、彼が唯一内面を吐露できる場所が手紙ということになりそうだった。

通り魔との往復書簡

そこで、傍聴席のぼくは、被告人に手紙を書いた。

造田博教について教えて欲しい、と。

裁判への影響も考えて、証拠調べの実質審理が終了して、あとは論告と弁論、そして判決を待つだけとなった、01年6月のことだった。

それが、通り魔との往復書簡のはじまりだった。

最初に、東京拘置所からの彼の手紙が届いたのは、ぼくが手紙を送ったわずか4日後だった。

返事すらもらえないのではないかと思っていただけに、郵便受けに見つけた時は、奇妙な喜びがあった。

白封筒にボールペンで住所と氏名が書き込まれている。何処か幼稚さの残る細長い文字だったが、縦書きに丁寧に並べようとする努力の痕跡はそこはかとなく伝わる。

開封してみると、そこにはB5判の白い便箋に縦書きで、宛名と同様の文字が浮かんでいた。

それから、30通近くの手紙を彼から受け取ることになったが、いつも同じ白封筒にB5の便箋にボールペン書きの長細い縦書き文字が躍っていた。文面は長いものもあれば、便箋1枚で済んでしまうこともあった。

その詳しい内容や経緯については、あの当時のぼくがまとめた『池袋通り魔との往復書簡』(小学館文庫)に譲るとして、彼はそこにこんなことを書いていた。

例えば、彼が開祖した「造田博教」について。

【造田博教(仮名です。まだ決まっていません。)の内容について少し書きます】

と書き出されてから、まず次の一文が続く。

造田博教の教義

【造田博教では決まった献金は平均収入の10分の1か、100分の8ぐらいで、これ以上はないです】

そして、このあとは何の脈絡もなく、行を換えて、思うところを書き綴る。

【造田博教ではトイレを自由にするのがいいと思っています。あと小便や大便をもらしてもふれないようにするのがいいと思っています】

【私はまずいものは食べないのがいいと思っています。世界中でのことです】

【私は精神と体は死んでからは別だと思います。生きている間も精神と体は別だと思います。これはたぶんです。生きている間は精神と体は同じように感じるとも思っています】

ところどころ、ボールペンで間違えた文字を塗り潰しながら、何処か幼稚さの残る文字で、彼は淡々と訴えている。

あるいは、自身の事件や犯行に触れないまでも、こんな一文を記載していることもある。

【道を歩いている時に知らない人で本当に困っている人がいたら手助けしたり助けたりするのがいいと私は思っています】

【私は他の人に危害を加えるのと加えないのとではすごく違うと思っています。他の人に危害を加えるのがだめな方で、危害を加えないのがいい方です。間違えると困るのでもう1回書きます。他の人に危害を加えるのが×で、危害を加えないのが○です】

【私は変な人は永遠の無限地獄に刑法や法律とかで落とすのがいいと思っています。永遠の無限地獄は永遠に地獄が増え続ける地獄の事です。ここの事は時間がかかるかもしれません】

そして、いつも彼は文末にふたつの定型句を書き足していた。

【私の思った事を適当に書いただけなので、あまり深刻に考えないで下さい】

【ボールペンで消している所があります】

何かに取り付かれたように、必ずこの2文を言い訳のように書く。それは「造田博教」と書き綴ったあとに「(仮名です。まだ決まっていません。)」と注釈をつけるのも同じだった。

死刑への反駁

そんな書簡が届くようになって、2カ月が過ぎた時だった。

東京地裁で彼の公判が開かれ、検察官による論告が行われた。

検察官は躊躇うことなく、池袋の通り魔に死刑を求刑している。

その2日後、再び彼からぼくのところに手紙が届いた。

そこには、死刑を求刑されたことについて、冒頭からこうあった。

【私は求刑で死刑になりましたけど、今の日本や世界の社会の状況で私が死刑なんてないと思います。検察官が平気で私に死刑の求刑だすのだったらキリスト教徒の人達や他の人にも同じように刑を出すし、外国政府もキリスト教徒の人達も他の人もみんなカンカンになっていると思います】(H13・8・24消印)

自分に死刑などあり得ない、そういうのだった。

それも、自分勝手に、独り善がりでいうのではない。いまの日本、世界の状況に照らして、あってはならないことだと主張する。

さらに文面は、こう続く。

【私は参考書を読むのをやめて時間を使って、手紙ばかり書くことにしようと思っています(手紙を送る人が他にもいるので、青沼さんにもまた手紙を送ります。)。私は控訴、上告しようと思っています。】

参考書とあるのは、彼はこの前の書面で、大検を経ての大学受験を真剣に考えていることを告白していた。そのための勉強を拘置所の中ではじめていたのだ。

【あと高校中退したのは親の借金があったからです。あと、いろいろありますけど、とりあえず公務員になるつもりはありません。】

そうも言い訳していた。

自分が死刑になるなんて、考えてもいなかったのだろう。

そこに突き付けられた死刑に、彼は反駁していた。

自分を取り巻く環境がおかしいのだと見ていた。

“変な人はミキサーに入れっぱなしに” “ちゃんとした人に危害を加えるのはダメ” …通り魔の手紙に書かれた矛盾へ続く

(青沼 陽一郎/文春新書)

青沼 陽一郎

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