農水省の「有機農業推進」が〝脅かす〟食の安全 「みどりの食料システム戦略」案に批判噴出(前編)

農水省の「有機農業推進」が〝脅かす〟食の安全 「みどりの食料システム戦略」案に批判噴出(前編)

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  • 更新日:2021/04/08
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(maroke/gettyimages)

農林水産省が「2050年までに、化学農薬の使用量を50%低減/化学肥料の使用量を30%低減/耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ヘクタール)に拡大」などの計画案を打ち出しました。現在、パブリックコメントが行われています。EUを見習ってのグリーン政策ですが、根拠に欠ける目標値、文言が並び、関係者からは「目標達成は絶対に無理」「EUの猿まねをしてどうする?」などと、悪評ふんぷんです。

食の安全の専門家からは、「このままではカビ毒汚染などが増えるおそれがあり、食の安全が脅かされかねない」という指摘も出てきています。今年9月に開かれる国連食料サミット向けのポーズなのか、あるいは、選挙を間近に控えたポピュリズムか。2回に分けて、計画案の問題点を詳報します。

目標は、化学農薬5割減、有機農業面積25%

農水省が検討しているのは、「みどりの食料システム戦略~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」。省内で2020年、戦略本部が設立されて検討が始まり、関係者との意見交換を経て21年3月に中間とりまとめを発表。3月30日から4月12日までパブリックコメントを実施し、5月には戦略を策定予定。急ピッチで進んでいます。

災害や温暖化に強く、生産者の減少やポストコロナも見据えた農林水産行政を推進してゆく必要がある、とし、「持続可能な食料システムは、生産者だけでなく事業者、消費者の理解と協働の上で実現するもの」と勇ましい。それには、関係者の行動変容とイノベーションが必要だとして2050年までの中長期的な戦略を打ち出しています。KPI(重要業績評価指標)の主のものは、次の通りです。

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農水省は計画検討にあたって、国連の持続可能な開発目標(SDGs)と共に、EUが2020年5月に策定した「Farm to Fork Strategy」(ファーム トゥ フォーク、農場から食卓までの戦略)で化学農薬・化学肥料の削減目標を示したことを強調。「我が国も国際環境交渉や諸外国の農薬規制の拡がりにも的確に対応していく必要がある」としています。

EUは、2030年までの化学農薬50%削減、肥料の20%削減、有機農業面積25%以上という目標を掲げており、農水省のKPIは、目標年次がかなり遅いものの数字はよく似ています。

有機農業は現状、0.5%しかないのに

では、これらの目標は可能なのか? (3)の有機農業面積100万ヘクタール(ha)を事例に考えて見ましょう。

現状、日本で有機JAS認証を取得している農地面積は1万850ha(2018年)。2013年の9937haから、ほとんど増えていません。有機JAS認証を取得していると、諸外国も自国の認証と同等と見なしてその生産物を有機食品として取り扱ってくれます。日本で作付けされている耕地面積は約400万haなので、わずか0.3%です。

これではあまりにも少なすぎると考えたのか、農水省は「有機JAS認証を取得していないが有機農業が行われている農地」を有機農業面積に入れようとしています。この農地は第三者機関によるチェックなどを受けていないため、その農産物は海外では有機とは認められません。つまり上げ底です。それを入れると、2009年には1万6300haだったものが、2018年には2万3700haとなっており、上昇基調にあるように見えます。

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出典:「みどりの食料システム戦略」中間とりまとめ参考資料写真を拡大

が、上げ底をしても全耕地面積の0.5%。これを、2050年までに25%、100万haにするには、単純計算で年間に3万haずつ増やしてゆくことになります。今、有機農家がやっとの思いで維持している広さ分よりもさらに広い面積をこれから毎年、増やしてゆかないと、目標達成できないのです。

