本垢を裏垢みたいに使っていた。それは自分を認めてほしかったから

本垢を裏垢みたいに使っていた。それは自分を認めてほしかったから

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2020/10/17
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私は、ツイ廃だった。目的は、情報収集だけではなかった。思ったことを呟くためだった。「つらい」「しんどい」とかいわゆる裏垢や闇垢で呟くようなことを、本垢で呟いていた。

SNSの「本垢」は、思ったことをつぶやいちゃ、ダメ…?

大学に入って、Instagramを始めても、Instagramでもネガティブな投稿をしていた。直接会う前に、Twitterの私を知っていた人とは人間関係を上手く築けなかった。

逆に、リアルな自分を知っていて仲が良かった子(特に男の子)が、私のSNSを見てドン引きしてしまい、一方的にブロックされたこともある。開設した質問箱には「こんなメンヘラとは付き合えないww」「一緒といると不快」などという誹謗中傷的なコメントが届いた。自業自得なのはわかっていたけど、悲しかった。

世間一般では、“本垢は相手に対して差し障りのない投稿をすべき”とされている。そんなのは十分承知のつもりだった。それでも、止められなかった。どうしても呟いてしまった。その理由、当時はわからなかった。

時間的、精神的に余裕のある今、振り返ると理由がなんとなく見えてきた。それは、他者に自分のことをわかってもらいたかったからだった。

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SNSの投稿で、もう一人の「自分」を知ってほしかった…

小学校、中学校が一緒でずっと知っている同級生。田舎だったから、スマホを持っていなかった。そんな環境から、ありのままの自分をみんなが受け入れているという認識と自信があった。

でも、高校は違った。多くの人が、はじめましてだった。その上、教室にいる自分や部活をしている自分だけでない私を、スマホを通して表現することができるようになった。そんなもう一人の自分を、他の人に知ってもらいたかったのだ。

そして、オンライン上の自分を確立しようと試行錯誤していたのだ。元々、人見知りで言いたいことを直接言えない性格だった。自分のことをよく知らない相手に、自分を知ってもらうことが苦手だったから、その反動で承認欲求が強かったのもあるかもしれない。

当時私は、新たに手に入れた自分の表現手段を色々試行錯誤してみたかったのだろう。

自分を100%「理解」してもらわなくていい。想定内の私でいよう…

今ではデジタル上でのコミュニケーションに慣れたから、試行錯誤はいらない。そして、自分のことを100%わかってもらえることなどないということにやっと気づけた今では、世間一般的な本垢の使い方をする努力をしている。差しさわりのない発言、写真。みんなが想定する「なっちゃん(私)」でいようと頑張る。ちょっと味気ない気もするから、たまに“親しい友達”にモヤモヤをこぼすことがあるけれど。

読み手の皆さんの近くにも、昔の自分のようにメンヘラ呟きをする人がいるかもしれない。その時は「こいつ、不快だなぁ」とブロックやミュートをする前に、「色々悩んで頑張っているんだな」と割り切って欲しいのである。元メンヘラツイ廃からのお願いだ。

奈都

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