急に立ち上がって、ホワイトボードに向かうと、人生の浮き沈みを示すライフチャートを描き出した田村淳さん。
そして一言。
「人生って、右肩上がりじゃなくていい。このライフチャートも大きな流れには興味がなくて、いかに細かいジグザグをたくさん繰り返すかが、僕にとっては大事なんですよね」。
芸能界の第一線で活躍し続けながら、会社経営者、投資家、オンラインサロン主宰者、NFTアーティスト……とさまざまな顔を持つ田村さん。いくつもの大きなターニングポイントを経て今を手に入れた“成功者“というイメージがあるが、毎日の中に散りばめられた微細な揺らぎを大事にしていると言うから意外だ。
発売中の『Forbes JAPAN』2023年3月号の第2特集は、「#バグのすすめ 1mmのズレを楽しむキャリア・働き方論」。
ターニングポイントというほど大げさでもない、日常における些細な変化や出来事を「バグ」と呼び、「人の心にポジティブなバグを仕込んでいきたい」と意気込む企画・編集会社・湯気とともに、人生にバグを仕込んでいくヒントを探っていく。
第1回として訪ねたのは、タレントの田村淳さんだ。
湯気:淳さん、今日は「バグ」がテーマです。唐突ですが、世の中ってもっと予定不調和なことがあふれていいんじゃないかと思っていまして。もちろんみんながみんなそうじゃなくてもいいし、すべてにおいてそうじゃなくてもいいけれど、安全圏を飛び出したバグったアクションが増えると、社会の風通しってもっとよくなるんじゃないかなと思うんです。どう思いますか?
田村淳(以下、田村):唐突ですね、そういうの大好きです(笑)。「バグ」って言われて思いついたのは、いま取り組んでいる遺書の研究のこと。僕は「死者との対話」について興味をもち、大学院時代から遺書の研究を続けてきました。
最近、信州大学と共同研究をしているのですが、「淳さんが提唱している遺書を書く行為って心理学でいうところの内観療法と同じですね」と教えられたんです。遺書を書く行為には、自分が何に感謝してきたか、これからどう生きていきたいか、ということが明確になる効用があると僕はこれまでも言ってきましたが、まさか内観療法につながるとは思わなかった。点と点が思わぬかたちでつながっていくのは、ひとつの「バグ」だと思います。
湯気:「バグ」と聞いて、すぐに誰かとの化学反応が思い浮かぶのは面白いですね。
田村:遺書のプロジェクトでは、実験協力者に「ライフチャートを書いてくれ」と依頼するんですが、「え、あなたの人生それだけ?」と思うほどみんなすごく大雑把なんですよ。本当は人生ってそうじゃないはずですよね。解像度をあげてよくよく目を凝らしてみると、もっと線はギザギザでさまざまな出来事に満ちあふれているはず。今度からライフチャートに「バグ」を書き足してって言ってみようと思います(笑)。
--{まずは遠回りして家に帰るところから}--
まずは遠回りして家に帰るところから
湯気:日々時間に追われてギリギリの暮らしをしているなかで、バグを楽しむ余裕なんてない、という人も多い気がします。
田村:確かに、考え方を大きく変えたり、まったく新しい挑戦を始めたりするのはしんどいですよね。でも例えば、会社と家を電車で行き来していて、退勤後は帰るか飲みにいくか、くらいの選択肢しかないという人だったら、ちょっと遠回りして帰るというだけでも僕はいいと思うんです。とりあえず(電動キックボードの)LUUPに乗ってみるのはどうですか? 僕は最近、LUUPで家に帰っている途中、近所でもう40年もやっているという中華屋さんを見つけたんですよ。
家の近くなのに全然知らなかったんですが、入ってみたらおいしくて。寄り道したからこその出合いでした。移動するときって、自然と最短ルートを考えて、それが最良だと思っていませんか。合理性を追求するのはある面では大事だけど、それに偏りすぎるとまるで機械みたいに生きている感じがしてきてしまう。生かされちゃってる、という感じでしょうか。
湯気:社会が決めたものさしや、人が書いたシナリオの上を、まるでベルトコンベアのように流れていくようなイメージですね。

「決めつけない」を積み重ねる
田村:僕の生き方なんて、たぶん誰にも予想がつかないと思いますよ。最近も、競歩がしてみたいとか、ほら貝を吹きたいとか、思いついてはいろんなことに手を出しているし。たまに「淳さんって結局どうなりたいんですか?」って聞いてくる人がいるんですけど、その質問は、ちょっと要注意だと思う。合理的で腑に落ちる答えを聞いて安心したいから、そういう質問をするわけですよね。
僕は誰かに対して「先が楽しみですね」とは言うけれど、「結局何がしたいんですか?」とは言わないようにしています。というか正直、何がしたいか簡単にはわからない人のほうが、話していて楽しいですよ。
湯気:淳さんはまさにバグの達人と言っても過言ではないと思うのですが、何かコツや秘訣はあるんでしょうか。
田村:とにかく「決めつけないように」と心がけていますね。人間、気を抜くとすぐに決めつけちゃうでしょ。例えば「トラック運転手」と聞いたら男だと思い込んでしまう。だから、誰と話すときも、何に対しても、とにかく「決めつけない……決めつけない……」と自分に言い聞かせ続けています。でもこういうのって、自分の内面だけでコントロールし続けるのは難しい。
お坊さんみたいに座禅を組んでひとりで道を極める、みたいにできる人はいいんですけど、現代人にそんな余裕はなかなかないですよね。だから、人と交流するのがいちばん早い。
僕は、時間を無理やりつくってでも人に会いに行くようにしています。それで新しい情報を仕入れて、即行動に移してみる。いましているこのネイルも、Z世代の男の子のネイルを見て「カッコいい!」と思ったからなんです。やってみたら楽しくて、すぐにハマりました。「男がネイルなんて」って言われることもあるけど、ナンセンスですよね。
田村淳が考える「#バグのすすめ 1mmのズレを楽しむキャリア・働き方論」。インタビューの続きは『Forbes JAPAN』2023年3月号にて。