上司からあらゆることに指示を受ける。指示どおりに動かないと、叱責される。意見を一切聞いてもらえない。精神的にもう耐えられない。あなたはどうするかー。

※画像はイメージです(以下同じ)
今回は実際に起きた事例をもとに、職場で起きた問題への対処法について考えたい。本記事の前半で具体的な事例を、後半で人事の専門家の解決策を掲載する。事例は筆者が取材し、特定できないように加工したものであることをあらかじめ断っておきたい。
◆事例:上司の「マネジメント」に苦しむ26歳エリート
中堅の教材制作会社(正社員数200人)に一流私立大学卒の新卒として入り、3年目の男性社員・村田孝(26歳)は今年7月に退職した。中度のうつ病になり、毎日出社することすら難しくなっていた。入社時に配属された制作企画部(部員12人)の40代後半の部長(課長兼務)から、1つずつの仕事に指示や助言、報告を求められる。報告を忘れると、携帯に電話がかかるか、メールが来る。
指示どおりに進めないと、「なぜ、そのようにするのか」と報告を求められる。必ず、上司の指示どおりに動くことをしつこく言われる。双方の話し合いでは、1時間のうち55分は上司が一方的に話す。意見を言えば必ず否定され、指示どおりに仕事をするように何度も言われる。
村田だけではない。部員のほぼ全員が指示どおりに動くように命じられる。独自の判断で動くと、叱責を受ける。村田は部内ではいちばん若いこともあり、部長のマイクロマネジメントがエスカレートする。電話のかけ方、メールの書き方、服装、言葉づかい、表情、あいさつなど細部にもわたる。
◆「トンデモ社員」でも辞めて良かった
部長の指示には事実誤認や明らかに誤りもある。それに意見を言えば、必ず否定をされる。指示どおりに動き、問題が生じると、「経験が浅いからだ」と否定される。そこで反論をすると、しつこく説教を受ける。部内の雰囲気はまったりとして、30代後半の先輩らも部長の顔色をうかがい、独自で判断をしない。部長のところで、大半の仕事がストップする。部長が全部の案件に目を通すからだ。
それで取引先とトラブルが生じても、「君らの経験が浅いからだ」と一蹴される。村田はしだいに仕事をするのが億劫になり、2年目から時々、休むようになった。先輩に相談をすると、部長からは「なぜ、まず、自分に相談をしないのか」と報告を求められる。部長は部内のあらゆることを掌握し、仕切っていないと気がすまない。
常に自分が中心で、自分の判断で隅々まで動かそうとする。それを「マネジメント」と思い込んでいる。村田は転職先は決まってはいないが、もう耐えられないと思い、辞める意志を伝えた。なぜか、社内では無責任な辞め方をする「トンデモ社員」となっている。それでも、辞めてよかったと思っている。
大手士業系コンサルティングファーム・名南経営コンサルティング代表取締役副社長で、社会保険労務士法人名南経営の代表社員である大津章敬さんに取材を試みた(以下は、大津氏による取材への回答)。
◆1.成長段階に応じて指導の仕方を変えていくべき
この部長は本質的には部下を信用していないように見えます。
自らがそれぞれの部員に直接指示をしたほうが、早く確実に成果が出ると考えているのではないでしょうか。部下の様々な仕事の状況を詳細に知っておきたいといった性格の影響もあるのかもしれませんが、部下を信用していないことが根本的な理由と私は思います。
仮に私がこの方の部下ならば、早いうちにきっと退職していたでしょうね。20代の頃から上司などから必要以上に指示をされるのが嫌いでした。ですから30代で管理職になった後も、役員の現在も基本的には部下にマイクロマネジメントをしていません。
ただし、新卒、中途を問わず、経験の浅いうちは上司がある程度は細かいところまで指示をしてその状況や成果を見つつ、対処していくことは必要です。部下との面談もベテランの社員よりは増やし、密にするべきでしょう。大切なのは成長段階に応じて指導の仕方を変えていくことですが、管理職にとってこれは難しいのです。
◆ストレスでメンタルの問題が生じる可能性も

