「オラッ! オラッ! 殺されたいんか?」白昼、公園から罵声が聞こえてきた街の“1泊1200円”宿に泊まってみると......

「オラッ! オラッ! 殺されたいんか?」白昼、公園から罵声が聞こえてきた街の“1泊1200円”宿に泊まってみると......

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/21

筑波大学を卒業後、就職せずにライターとなった筆者が、「新宿のホームレスの段ボール村」について卒論を書いたことをきっかけに最初の取材テーマに選んだのは、日雇い労働者が集う日本最大のドヤ街、大阪西成区のあいりん地区だった。

【画像】筆者が宿泊した1泊900円のドヤの自室

元ヤクザに前科者、覚せい剤中毒者など、これまで出会わなかった人々と共に汗を流しながら働き、酒を飲み交わして笑って泣いた78日間の生活を綴った國友公司氏の著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて4万部のロングセラーとなっている。マイナスイメージで語られることが多いこの街について、現地で生活しなければ分からない視点で描いたルポルタージュから、一部を抜粋して転載する。

No image

(筆者提供)

◆ ◆ ◆

4月1日 西成初日

JR新今宮駅前は、1年半前に見た光景とほとんど変わらずのんびりとした空気が流れていた。私はあいりん地区には似つかわしくないチェスターコートをすっぽりと着込んでいる。自販機ではホットコーヒーを選んでしまうような季節だ。

品川駅から新大阪駅に向かう新幹線の中では、終始心臓を指でつままれたような気持ちだった。出発の1ヶ月前に起きた事件。西成区にある民泊施設から女性の頭部が発見された。以前からテレビでは、「西成は外国人観光客の街に変わりつつある」と放送していたが、その外国人が人を殺したのだ。しかも残虐な方法で。

これからその街に住むということで、たくさんの知り合いから連絡がきた。

「死なないでください」
「また会える日を楽しみにしています」
「遺書は書きましたか?」

なかにはおふざけで連絡をしてくる者もいたが、やはり「西成」と聞いただけで、死と直結するイメージが湧いてきてしまうらしい。そんな声援をかけ続けられた私の気分はどんどん落ち込み、遺書の形式を調べ始めたり、生命保険というワードを無意識に検索したりするように。ここまでくるともう途中でくたばる気しかしてこない。

品川駅のキヨスクで車内用の昼食を買う。ビニール袋はいらないと伝えると、店員のお姉さんは「ありがとうございます!」と言ってくれた。その2秒後にはおにぎり2つをビニール袋に放り込んだ。私の言葉なんて誰にも届かない。いまの私など死んだって社会に何の影響もない……。

「なんや兄ちゃん仕事探しとるんか!?」

新今宮駅で降りた私はあいりんセンターへと向かった。正式名称は「あいりん労働福祉センター」。まあ簡単にいえばハローワークだ。朝5時になると多くの労働者がその日の仕事を求めて集まるらしく、逃亡中の市橋達也がここで仕事を見つけ、建設会社の寮に潜伏していたというのは有名な話だ。要は健康な身体さえあれば誰でも仕事にありつけるということだ。犯罪者であろうと指名手配犯であろうと関係ない。生きていくにはとにかく仕事をしなくてはならないのだ。

「なんや兄ちゃん仕事探しとるんか!?」

腰の曲がった労働者が顔にツバがかかりそうな勢いで話しかけてきた。顔と顔の距離が異常に近い。歯と歯の間にできた隙間までしっかりと見える。よく見ると歯茎が下に落ち、歯が何本か抜け落ちている。

