「女性がもっと受け取れるはずだった賃金」は計算できるか

「女性がもっと受け取れるはずだった賃金」は計算できるか

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/06/10
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男女の賃金格差は世界的に問題になっているが、先進国の中でも特に深刻なのが日本と韓国である。今年2月に出版された、韓国のフェミニスト、イ・ミンギョンによる著書『失われた賃金を求めて』は、女性が男女の格差がなければもらうはずだった賃金について徹底的に追求したものだ。本書に「解説」を寄稿した労働団体職員でライターの西口想さんがこの問題の本質について考察する。

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日本の女性の賃金は男性のおよそ半分

今年3月末、世界経済フォーラムから「世界ジェンダーギャップ報告書2021年版」が公表され、そのジェンダーギャップ指数ランキングで、日本は156カ国中120位(昨年121位)となった。

この「ジェンダーギャップ指数」は、経済・教育・保健・政治の4分野14項目の総合スコアで作成され、0が完全な不平等、1が完全な平等を示す。私は労働団体で働いていることもあって、働く環境を直接反映した「経済」のスコアをまずチェックする。
ジェンダーギャップ指数の「経済」、正確には「経済的参加と機会」の日本のスコアは0.604で、156か国中117位だ。全5項目のうちで足を引っ張っているのは「男女の賃金格差」(指数0.563、101位)、「議員・高級官僚・管理職の女性比率」(指数0.173、139位)、「専門職・技術職の女性比率」(指数0.699、105位)の3項目である。

賃金格差の指数0.563は、女性の賃金は男性の賃金の56.3%しかないことを意味している。リーダー層や専門職が賃金水準を引き上げる人々だ。それを踏まえると、賃金格差にこそ経済的なジェンダーギャップが集約されていると考えてよい。あらためて見てもショッキングな数字だ。

「日本の女性の賃金は男性の半分ちょっと」というデータの出典はおそらく、国税庁の「民間給与実態統計調査」である。この調査は、徴税の基礎資料とする調査目的から、就業形態や時間の長短にかかわらず広い範囲の給与所得を把握していることが特徴だ(公務労働者は除かれている)。分かりやすく言うと、アルバイト・パート・派遣といった非正規労働者も、大企業の正社員も、等しく「1人の賃金」としてカウントしている。

総務省「労働力調査」の2020年平均結果によれば、女性の非正規率は54.4%、男性の非正規率は22.2%で、圧倒的に女性のほうが多く非正規雇用で働いている。少なくないアルバイト・パート雇用が最低賃金に近い時給だ。そうした就業構造の違いが、男女間の大きな賃金格差となって指数にあらわれている。

ただし、正規・非正規間の格差は男女の賃金格差を説明する一側面に過ぎない。日本の男女賃金格差のもう一つの側面は、「正規・正規間の格差」だ。

女性はフルタイムで働いても男性の3/4の賃金

それを知るための統計調査が、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(通称「賃金センサス」)である。2020年の賃金センサスによれば、「一般労働者」(1カ月以上の期間で雇用されているフルタイム労働者)の月の賃金は、男性33.88万円(年齢43.8歳、勤続13.4年)、女性25.19万円(年齢42歳、勤続9.3年)である。男性を100とした場合の女性の賃金は74.4で、25.6%の賃金格差がある。つまり、女性は週5日フルタイムで働いていても男性の3/4の賃金しかもらっていない。

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〔PHOTO〕iStock

これは全年齢の平均賃金であることに注意が必要だ。初任給は男女でそう変わらないが、年齢ごとの賃金カーブを見ると格差はより露骨になる。50代後半で昇給を止めたり管理職から下ろしたりする企業が多いため、男女ともに賃金が最も高くなるのは50代半ば。賃金センサスにおけるピーク時の賃金を比較すると、男性が50代後半の42.01万円、女性が50代前半の27.47万円だ。男性の賃金を100とした場合、女性は65.4である。ボーナスを含めた年収のピークは男女ともに50代前半で、男性651.6万円、女性404.4万円となる。女性は人生で最も賃金が高い年齢のとき、同年代の男性労働者の6割しか支払われていないのだ。

この賃金格差は、退職時の基本給×一定率(勤続年数など)で計算されることが多い退職金にそのまま反映され、さらに在職時の賃金×被保険者期間で算出される厚生年金の受給額にも影響する。2019年度末時点で、会社員が老後に受け取る厚生年金(第1号)の平均月額は男性が164,770円であるのに対し、女性は103,159円で、男性の62.6%にとどまっている(厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」)。仕事を引退しても、一生を終えるまで男女の賃金格差はこのように作用し続ける。

