綿矢りさ、『アイム・ユア・マン』で想像する未来の形 技術は孤独を救ってくれるのか?

綿矢りさ、『アイム・ユア・マン』で想像する未来の形 技術は孤独を救ってくれるのか?

  • Real Sound
  • 更新日:2022/01/14
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(撮影=服部健太郎)

1月14日より公開となった映画『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』。本作は、第94回アカデミー賞国際長編映画賞・ドイツ代表にも選出されたロマンティック・アンドロイドムービー。ベルリンのペルガモン博物館で、楔形文字の研究に没頭する学者アルマが、全ドイツ人女性の恋愛データ及び、アルマの性格とニーズに完璧に応えられるようプログラムされた高性能AIアンドロイド・トムと出会い、愛とは何かを見つめ直していく。

参考:『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』作品情報はこちらから

今回、リアルサウンド映画部では、本作で描かれるアルマの主人公像にも通底する女性ならではの悩みをつぶさに観察してきた小説家・綿矢りさにインタビュー。SF的設定にとどまらない作品の哲学的メッセージ、孤独に悩む主人公への共感からアンドロイドとの共存の未来まで語ってもらった。

・「誰かと一緒に生きていくこと」の難しさ

――綿矢さんは本作『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』を、どのようにご覧になりましたか?

綿矢りさ(以下、綿矢):ネットでこの映画のことを初めて知って、「どんな映画なんだろう?」と気にはなっていたんです。設定だけ読んでいて、すっかりアメリカの映画だと思っていて……。「アンドロイドと人間の恋」ということで、そこからいろいろ夢が広がるような、結構派手な話なのかなと(笑)。実際観てみたらドイツの映画でしたね。主人公の女性(アルマ/マレン・エッゲルト)がすごく真面目な考古学者の女性じゃないですか。そもそも最初から、アンドロイド(トム/ダン・スティーヴンス)を恋人にすることに対して、ちょっと抵抗があるタイプの女性で、その設定がまず、意外でした。

――なるほど。

綿矢:彼女は、自分がやっている研究の資金的な援助を受ける代わりに、「理想の伴侶」の実証実験に参加することを承諾するというあらすじですよね。いざ自分用のアンドロイドができてしまうと、もう捨てられなくなるというか、自分のために作られたものだから、返品しても他の用途には使えないじゃないですか(笑)。大変なものをができたという感じが、途中から漂ってきたなと。後半からは、かなり「愛情」という概念自体に対して深く考え始める内容で、想像していたよりも、ずっと深遠な映画でした。

――とはいえ、要所要所にはコメディ的な演出もあります。

綿矢:そうですね。確かにちょっと笑えるような面白い場面も多かったけれど、取り組んでいるテーマ自体は、すごく真面目な感じがしたし、特にラストのほうは、「相手の気持ちがあってこその恋愛」と悟りながらも、彼を手放すことができない気持も芽生えてくる。自分の思い通りには進まないのが、人と人との関係だとはわかっているんだけど、やっぱり彼がいるほうが嬉しいというその矛盾がすごくリアルでしたね。

――ロボット云々ではなく、誰かと一緒に生きていくこと自体を問いかけるという。

綿矢:そうですね。だから、ちょっと不思議な感じの映画ですよね。相手はアンドロイドだけど、ケンカをして家を出たり、お互いのことを探したりとか、恋人同士が踏む過程を、彼女たちも踏んでいる。機械相手なのに、感情的になってしまったりするシーンを経て、彼女の心の中ではいろいろ変わってくるけれど、相手はアンドロイドなので、そのプログラミング自体は変わらない。

――確かに。

綿矢:あと、主人公がいちばん初めに感じていたような、アンドロイドをあてがわれた時のちょっとみじめな気分というか、「こんなふうに私のニーズに応えれば、私の孤独を癒せると思っているんでしょ」という感覚もすごくリアルでした。アンドロイドと触れ合っていくうちに、なくてはならないものになっていく過程も違和感なく観ることができましたし、すごく丁寧に気持ちの変遷が描かれている映画という印象です。あと、映画を観ながら、カーナビが初めて出てきたときのことを、ちょっと思い出したりして(笑)。

――どういうことでしょう(笑)。

綿矢:カーナビが最初に出てきた頃って、なんかちょっと命令されている感じがするとか、カーナビが指示するのと違う道を選んだら、ちょっとカーナビが怒っているような気がしないですか(笑)? 最近だと、アレクサが家でしゃべったりすると、息子が「アレクサが怒った!」とか言って怖がったりしていて(笑)。そうやって、感情があるはずのないものの中に勝手に感情を見出して、ちょっと罪悪感を持ったりするのって、何なんやろうと……。

