28歳で美容院の店長に...初めてのお客さんの忘れられない一言

28歳で美容院の店長に...初めてのお客さんの忘れられない一言

  • 幻冬舎ゴールドライフオンライン
  • 更新日:2021/11/25
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継続

二十八歳で独立した店。鏡の前のアンティークのテーブルは、こげ茶色の木の風合いが深みを増していい味を出していた。次亜塩素酸の消毒液をシュッと振りかけクロスで拭う。茶色のブランケットは、アンティーク屋で見つけた重みのある綿毛布で、ドイツの軍隊で使われていたというからよほど温かいのだろうと期待して購入したものだ。シャンプー台や寒いときのひざ掛けにいい仕事をしてくれる。

店を開けたころは顧客が少なくて、来る日も来る日も店が空いていて、よくアンティーク屋に行っていた。誰か一人でも予約が入るたびに跳び上がっていたな。空いている時間は雑誌の仕事をして新しいスタイルを追求したり、店で使うカラー剤を数多のメーカーから取り寄せて、髪に優しいオーガニックカラーを看板にした。雑誌に出た俺を見て予約を入れてくれた人が一人二人と増えてきたかと思いきや、そうだ、その翌年に東日本大震災が起きた。

あの時も街が沈黙に包まれて、お客さんが来ない日々を何とか乗り切った。競争の激しいこの東京でこの小さな店を見出してもらえるよう、祈るような気持ちがあったが、不思議な縁で友達の友達へと縁が繋がり、口コミで広がっていった。満足してもらえなければ金はもらわないというポリシーは一貫した。

「本当は思っていたのと違っていたんですけど……言えなかったです」

初めてのお客さんが会計時にそう言ったときのことは忘れられない。若いころの俺は、こうと思ったら突っ走って一気呵成にその人に似合うイメージを自分だけで作り上げてしまっていた。

「うまく言えなかったんですけど、こんなイメージを想像していたんです」

と見せられたのは、ハリウッド女優でマットな赤茶色に染められているロングスタイルだった。思い出せば、彼女は最初に赤茶色のサンプルを探していたが、肌の感じからアッシュの方が似合いますよと俺が勧めたところ、頭をかしげて「うーん、どうしようかな」と迷っていたのだが、その小さなサインに気付かなかった。

「いいですよ、それでやってください」のお客さんのゴーサインで俺は自信をもった。こうやって俺は見落としてきたことが多かったのかもしれないと申し訳なかった。

すぐにやり直させてくださいとお願いした。その日は夜遅かったので、数日後に来てくれて、やり直させてもらった。そのエノモトさんは最初の出会いから十年たった今も通い続けてくれている。恵比寿のアパレル会社の事務をしていた人だが、今はどうしているだろう? テレワークなのだろうか。そんな彼女をはじめここに集ってくださったお客さんの顔が浮かぶ。

このコロナの状況でも髪を切りたい、カラーの退色が気になって色を入れたいと思う人も少なからずいるだろう。必要としてくださる方々がいる限り、美容室オーシャンとしての役割を果たすために。最大限の注意を払って営業継続することを、俺は選択した。

やるからにはコロナ対策を徹底した。来店したら、入口で手指の消毒と検温をお願いする。人が隣り合わせにならないように、予約時間を調整し、スタイリストは予約が入ったら店に来るようにした。その分営業時間を長めにして、朝九時から夜九時の予約まで延長した。入口の窓を開け放して換気をし、寒い人にはひざ掛けに温かいブランケットを。俺たちはフェイスシールドとマスクの着用、そしてサービスが終わると、使った席を次亜塩素酸で丁寧に消毒し、手を石鹸で洗うことを毎回やった。ここでコロナに感染したという人が決して出ないように、念じながら換気消毒をしたのだった。

「安心して来てください!」

そんな風に声を大にして言いたいところだが、そういうのは俺の性に合わない。ネットにそういう告知をするのも気がひける。腕で証明するしかない。やはり、俺自身が培ってきた技術を期待してくれる人が、いつか戻ってくること。それを信じて待つしかないのだと自分に言い聞かせた。

ざざーっと波の音がサロンに響き渡る。待合席の壁にたてられたサーフボードを眺めながら、二月に行った九十九里浜を思い出す。

朝十時の開店に間に合うよう、夜明け前に家を出た。日の出前のダークな空に徐々に赤みが差して明るくなっていく空、その下に潮が静かに流れている。北東風が強く波が高かった。パドルして沖に向かっていくのも波が多くて大変だった。ざわざわとした海面に反して、海中は穏やかで生温かさに包まれた。だいぶ先から向かってくる波にタイミングをあわせて、ささっとボードの上に立ち上がった。うねりに合わせて無我夢中で水の上を走った。限りない海原を波と駆け抜ける、自然の一部になった感覚を思い出す。また終わった後のウエットスーツを脱ぐ、身を切るほどの冬の寒さと言ったら。月に一度は波に乗るのがやめられなかった。店の音楽は日によって変えるが、自然に帰れるように波風の音楽をかけることが多かった。

今日は一人の来店もなかった。以前ならば駆け込みの電話がかかってきて、夜九時からでもカットすることも度々あったが、今の状況ではないだろう。九時きっかりに店を閉めて自転車で帰った。

人通りのない目黒の細い小道、横断歩道手前に何かが落ちているのを見つけた。子供のころから視力だけは一・五。自転車を停めてよく見ると、それは丁寧に折られたお札で、しかも珍しく二千円札だった。自粛期間で、夜は特に人も通らない寂しい道だ。誰が落とすのだろう。近くに交番もない。人もいない。どうしたものか……。

少し先の暗闇にブルーとグリーンの看板が光るコンビニが見えた。入口前に自転車を停め、手袋を外して中に入るとそのままレジの方に向かった。誰もいないコンビニで肉まんの補充をしていた学生らしき若い男性店員が俺をみるとさっと手をとめてレジに立った。まずい、特に欲しいものはないんだけど……、とっさにレジ前に陳列されていたガムに目が留まった。これでいい。

店員がガムをスキャナーで読み込む。夜のコンビニに一人の客に百十円の買い物。

「ICカードで」

ピッ、と会計が終わると、片手に握りしめていた先ほどの二千円札をレジ横の箱に入れた。「東日本大震災寄付金」募金箱。

えっ?と目が点のまま店員が俺を見ていた。別に変なことをしたわけじゃないけど、彼からみればびっくりするよな。ガムしか買わなかったのに。でも俺はやっと肩の荷が下りた気分だ。その人に一礼して店を出た。

吉村 真理

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