2020年の賃金センサスから、雇用形態別に男女賃金格差を並べてみよう。正社員の女性は、正社員の男性の76.8%の賃金しかもらっていない。正社員以外の女性は、正社員以外の男性の80.5%の賃金しかもらっていない。短時間労働者の女性は、短時間労働者の男性の79.8%の賃金(時給)しかもらっていない。つまり、「正社員」と呼ばれる無期雇用・フルタイムになれば格差は埋まると思いきや、逆に正社員同士の男女賃金格差のほうが大きいのである。

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写真はイメージです〔PHOTO〕iStock

日本の賃金格差は「正規・非正規」と「正規・正規」という2重構造になっている。それは政府統計である毎年の賃金センサスから読み取れる事実だ。非正規の女性労働者を正規雇用にするだけでは解決しない分、根が深いということも分かる。それでは、この構造的に固定化された男女賃金格差をどうすれば是正していけるのだろうか。その一つの指針となる本が今年2月に出版された。韓国のフェミニスト、イ・ミンギョンが書いた『失われた賃金を求めて』(小山内園子・すんみ訳)である。

ジェンダー後進国の日本と韓国、その共通点

韓国の「ジェンダーギャップ指数」は0.687で、156か国中102位。120位の日本よりは若干上だが、経済分野では日本より低い123位だ。OECDが公表している男女賃金格差(gender wage gap)のデータでは、OECD37カ国中日本がワースト2位(23.5%)、韓国がワースト1位(32.5%)。この順位は実は1980年代から30年以上変わっていない。韓国社会と日本社会は、男女賃金格差が社会構造のなかに埋め込まれ、その是正のとりくみが遅れて世界から取り残されているという点でよく似ている。それゆえ、『失われた賃金を求めて』で語られる韓国国内の次のエピソードやデータは、日本の読者にとっても自分たちの話として聞こえる。

女性というだけで、入学試験や採用試験の際に減点されたり、親や社会から与えられる物質的・心理的資源が少なかったりすること。

男性の同期が先に出世していくこと。

共働き家庭であっても家事・育児・介護の負担が女性に大きく偏り、昇進にかかる負荷が男女であまりに違うこと。

男性に期待が偏り、実際に成長の機会が男性に優先的に与えられること。

そうして評価され重要なポストを確保した男性が、評価する側に回り、下の男性にチャンスを与えること。

その間、女性はささやかで人目につきづらい、しかし誰かがやらなければいけない仕事をこなしていること。

女性の多い部署や職種の評価がなぜか、男性の多い部署や職種よりも低いこと。

不況時には女性が真っ先にリストラされ、セクハラやパワハラの被害を正当に告発しても社内で孤立させられ、退社させられること。

ある分野で目覚ましい成功をおさめた女性が登場すると、一発屋と決めつけられたり、成功の理由を本人の力量以外の部分に見出されたりすること。

そうしたすべての結果、女性は自らの手で野望を捨てることが「合理的」な選択となり、男性はむしろありもしなかった野望を持ってリーダーシップを発揮すること。

その背景に実態とはかけ離れた男性=「家長」モデルがあるが、実際には主たる生計維持者かどうかとは関係なく性別によって昇進しやすさが決まること。

女性の賃金は男性より割安だが、治安費用をはじめとする女性の生計費は男性より割高であること。

こうした構造が、私企業や公共部門だけでなく、フリーランスの労働者やアーティストを含めた社会全体に見られ、女性たち一人ひとりの経済力、ひいては尊厳と生存を左右していること。

……どうだろう。『失われた賃金を求めて』の内容が、日本で起こっていることと驚くほどリンクしていると感じるのではないか。

女性には「生き別れた賃金」がある

『失われた賃金を求めて』は、単にこのような現状を挙げていくだけではない。ある重要な問いを冒頭に掲げ、本全体を通してその答えを探求する構成になっている。それは「韓国で、女性がもっと受け取れるはずだった賃金の金額を求めよ」という、一見シンプルな問いである。

ただ、この問いに答えることは実はとても難しい。なぜなら、「女性」とはどんな属性の女性を指すのか、「もっと」とは誰(何)と誰(何)との差なのかなど、計算する前に考えるべきことがたくさんあるからだ。