――本作の中にも、そんなシーンがありました。トムのことをロボット扱いする人に、アルマがちょっと怒ったり。

綿矢:ありましたね。生きていないものに対しても、人の形に近づけば近づくほど、罪悪感を持つものなのかなと考えたりしました。機械だから何も感じないし、何も思ってないというのが、なんとなく信じられないんですよね(笑)。やっぱりアレクサには、聞き取りやすい声で話さないといけないのかなって思ったり(笑)。

――今だとより感じることかもしれないです。

綿矢:そうですね。多分この映画も昔に観ていたら、「アンドロイドやって言っても、演じているのは生身の人間やし、こんなものできるわけない」と思ったかもしれないけれど、技術が発展した今だと本作で描かれるシーンもリアルに想像できますよね。

――特に日本人は、そういう意識が強いのかもしれないですよね。物に対して、物以上の意味を見出す国民性というか。

綿矢:そうですね。ロボットの気持ちまで察していたら、世話ないですけれど(笑)。そんなことをしていたら、疲れちゃいますよね。ただ、アレクサとかやったら、そのうち慣れるけれど、この映画のトムみたいに人型のものに対して気をつかわずにいるのも、なんか倫理観に反するような感じがしますよね。だから、この設定から未来への夢が広がるというより、これでいいのかと自問自答する方向に突き進む繊細でシリアスな印象を受けました。

――そう、ダン・スティーヴンス演じる「トム」は、アンドロイドという設定ですが、お腹をパカッと開けたら回線が詰まっているみたいなベタな描写は出てきません。

綿矢:確かにそうですね。あえてなのかわからないですけど、アンドロイドの工場みたいなものも出てこないじゃないですか。それこそ、昔の漫画とかだったら、家に大きい段ボールが届いて、その中からアンドロイドが出てきて、スイッチを入れたら動き出すみたいなシーンがあったような気がするけれど、この映画にはそういうシーンがない。そもそも試験段階という設定じゃないですか。これが完全に製品化されていて、他の人も使っている時代だったら、また感じるところが違うのかもしれないですね。

――ちなみに、綿矢さんのところに「理想の伴侶」となるアンドロイドがやってきたら、どうしますか?

綿矢:それもちょっと考えました(笑)。恋人はともかくとして、子どもバージョンがあったら、また事情が違うのかもしれないなとか。ただ、そういうものが欲しいという気持ちがあっても、その気持ちを示すのは、自分はまだどこか怖いというか抵抗がありますね。

・「わからないけど、なんかわかる」ということ
――先ほど「昔の漫画だったら」という話がありましたが、「アンドロイドが恋人」というような設定はこれまでもありますが、その主体が女性というのは、新鮮に映りました。

綿矢:でも、この映画の場合は、恋がしたいという欲望よりも、ひとりで暮らす彼女のお父さんが出てきたことが顕著なように、「これからの人生、どうしていくのか?」ということに焦点が当たっているというのが大きい気がします。自分はこのまま、面倒をみてくれるようなパートナーもなく、もちろん子どもがいるわけでもなく、ひとりで死んでしまうのだろうかという不安が発端でもあるという。

――いわゆる「孤独死」的なものへの恐怖というか。

綿矢:そう。だから、恋がしたいっていうよりかは、仕事も忙しいし、ぶっちゃけ恋とかはもういいんやけど、将来のことを考えると、誰か一緒に暮らしてくれるような人がいたほうがいいのかもしれないという曖昧な感覚がこの映画の焦点だと思うんです。

――そういえば、綿矢さんは、恋愛シミュレーションゲーム『ときめきメモリアル Girl’s Side』の大ファンだという話をちょっと聞いたのですが、その観点からはいかがですか?

綿矢:『ときメモ』、大好きです(笑)。でも、『ときメモ』は、初めは全然自分のことが好きじゃなくて、いろいろ努力することによって好きになっていくゲームじゃないですか。だから、この映画みたいに、初めから自分のことが好きなように設定されているのとは、ちょっと違うかなあ……。あと、『ときメモ』は、恋愛が成就したら、そこで終わるので(笑)。

――なるほど(笑)。ということは、ある意味、アルマが心を開いてくれるように努力するトムの立場というか。

綿矢:そうそう。『ときメモ』の場合は、相手が気に入るような選択をしないと、めっちゃ嫌われるから(笑)。

――ロボットの機嫌を取ったり、ロボットに機嫌を取られたりしている我々だと(笑)。

綿矢:本当ですね(笑)。

ーー本作を観て、のんさん主演、大九明子監督で映画化もされた、綿矢さんの小説『私をくいとめて』のことを、ちょっと思い出しました。あの小説も、「脳内彼氏」ではないけれど、主人公の脳内に「A」という、何でも受け止めてくれる人格がいるような話です。