「兄ちゃんのために言うとくけど、4月~6月は仕事まったくないで。無理や。そもそもお前、土木の経験あるんか?」

「穴も掘ったことがありません」

「なんやそれ。そんなん契約型は絶対無理やで。せいぜい現金や」

日雇い労働の仕事には“現金型”と“契約型”の2つがある。

現金型は1日働いてその分の給料を手渡しでもらえるが、継続的な仕事の保証はない。住む場所も飯も自分で手配することになる。契約型は10日・15日・30日の契約期間が一般的で、共益費として3000円ほどを毎日支払うことで飯場と呼ばれる会社の寮に入ることができる。飯場に入った労働者たちはそこで寝泊まりしながら、朝になると乗り合わせのバンなどでそれぞれ担当の現場へと向かう。多くの飯場が個室を用意しており、飯も3食出してくれる。ネットでよく見る話だとタコ部屋と呼ばれる場所だ。

「金貯めたいんならまあ3ヶ月は頑張らな」

「お前がいくら欲しいかは知らんが、10日頑張ってももらえるのはせいぜい3万やぞ。金貯めたいんならまあ3ヶ月は頑張らなあかんな。まあ経験がないなら契約型は諦めろ」

随分と上から目線な言い草だが、いくら西成とはいえ経験がないと仕事を見つけるのは難しいようだ。このおじさんもなかなか仕事が見つからず、朝からセンター内を行ったり来たりしているのだろう。

時計の針は17時を回ろうとしている。センターの周りではすでに路上に布団を敷いて眠りについているホームレスも多い。今日はもう働き手を探している業者もいないようだ。春に入ったとはいえ、まだまだ肌寒い西成。そろそろ宿を探した方が良さそうだ。

センターから南に進み、あいりん地区の中心部へと入る。メディアは「西成は外国人観光客の街になりつつある」と報道しているが、そんな空気はほとんど感じられない。たしかに「IKIDANE HOUSE」と書かれたゲストハウスの前ではバックパッカーらしき欧米人が路上に座りスマートフォンを触っているが、目に入る建物はドヤ(簡易宿泊所)ばかり。

仕事にあぶれた労働者たちが大挙して押し寄せ、暴動の街と化していた90年代。しかし現在では「福祉歓迎!」「敷金・保証金なし」という謳い文句を掲げた看板ばかりが目立つ。いくら身体が資本のドカタとはいえ、年をとればそりゃ衰えはくる。西成が労働者の街から生活保護の街へ変わったということは、歩いて数分でひしひしと伝わってきた。

「オラッ! オラッ! 殺されたいんか?」

しばらくすると三角公園が見えてきた。形が三角だから三角公園と呼ばれている何の変哲もない公園だ。しかし場所が場所なだけに大阪市民も恐れる魔窟として知られている。なんでも大阪市民は、「あの公園だけは入っちゃダメ」「なにがあっても近寄るな」という教育のもと育っているらしい。たしかに奥に進むにつれ、さっきまで聞こえていた路上の笑い声もなくなってきた。

「オラッ! オラッ! 殺されたいんか?」

三角公園の入り口で浮浪者が暴力をふるわれている。袋叩きにしている40代らしき男3人も浮浪者といった出で立ちだ。荷物を持っているとヤバそうである。

日中であの様子では夜は一体どうなってしまうのだろう? 私は三角公園をあとにした。あまりここには近づかない方が良さそうだ。

1泊1200円の宿へ泊まってみると……

三角公園のすぐ近くには西成警察署がある。かつての暴動で火炎瓶をバンバン投げ入れられたこの警察署。いまとなっては必要なさそうだが高い塀で四方が囲まれている。

その塀の目の前に「アスパラガス」というドヤがあった。料金は1泊1200円と日本にしてはかなり安いので入ってみる。

「兄ちゃん、はじめてか? ここは簡易宿泊所いうてな、ふつうのホテルではないんや」

「ええ、ドヤというんですよね。月単位で泊まらないとやはり難しいでしょうか?」

「普段は断っているけどいまは閑散期や。身分証明書のコピーは見せてもらうけど大丈夫か?」

指紋で曇ったメガネをかけたフロントの中年男は少し笑いながらそう言った。私は背中に大きなバックパックを背負っている。キタやミナミに観光で来る人間には見えないとしたら、やはり訳アリの人間に見られてしまうのだろうか。自分は優しい顔立ちと言われることが多くヤクザという柄でもない。となると覚せい剤で服役し、刑期を終えてシャバに出てきたものの行き場もなく、とりあえず西成に来てみたというところが相場だろうか。フロントの男の笑いには嘲笑が含まれていた。

