俳優生活17年の瀬戸康史、オーディション合格のコツ伝授「かっこつけないこと」

俳優生活17年の瀬戸康史、オーディション合格のコツ伝授「かっこつけないこと」

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  • 更新日:2022/08/06
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獣医になりたかった瀬戸康史【写真:荒川祐史】

ワタナベエンターテインメントが8月から新人俳優の発掘オーディション開催

「Little Glee Monster」「ずっと真夜中でいいのに。」、中川翔子、FISHBOY、瀬戸康史、山田裕貴、志尊淳を送り出した大手芸能事務所ワタナベエンターテインメントが、8月からダンス&ボーカルグループ候補生と次世代を担う新人俳優を発掘する「D-BOYS SING」「WE ACT」オーディションを同時開催する。「第2回D-BOYSオーディション」出身の瀬戸康史が合格のコツを伝授する。(取材・文=平辻哲也)

福岡県嘉麻市出身の瀬戸は17歳だった2005年、「第2回D-BOYSオーディション」で準グランプリを受賞。同年12月にD-BOYSに加入し、芸能界デビューした。「ミュージカル テニスの王子様」や「仮面ライダーキバ」の主演で頭角を見せ、現在はドラマ、映画、舞台と幅広く活躍している。しかし、俳優は自身の夢ではなかった。

「僕自身は動物が好きだったので、獣医になりたかったんです。小6までは、獣医という職業があることも知らなくて、ムツゴロウ動物王国に就職したいと思っていたんです。たまたまテレビで獣医が交通事故で足を失った犬を助けるドキュメンタリーを見て、なってみたいな、と」

オーディションは母が応募した。「母親はピアニストになりたかったのですが、諦めなきゃいけなかった。だから、子に表現者という道を託したみたいな感じですかね。幼稚園の頃から、ドラムを買ってくれ、音楽は昔から好きでした」。故郷・嘉麻市は田園が広がる風光明媚な土地。博多まではバスと電車で1時間半。福岡のアクターズスクールにも通ったことはあるが、日曜毎の数か月だけだという。

D-BOYS最終オーディションでも自然体で臨んだ。「何か表現する時間があって、1人芝居をしたり、ボールを使ってパフォーマンスをする人、ダンスをしている人もいたかな。僕は、福山雅治さんの『ひまわり』を歌いました。高校の時は、毎週土曜にみんなでカラオケ行って、友達とパート分けして歌って、ハモったりしていました。よく歌っていた曲はKICK THE CAN CREW、ケツメイシ、HYとか。カラオケ代がワンドリンク200円、部屋代が1時間10円とかで、高校生でも払える額だったので、何時間もいましたね」。

事務所が売出し中のD-BOYSの存在も知らなかった。「それが逆に良くて、緊張したこともなくて、やってやるぞっていう気持ちもなかったし、役者になるんだという野心もなかったです。母は喜んでくれましたけど、オーディションのことはあんまり記憶がないんですよ」。

アーティストや俳優を目指す後輩にはアドバイスは?

「今はYouTubeを始めれば誰でも表現者になれる時代だと思うんです。そんな中で事務所に入れば、いろんなバックアップを受けられて、いろんな人と繋がれるのは強みだと思います。だから、YouTubeを始めるくらいの感覚で、来てもらっていいんじゃないかな。ちゃんとした目標がある人はいいですが、僕みたいに『母や家族、友達が応募しました』みたいな感じでいいと思うんですよね。オーディションでは隠さない事、かっこつけないこと。たとえ、失敗しても、そこで、どう動くかでその人となりがわかって、『いいじゃん』となる場合も絶対あると思います。だから、失敗を恐れないでほしいですね」と話した。

□瀬戸康史(せと・こうじ)1988年5月18日、福岡県出身。2005年に俳優デビュー。主な近作はドラマ「透明なゆりかご」(18)、NHK連続テレビ小説「まんぷく」(18)、「デジタル・タトゥー」(19)、「私の家政夫ナギサさん」(20)、主演「男コピーライター、育休をとる。」(21)、映画「事故物件 怖い間取り」(20)、「劇場版 ルパンの娘」(21)、「コンフィデンスマンJP 英雄編」「愛なのに」(22)。舞台「陥没」(17)、「ドクター・ホフマンのサナトリウム」(19)、ミュージカル「日本の歴史」(21)、主演「彼女を笑う人がいても」(22)。Bunkamura シアターコクーンで8月7日~28日まで、ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出の舞台「世界は笑う」に出演。現在、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に北条時房役で出演中。

平辻哲也

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