社会保険労務士法人名南経営の代表社員である大津章敬さん
あるいは、相当に重要な仕事や大きなトラブルになりうる仕事もあります。こういう時には、状況に応じて管理職がその担当の部下に詳細な指示をしたり、部下より前面に出るべきです。
事例を読む限りでは、この部長は30代後半の部下にまでマイクロマネジメントをしているようですね。これでは部員たちが自ら考え、仕事をする力を身につけることが難しくなります。やる気を失い、ストレスとなり、メンタルの問題が生じる場合もあるかもしれません。
この企業は社員数からして大企業のような大規模な人事異動は難しいでしょうから、上司はなかなか変わらないかもしれません。その意味では、男性が見切りをつけて退職したことは止むを得ないようには思います。
◆2.マイクロマネジメントをする上司は優秀?
私はコンサルティング先の企業から依頼を受け、管理職へのヒアリングをする機会があります。その企業の人事部によると、部下からマイクロマネジメントをされて苦しいといった苦情を受けている管理職がいるようでした。
私がその管理職に直接うかがうと、それ以降、指導のあり方が変わり、細かった指示がゆるくなる場合があります。一方で変わらないケースもあるのです。性格の影響があるのかもしれませんね。
あるいは、部下に細かい指示をすることに疲れていると打ち明ける管理職もいました。おそらく、好んでマイクロマネジメントをしているわけではないのでしょう。得てして、こういうタイプはプレイヤーとしては優秀な方が多い。仕事をよくわかっているからこそ、要領を得ない部下を見ると、つい言いたくなるのだと思います。「名プレイヤーは必ずしも名監督にならず」と言われますが、それは会社員にも言えるのです。
◆仕事を任せていかなければ部下は成長しない

私も管理職になった30代前半の頃は、部下に仕事を任せたものの、進捗や成果を見ているとストレスを感じる時もありました。その後、管理職として経験を積む中で、割り切れるようになってきたのです。今は、個々の社員が失敗したとしても叱責を受けることなく、その挑戦する姿勢が認められる組織をつくるほうが好ましいと考えています。
部下に権限を委譲し、仕事を任せていかなければ成長はしません。任せた結果、何かがあったとしても、上司や組織がフォローし、補うようにすればいいのです。その意味での度量は、上司になる人には必要です。この度量は、部下の育成をするうえで大変に重要なものだと思います。
私たちのコンサルティングの現場では、あらかじめ決まったとおりに進める単純作業のような仕事は減っています。今後は、ますます減るでしょう。これはほかの業界や職種にも言えることです。個々の社員にはこれまでよりもさらに付加価値の高い仕事をするために考える力が一層に求められる以上、上司は部下に仕事を任せ、自分で考える機会を与えることが大切なのです。
◆3.部下の実情に合った指導をするのが育成
事例の部長はご自身のことを普通の人と思っているのかもしれませんが、私は自分を”普通ではない”と受け止めています。
たとえば20代の頃から現在に至るまで仕事の量は相当に多く、労働時間は長いのですが、それは私自らが自身の成長や成果のために求めたものである以上、それを部下たちに求めることはしません。同じものを求めると、ツライ場合があるかと思います。
かつては、同じレベルのものを部下に求めた時期がありますが、それでは部下は育たないと気がつくようになりました。退職した社員もいます。今は、それぞれの部下の実情に合った指導をするのが育成であり、マネジメントなのだと考えています。
部下たちには機会あるごとに言いますが、皆が同じ山を目指しているわけではないのです。エベレストや富士山など、目標とするのはそれぞれ違います。私も育成においては様々な経験や失敗を経て、このような考えにいたっているのです。
◆取材を終えて:切ない雰囲気の2年間

上司には度量なるものが絶対に必要であるのだが、兼ね備えている人は極めて少ないように思える。私は20年程前の30代の頃、すさまじいマイクロマネジメントをする上司に仕えた。当時40代の男性で、部長だった。温厚で、紳士ではあるのだが、部員たちの仕事の隅々にまで指示をして、報告を求める。課長の女性を無視して、自らが課長も兼務してしまうのだ。
課長の部下である私たちは、課長が気の毒だと何度も話した。課長は、部長のマイクロマネジメントに口出しはしなかった。プレイヤーの力量は、課長のほうが数ランク上に見えた。それだけに、切ない雰囲気の2年間だった。
管理職とはいったい何なんだー。大津さんの回答であらためて考え込んだ。
<取材・文/吉田典史>
【大津章敬(おおつあきのり)】
1994年から社会保険労務士として中小企業から大企業まで幅広く、人事労務のコンサルティングに関わる。専門は、企業の人事制度整備・ワークルール策定など人事労務環境整備。著書に『中小企業の「人事評価・賃金制度」つくり方・見直し方』(日本実業出版社)など。全国社会保険労務士会連合会 常任理事
―[すぐに辞めた新入社員]―
【吉田典史】
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』『あの日、負け組社員になった…』(ダイヤモンド社)など多数