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一流アスリートが“一流”なワケは「承認欲求」と「子供時代の夢」にあり

一流アスリートが“一流”なワケは「承認欲求」と「子供時代の夢」にあり

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/07/22
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問題を解決しようとがんばっているけれど、自分が少しかわいいゆえに、その場しのぎの決断を繰り返す――そうして本来の目的を見失い、「方法論」ばかりに目を向けるこの国のリーダーたち。一方、一流アスリートたちは、「なぜ?」「どうして?」を繰り返し掘り下げて、正しい戦略のもとに正しい努力を積み上げて成功を収めている。
スポーツアパレル「アンダーアーマー」の日本総代理店・株式会社ドーム代表取締役CEO・安田秀一著『「方法論」より「目的論」「それって意味ありますか?」からはじめよう』より注目の章を短期連載!

負けず嫌いが人を成長させる

さて、では「社会的欲求(所属と愛の欲求)」が満たされたら、人は次に何を求めるのかというと、マズローによれば「承認欲求」です(前回記事参照)。つまり、最近のソーシャルメディア社会における「いいね!」に象徴されるように、一人でも多くの人々に自分の存在を認められたい、自分のやったことを評価されたい、称賛を浴びたいというような欲求です。

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Photo by iStock

そのように聞くと、何やらネガティブな原動力というような印象を抱くかもしれませんが、スポーツの世界で長年生きていた僕からすれば、じつはこの「承認欲求」がもっとも爆発力があって、人を大きく成長をさせるものではないかという気もしています。

チームに貢献をしてつかんだ勝利も、ライバルとの競争や、自分自身との戦いを経てもぎ取った勝利も、基本的には、勝って自分の存在を認めてもらうという「承認欲求」が原動力になっています。だから、負けてその欲求が満たされず悔しい思いをしたとき、捲土重来を誓った人はこのようなことを言うのではないでしょうか。

「今に見ていろ」

この「見ていろ」という言葉からもわかるように、自分の存在を見せつけたいという強い思いが、より強くなること、より成長することにつながっているのです。だから、僕はスポーツにとどまらず、ビジネスなど勝負の世界でも「承認欲求」が非常に大切だと考えています。

実際、僕がこれまでお会いしてきた、第一線で活躍をするアスリートをはじめそれぞれの分野で名をなしている人たちには、「今に見ていろ」という思いでここまでのし上がってきた猛烈な「負けず嫌い」の人たちがたくさんいる印象なのです。

ただ、一方で、世界で活躍をするような「超一流のアスリート」になるには、このような「承認欲求」を原動力とするだけでは足りないような気もしています。

海外で活躍をする日本人の選手、世界中から尊敬される超一流のアスリートのみなさんの考え方や言動をインタビューなどから見るかぎり、このような人たちは単に「負けず嫌い」でここまできたという印象ではないからです。

自分がスポーツで結果を出すことで、社会を大きく変えたい。だれかを勇気づけたい。だれかの幸せに貢献をしたい。苦しくて絶望しているような人たちに生きる力を与えたい――。自分自身の承認欲求を超えて、自分の力でこの世界を少しでも良くしていきたいという強烈な「自己実現の欲求」があるように感じられるのです。

黒人差別に孤高の闘いを挑んだモハメド・アリ

僕が何よりもそう感じる理由として、一人の世界的アスリートの存在があります。それは、2016年に亡くなったモハメド・アリです。1960年のローマオリンピックで金メダルを獲って、プロ転向後にヘビー級王座を19度も防衛し、61戦56勝5敗37KOという偉業を成し遂げた超一流のボクサーであることは有名ですが、その一方で、彼はアスリートという枠を超え、「人間」として世界中から今でも多くの尊敬を集めています。

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モハメド・アリ Photo by GettyImages

なぜなら、リングの外でもこの世界の理不尽と戦い続けたからです。

現在よりももっと露骨に黒人が差別されていた時代、「俺の真のリングは、アメリカの黒人の自由をつかみとるためのものだ」などとアメリカ社会に対して批判的な言動を繰り返しました。また、ベトナム戦争への徴兵に対しても、「俺にベトナム人を殺す理由はない」と拒否。反米主義者だとバッシングを受け、チャンピオンベルトを剥奪されて懲役5年、罰金1万ドルの判決が出ても、アリは決して折れることはありませんでした。