綿矢:ああ、そうですね。言われてみれば、確かに似ているところはあるかもしれないです。『私をくいとめて』の主人公の頭の中でしゃべっている「A」っていう存在は、ちょっとカーナビ寄りっていうか、基本的に敬語やし、映画で声を担当していただいた中村倫也さんの声も、ロボットのようなフィーリングがあって、確かに似ているかもしれないです。

――もちろん、その後の展開は全然違います。

綿矢:そうですね。『私をくいとめて』のほうは、Aが話し相手になってくれるだけではあるので(笑)。でも、そういうテーマみたいなものが、ちょっと流行っているのかもしれません。今回の映画の最後で、彼女がレポートに書いていたけど、自分の気持ちに添うような相手とばかり過ごしていたら、普通の人づきあいができなくなってしまう気がするというか。それは、『私をくいとめて』のテーマのひとつでもありました。

――『私をくいとめて』でも、途中から生身の男性と距離が縮まりますが、そのことで相手の嫌な部分に目がいくようになります。

綿矢:『私をくいとめて』の主人公は、それでリアルの人と接することを避けるようになって、頭の中で「A」と話すようになりますが、それをどう解決するかというのが、だんだん気になるテーマになってきているのかな。最近読んだ小説にも、「おすすめのコンテンツ」みたいなものがどんどん出てくるから、そうやってレコメンドされるまま、ずっと読み続けるという近未来の描写がありました。そうやって自分の好きなもの、自分にやさしいもの、自分の思い通りのものが手に入るようになってきているから、それに対する抵抗感が、いろんな作品に出てきているのかもしれません。

――そういう意味でも、ある程度「摩擦」や「衝突」のようなものがないと、その人自身も変わらないというのは『私をくいとめて』でも描かれていました。

綿矢:そうですね。ただ、この映画の場合は、相手が人型だから、もっとやっかいですよね。だからやっぱり、人型にはしないほうがいいのかもしれない。アレクサが人型だったら、捨てづらくてしょうがない(笑)。

――(笑)。ロボットはロボットらしい見た目のほうがいい?

綿矢:そうですね。そのほうが素直に愛せるかもしれない(笑)。やっぱり、人型は夜には見たくないから、アンドロイドも実用は厳しいかもしれません(笑)。いつかは慣れるのかもしれないですがいきなり彼みたいな人型アンドロイドが出てきても、やっぱりちょっと手に余るんじゃないかな。ただ、逆にそういう意味では、ひとつ印象的なシーンがあって……。

――どのシーンでしょう?

綿矢:アンドロイドのトムが、鹿に囲まれているシーンがあったじゃないですか。あの場面が、すごく良かったんですよね。トムは人間じゃないから、鹿にも警戒されなくて、それで鹿に囲まれて立っているんですが、その姿を見て彼女は彼により惹かれるようになる。人間じゃないということが個性になって、キュンとなるような描写があって、すごく好きなシーンです。花びらを浮かべたお風呂を用意したりするよりも、そういう見たこともないような光景の中に、ちょっと好きになりかけの人がいるというのがすごく恋愛のきっかけとして機能していたと思うんです。

――女性監督ならではの視点かもしれないです。

綿矢:どうだろう、女性だから思いつくというよりは、監督さんの才能だと思います。あんなシーンはこれまで観たことなかったです。アンドロイドであることを逆手に取って、動物と触れ合わせるという逆転の発想が活きていて、「いやー、いいシーンやなあ」としみじみ思いながら観ていました。

――そういう意味でも、観たあとに語り甲斐のある映画というか、いろいろ話したくなる映画です。

綿矢:そうですね。私は観て面白かったから、私と近い年代の女の人同士で観たら、きっと面白いと思うんじゃないでしょうか。設定はちょっとSFっぽいですが、突飛な感じだったり、国の違いを感じたりもしなかったです。毎日の仕事が忙しい中にアンドロイドが来て、パートナーというものについて考えながらも、実際のプライベートでは、昔の恋人と別れてそのまんまどこか宙ぶらりんになっているような感じも、すごく共感できるというか、想像できました。

――昨年綿矢さんが出版されたエッセイ『あのころなにしてた?』の中で、昔は「共感」を気にしていたけど、今は「共鳴」のほうに関心があると書かれていました。

綿矢:「私もわかる」っていう感想よりも、「わからないけど、なんかわかる」みたいな感じというか、そういう「共鳴」のほうが、今は嬉しいのかもしれないです。本当にいい小説や映画って、全然経験したことのないようなシチュエーションでも、なんかわからせてくれる場合があるじゃないですか。

――それこそ、この映画のような体験は、誰もしていないわけで。

綿矢:そうですよね(笑)。だけど、もしこういうロボットをもらってしまったら、どうしようと考えたり、自分の生活を振り返ったり……。最初に言ったように、設定自体はSFっぽいけれど、取り組んでいるテーマ、本作が見据えている社会問題は、すごくリアルだと思いました。 (取材・文=麦倉正樹)

麦倉正樹

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