あいりん地区の一部のドヤは、いまや単なる安ホテルとして外国人観光客や日本人観光客に利用されている。ただ、すべてのドヤがそういうわけではない。生活保護受給者のみが長期で住んでいる福祉専門のドヤもあれば、日雇い労働者が中心に住み着いているドヤもある。その両者が共存しているドヤ、さらにそこへ観光客や出張サラリーマンなども混ざり、なんでもアリの状態と化しているドヤもある。

アスパラガスには観光客はおらず、生活保護受給者と日雇い労働者が中心に生活していた。館内も部屋もかなり殺風景、聞こえてくるのはドアの隙間から漏れるラジオ中継の音くらいだ。

フロントの男が話すには繁忙期はすべての部屋が埋まることもあるというが、4月~6月は日雇い労働者の求人は少ないため、野宿でしのぐ人も多いらしい。となるといまアスパラガスにいる人間の多くは生活保護受給者ということだろうか。私はいまだ生活保護を受けているという人に会ったこともなければ、受給者がどういった生活を送っているのか考えたこともなかった。

「今度ついてきたら脳ミソ潰したるからな!」

18時くらいだろうか、1階にある大浴場に入ると先客が2人いた。中年太りをしたおじさんと背中に刺青が入った痩せ気味のおじさんだった。

せっかくなので何か話しかけてみようと、刺青のおじさんの横に座る。長期で住んでいるのならお互いに顔見知りにもなり会話でも生まれそうなものだが、風呂の中では終始無言。さて、何を話し掛けようか。「もうここは長いんですか?」あたりが無難ではあるが面白みに欠ける。かといって競馬やパチンコはやらないタチなのでギャンブルの話をしても会話が続かないだろう。

西成における世間話の8割は競馬で、残りの2割はパチンコと競艇。路上で寝ているおじさんに競馬新聞の1つでもプレゼントすれば2人はもうお友達という街なのである。

「英作ゴルラアアァ! 何度言ったら分かるんじゃボケェ、今度ついてきたら脳ミソ潰したるからな!」

刺青のおじさんが突然私の隣で暴れ始めた。頭のネジが外れていないと出せないような大声を張り上げている。目線からすると英作はちょうど私の背後にいるようだ。さっきまでヒゲを剃っていた刺青のおじさんの手にはしっかりとカミソリが握られている。もう1人のおじさんは後ろを振り返ることもなく目をつぶって頭を洗っている。いつものことで慣れているのかそれとも相手を刺激しないようにやり過ごそうとしているのかは定かではないが、何も反応しないというのも見ていて異常である。

“これはヤバイ!”

本能的に身の危険を感じ、私は脱衣所へ避難した。尻の割れ目に泡がまだ付いたままだ。風呂の中ではまだおじさんが見えない英作と戦っている。その様子を見る限りでは英作は一定の距離を取りつつ、おじさんの周りをグルグルと回っているようだった。

風呂上がりに外を散歩していると、福祉専門ドヤ「ママリンゴ」の前を、イヤホンを付けて虚ろな目をした男が、「あ、あ、あ」と呟きながら歩いているのが見えた。歩幅は5センチくらい。その場でひたすら足踏みをしているようにも見える。何があったのかは知らないが、とりあえずおかしくなってしまったのだろう。そのような人間が他にもその辺をうろついている。そう、私は西成に来てしまったのだ。

※本書は著者の体験を記したルポルタージュ作品ですが、プライバシー保護の観点から人名・施設名などの一部を仮名にしてあります。

「一回、腹括ってやってみるしかないんちゃう?」角刈りの2人に案内されて、西成の飯場で働き始めたら…へ続く

(國友 公司/Webオリジナル(特集班))

國友 公司

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加