荒唐無稽の計画だとしか言いようがありません。農水省がどんな具体的プランを示して実現を目指そうとしているか、と資料を見ると、示されているのは下記の図です。「2040年までに次世代有機農業技術の確立」などと勇ましい言葉が並んでいます。私は長い間、農業技術の取材に携わっていますが、そんな研究の萌芽ですらまったく感じられません。

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出典:「みどりの食料システム戦略」中間とりまとめ参考資料写真を拡大

カビ毒増加で、食の安全が損なわれる恐れ

とはいえ、化学農薬の使用を削減し有機農業面積を拡大すれば、安全性は高まる。目標値は途方もないとはいえ、方向性はよいのでは……。そんなふうに受け止める人がほとんどでしょう。

ところが、そう単純な話ではありません。「有機農業、有機農産物だから安全」というのは完全な誤り。科学的な根拠がありません。

まず、有機農業では化学農薬は使えませんが、生物農薬等は使えます。化学農薬に比べてそれらのリスクが低いとは言えません。たとえば、スピノサドやミルベメクチンは微生物が作る生物農薬で、有機農業でも使えることになっています。これらのリスクは、一日摂取許容量(ADI)という指標から見ると、一般的な化学農薬とあまり変わりがなく、これらよりもリスクの小さな化学農薬が数多くあります。また、有機農業では、銅や硫黄といった鉱物も自然だとして農薬利用を認められています。しかし、これらは元素なので分解せず蓄積します。DDTなどの有機塩素系農薬は難分解性で環境を破壊するとして禁止されたのに、まったく分解されないものが有機農業では多用されているのです。とくに硫酸銅は、毒性が高いのにワイン向けのブドウ栽培において大量使用され、問題化しています。一方で、化学農薬はより蓄積性の低いものへと開発が進んでいるのです。

さらに、国立医薬品食品衛生研究所の畝山智香子・安全情報部長は別のリスクを懸念します。「農薬を使わず栽培する場合には、カビ毒の増加に注意しなければならない。とくに、日本のような高温多湿の気候では、心配だ」と言うのです。

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内外の食品のリスク情報に詳しい畝山智香子・国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長。日本での食品リスク研究の第一人者。安全情報部は、厚生労働省や内閣府食品安全委員会等にリスク情報を提供している写真を拡大

カビは、土壌にいて空気中にも胞子を飛ばしており、作物の栽培時に付いて増殖します。カビの中には人にリスクとなる毒性物質を作るものがあり、農産物のカビ毒汚染は食品の大きなリスクです。トウモロコシやナッツに付きやすい発がん物質アフラトキシン、小麦のデオキシニバレノール・ニバレノール、リンゴ果汁に含まれるパツリンなどがよく知られています。

日本でも、小麦の赤カビ病により、赤カビが作る毒性物質(デオキシニバレノール、ニバレノール)が国産小麦から高濃度で検出されていた時期がありました。汚染の程度は、輸入小麦よりも高く、高温多湿でカビが増殖しやすく収穫期に雨が降りやすい日本の気候風土に起因すると考えられました。2000年代初め頃のことです。

そのため、品種改良や栽培方法の改良、化学農薬の適期使用、収穫後の速やかな乾燥などさまざまな対策を組み合わせたマニュアルが農水省により作られ、カビ毒の低減が図られました。中でも、農薬使用は非常に効果的でした。

欧米では、カビ毒の食品汚染に対する懸念が強く、研究も数多く行われています。有機農産物のカビ毒が化学農薬を使用する慣行農産物に比べて多い、検出率が高い、とする研究結果がある一方、違いがない、という報告もあり、確定的な結論は出ていません。

「食の安全」への影響が検討された気配がない

日本の場合、湿度が高いためカビが増殖しやすく、欧米に比べてカビ毒のリスクは高いとみられています。以前は、発がん性の強いカビ毒アフラトキシンを産出するカビは日本にはいない、と考えられていましたが、国産米でアフラトキシン汚染が見つかっており、温暖化によるカビ毒汚染の増大も懸念されています。しかし、有機農業自体が少ないために、欧米で行われているような比較研究は、まったく実施されていません。