イ・ミンギョンは次のように考える。この問いへの答えとして、同一の職務につく男性の賃金と女性の賃金との差を求めるだけでは足りない。さらに、女性が男性と同じように勤務をつづけ出世していればもらえるはずだった賃金の総額を求めるだけでも足りない。退職せざるを得なかった女性、退職させられた女性、希望する仕事に就職できなかった女性、そのための学歴を得られなかった女性たちが「受け取れるはずだった賃金」も計算しなければならない、と。

著者はそれを「生き別れた賃金」と呼ぶ。女性の人生には、幼少期からずっと「もっと受け取れるはずだった賃金」がその手から離れて「迷子」になってしまう局面が繰り返し訪れる。

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『失われた賃金を求めて』が明らかにするのは、性差別が埋め込まれた社会では、賃金統計などの一つの指標だけでは本当の男女格差はとらえきれないということだ。女性の「失われた賃金」は可視化されず、それによって女性の尊厳が削られ続けていることにも多くの人は気づかない。

男女賃金格差の問題は政府に先送りされた

日本の男女賃金格差が「ジェンダーギャップ指数」の重視するようなリーダー・専門職層における男女比と連動することは、日本政府は遅くとも20年前には気づいていた。だからこそ2003年(小泉政権)の時点で、「社会のあらゆる分野において、2020 年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30%程度となるよう期待する」という目標を立てたのだ。しかし、2020年時点で「指導的地位」のどの指標でも女性の割合は3割に遠く及ばず、政府目標は「2020年代の可能な限り早期に」と先送りされた。

男女賃金格差を是正するには、政治・経済分野のリーダーや管理職・専門職につく女性の数を増やすことが必須である。日本の正規・正規間の男女賃金格差のほとんどは性別人事管理と昇進差別によるものだからだ。男女の賃金格差が「能力や仕事量、選好などの違いによるもので、性差別ではない」と考えている男性にこそ本書を読んでもらいたい。職場にはびこるセクシズムがいかに女性の能力・経験を不当に低く評価しているかを構造的に理解できると思う。

ただ、「女性活躍」と称して女性の正規化と管理職以上への昇進に注力していれば、この不公正な環境は改善するのだろうか。私はそれについてやや懐疑的である。政府が20年以上かけてもこれほど結果を出せないのは、より根本的な原因があるからだと思う。『失われた賃金を求めて』は、この疑問に対しても考えるヒントを提供している。重要となるのは、「労働」と「ケア」との関係を政策の中心に据えることだ。

「ケア責任の配分」こそがジェンダー平等の本丸

女性により高いポストで「生産性の高い仕事」につくように推奨し環境整備をしても、女性が低報酬あるいは無償で担ってきた家事・育児・介護をはじめとするケア労働はなくならない。そうした社会的再生産こそが、資本主義による賃金労働の世界の土台である。

いま指導的地位につく女性は、職場に「リーン・イン(※)」するために男性以上の努力をするだけでなく、ケア労働・再生産労働の一部を誰かに委託してきた。そのことでほとんどの男性には課せられていない葛藤を抱えている。外注され、ときに無償で引き受けられたその社会的再生産を担うのは、やはり「活躍」していないとされる多数の女性労働者である。

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この問題に正面から向き合い、ケア責任の配分こそがジェンダー平等の本丸であると多くの人が理解したとき、男女賃金格差を是正しようとする日本の私たちのとりくみも大きく前進するだろう。日本では、男性の(残業時間から「定時」の短縮までにいたる)労働時間を削減するための立法措置こそが手っ取り早いとりくみになる。「ケア活動にとって最も重要な資源とは、時間」(J・C・トロント『ケアするのは誰か?』岡野八代訳)だからだ。

イ・ミンギョンは『失われた賃金を求めて』の最後で次のように述べている。「女性の賃金が理由もなく削られていく職場では、名誉、名声、承認など具体的に測定することができない別の価値もまた削られていく」。賃金はただの金だが、ただの金ではないのだ。今後、男女賃金格差への注目はますます大きくなるだろうが、その時に何度でも思い起こしたい言葉である。

※「前のめりになる」の意。2012年にFacebook初の女性役員に就任したシェリル・サンドバーグ氏の著書『Lean In: Women, Work, and the Will to Lead (邦訳:リーン・イン:女性、仕事、リーダーへの意欲)』からくるワード。男女平等を実現するには、リーダーとなる女性がもっと増えなければならない。そのために女性たちはもっとキャリア構築に前のめりになるべきだ、というメッセージを本書を通じて発信した。

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