その後、ボクサーとして復帰してから初めての敗北を喫したりしましたが、1974年には、ザイール(現在のコンゴ民主共和国)のキンシャサで当時、圧倒的な強さを誇ったジョージ・フォアマンと対戦。32歳のアリには全盛期の勢いはなく、下馬評ではフォアマンが勝つと思われていましたが、それを見事に覆して王座に返り咲きました。これがいわゆる、「キンシャサの奇跡」です。

ただ、そのようなドラマチックな勝利もさることながら、アリが今でも世界から尊敬を集めているのは、「ボクシングで世界を変えた」という偉業が大きいのではないでしょうか。アリの言動によって、人種差別問題が好転して、苦しい思いをしていた人たちがどれだけ救われたかわかりません。そして、理不尽と戦うアリの姿を見て、どれほど多くの人たちの人生に影響を与えたのか。

実際、拳を交わしたフォアマンは後年のインタビューで、アリについて問われてこのように述べています。

「『他者から愛されることが、いかに大事か』ということを学んだ。彼は人が好きだった。アリ以上に他者から愛された人間っていないんじゃないかな。本当にGreatだよ」(モハメド・アリ死去から2年 宿敵フォアマンが語る「史上最強の男」(林壮一))

このように人間として偉大な地点まで到達するのは、やはりアリが強烈な「自己実現の欲求」を原動力にしていたからではないでしょうか。

現役時代のアリは「大ボラふき」とも言われるほどの過激なリップサービスで知られ、「私は神話をつくり、神話の中で生きる」というような名ゼリフを残しています。そして、事実として「モハメド・アリの戦い」は今も神話として世界中で語り継がれています。

「意志の力はどんな技術よりも強い」と述べたアリらしく、「自己実現の欲求」を原動力にして、本当にこの世界を変えてしまったのです。これこそが世界から尊敬される超一流アスリートなのではないでしょうか。

幼少期に夢のような目標を抱くべき理由

こんなエピソードを聞くと、あまりにも自分たちの住む世界とかけ離れているという印象を抱くかもしれませんが、このように高いレベルの欲求を、自己実現のためのモチベーションにしていくというのは、何もトップアスリートに限った話ではありません。

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Photo by iStock

「みんなに美しいと言われたい」という強烈な承認欲求を抱いた人は、それを実現するためには相当高いレベルの努力をしなくてはいけません。

「上司に認められたい」という承認欲求を抱いたビジネスパーソンは、それを実現するためにはやはり努力をして高いパフォーマンスを見せなくてはいけません。

衣食住が満たされて、ある程度の安全な生活もできている現代人にとって、「承認欲求」「自己実現の欲求」という高い次元の欲求は、自らの人生をパワフルに生きていくための原動力なのです。そして、その傾向がさらに極端に表れているのが、スポーツの世界であり、それを極めた人たちこそが、一流トップアスリートというだけの話なのです。

だからこそ、僕は子どものうちに「夢」や大きな「目標」を持つことが非常に大事だと考えます。「将来はご飯が食べられたらいいや」「仲のいい友だちや家族と楽しく過ごせればそれでいい」という「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」を飛び越えて、「プロ野球選手になりたい」「プロテニス選手になって世界で活躍したい」という、前向きな「承認欲求」や「自己実現の欲求」を持ってくれた子どもは、それを実現させるためには何をすべきか、何を優先すべきかということを自分の頭で必死に考えるようになるからです。

次回は『なぜ一流のビジネスパーソンは筋トレやマラソンをするのか』です。明日更新!

▽本記事は安田秀一著『「方法論」より「目的論」「それって意味ありますか?」からはじめよう』より、一部抜粋して構成されています(予約受付中)。

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序章  「そもそも、それって意味あるんですか?」に立ち戻る
第一章  強烈な目的意識が「スーパー日本人」をつくる
第二章  なぜ一流のビジネスパーソンは筋トレやマラソンをするのか
~個人の目的論~
第三章  「なぜそれをやるのか」を知っているチームは強い
~組織の目的論~
第四章  「戦後復興フォーメーション」からの脱却
~日本の目的論~
第五章  「成功」よりも「幸せ」を選ぶ生き方 ~人生の目的論~

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