畝山部長は「カビ毒は、小麦だけでなく、国産のほかの穀物やリンゴ果汁などからも検出されています。みどりの食料システム戦略では、家畜の飼料の自給も推進されるようですが、飼料を国内で栽培するようになれば、そのカビ毒で牛乳などが汚染されるリスクも生じます。化学農薬はカビ毒を抑える重要な方策の一つです」と話します。

ところが、 みどりの食料システム戦略の(1)化学農薬の50%削減と(3)有機農業面積の拡大……という農薬がからむ二つの目標設定において、「食の安全」の確保からの検討がなされた気配がありません。この計画案は、農水省に設置された「みどりの食料システム戦略本部」(構成員は政治家と官僚)が20回に渡って各界の関係者と意見交換会を開き、それに基づいて作られた、という形式をとっています。しかし、ヒアリング対象の中に食品安全の専門家がいません。

省内でどのような議論を経て目標値が設定されたのかはまったく不明。畝山部長は「カビ毒のリスクを検討せずに、農薬を減らせば安全性が高まる、と考えるのは大きな勘違いです」と指摘します。

もともと、農水省内で食品のリスクがしっかりと理解されている、とは言えません。食品は、カビ毒のほか、病原性微生物や農作物自体が持つ毒性物質など、多くのリスクを内包しています。農薬を使わず栽培した場合に農産物中のアレルゲンが増加する、という報告もあります。一方、農薬は内閣府食品安全委員会のリスク評価を経て、農水省や厚生労働省が使い方や残留基準等を決めて使われており、リスク管理がなされています。残留基準は非常に厳しく設定されており、残留農薬の健康影響は事実上、無視できる、とされています。

しかし、一般市民と同様に「農薬を使わなければ安全性が高まる」と無邪気に信じている官僚が少なくない、と私も日頃から感じています。

さらに畝山部長は「除草剤を使わない場合、雑草の有害性も無視できなくなるかも」と指摘します。毒性物質を作る雑草が海外から侵入しており、とくにナス科の有害雑草が繁茂しています。これらが牧草や飼料作物に混じると、家畜の中毒や畜産物汚染を招く場合があり、海外では数多く事例が報告されています。

バイオテクノロジーを受け入れない有機農業

有機農業は、バイオテクノロジーを認めないという別の問題もあります。遺伝子組換え品種は拒否。ゲノム編集技術についてはまだどう対応するか決まっていませんが、有機農業団体は反対姿勢を示しています。一方で、化学技術を駆使した交配育種、放射線照射や化学物質処理による突然変異育種のタネは使用を認めています。また、遺伝子組換え作物を食べた家畜の糞尿から作られた堆肥、油かす等は「組換えDNA技術が用いられていない資材の入手が困難な場合」について使用を認めています。科学的には矛盾だらけ。自然に重きを置く思想信条に基づく農法であると私は思いますが、消費者が高値でも買う以上、こうした農法も選択肢としてあってもよい、と思います。

実際に、遺伝子組換え技術等を駆使した大規模農業を推進するアメリカ農務省は、小規模農家に対しては有機農業を推奨しています。特徴を活かせ、農産物が高値で売れるからです。

ただし、日本はアメリカ、ブラジル等から約2000万トンの遺伝子組換えトウモロコシや大豆、ナタネ等の作物を輸入し、食用油や異性化液糖、飼料などを得ているのです。そんな実情にはまったく触れず、その構造を変える目処がないまま、イノベーションという言葉を振りかざして「有機農業面積を25%以上に」と言いつのる姿勢に矛盾はないのでしょうか。世界でもっとも遺伝子組換え品種に依存している日本のこの目標値に、私は厚顔無恥という言葉しか思い浮かびません。

農家の負担の重さを考えているのか

畝山部長は宮城県の出身で、両親は数年前まで自家用に米を作り、野菜も直売所などに出していたそうです。「私の専門の食品のリスクの話ではないのですが……」と言いながら、話は続きます。「環境負荷や人への影響を、もっとしっかりと検討する必要があるのではないでしょうか」

たとえば除草剤。昔、日本の田んぼでは膨大な除草時間が費やされていました。現在は、一度田んぼに入れれば長く効く「一発処理除草剤」が開発され、除草時間は著しく減りました。「除草剤を使わない、となった時、どうやって除草するのか? 作業をする農家の腰の痛さ、熱中症など、人の健康被害も出てくるんですよ」と畝山部長は話します。合鴨農法を、というのは都会人の発想。高齢化が進む農家は、管理にそんな手間をかけられません。除草ロボットの活躍? 米の価格低下は激しく、そのようなコストをかけられる見込みはまったくありません。

環境負荷低減についても、多角的にみる必要があります。たしかに、化学農薬を用いず分解性の高い生物農薬等を用いていれば、生物多様性保全には貢献できます。しかし、その代わりに機械除草をする時のエネルギー使用量と温室効果ガス発生量は?

そもそも、水田は温室効果ガス発生源。大量のメタンや亜酸化窒素を発生させています。欧米の科学者の中には温室効果ガス削減のため、「水田作を止めればよい」と発言した人もいたほどなのです。

畝山部長はこう話します。「すべてがうまく行く方法などありません。各種のリスクのトレードオフをどうするか、環境負荷低減を図った時に、安全性確保とどこで折り合うか。そもそも、今の日本人の食生活に問題はないのか? さまざまな要素を協議し合意し、それを踏まえて、政策は推進されるべきではないでしょうか?」

素人受けはしても、プロには通用しない

結局のところ、見栄えの良い素人受けのする言葉が並ぶハリボテが、「みどりの食料システム戦略」の中間とりまとめ案です。その象徴が、荒唐無稽な有機農業面積25%なのです。食や農業に詳しければ詳しいほどしらけた気分になり、プロフェッショナルは「そんな計画、ほっとけば」という気分になっている、というのが私の取材の感触です。

なにせ、農水省はこれまで数々の計画をぶち上げ、達成できないまま知らん顔をしてきた “前科”があります。

わかりやすいところでは、国産小麦や米粉の振興。私も小麦関係者に指摘されてやっと思い出しました。2010年、「平成22年食料・農業・農村基本計画」で、自給率を上げるために国産小麦生産量を88万トンから180万トンに、米粉用米を0.1万トンから50万トンに増やすという2020年の目標が設定されました。実際の2020年の数値は、国産小麦の生産量が70万トン、米粉用米はわずか2万8000トンです。国産小麦は、需要はあるものの生産が追いつかないのが実情です。

それにしてもどうして唐突に、こうした計画案が出てくるのか。次回、「EUを見習え」の問題点に迫ります。

<参考文献>
農水省・みどりの食料システム戦略~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~
【有機農業関連情報】トップ ~有機農業とは~
有機食品の検査認証制度
厚労省・食品中のデオキシニバレノール(DON)の規格基準の設定について
Mruczyk K et al. Comparison of deoxynivalenol and zearaleone concentration in conventional and organic cereal products in western Poland. Ann Agric Environ Med. 2021 Mar 18;28(1):44-48.
Ochmian I et al. The impact of cultivation systems on the nutritional and phytochemical content, and microbiological contamination of highbush blueberry. Sci Rep. 2020 Oct 7;10(1):16696.
Serrano AB et al. Emerging Fusarium mycotoxins in organic and conventional pasta collected in Spain. Food Chem Toxicol. 2013 Jan;51:259-66.
日本有機農業研究会
農水省・平成22年 食料・農業・農村基本計画について
農水省・麦の需給に関する見通し

松永和紀

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