川にかかる小さな橋。その川面で拝一刀が死闘を演じていた!――春日太一の木曜邦画劇場

川にかかる小さな橋。その川面で拝一刀が死闘を演じていた!――春日太一の木曜邦画劇場

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/03
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1972年(83分)/東宝/2750円(税込)

拙著最新刊『時代劇聖地巡礼』(ミシマ社)の発売に合わせ、ここのところ本連載は「時代劇とロケ地」という視点から作品を切り取っている。

過去二回は、由緒ある神社仏閣が「時代劇の撮影」となると普段の落ち着いたたたずまいから一転、殺戮や狂気の舞台に変貌する――という切り口で述べてきた。

ただ、時代劇のロケ地は必ずしもそうした風光明媚な場所だけではない。何気なく通り過ぎるような場所も少なくないのだ。そんな場所でも「時代劇の聖地」と分かると、途端に輝いて見えてくる。

今回取り上げる『子連れ狼 子を貸し腕貸しつかまつる』を観てから「ある聖地」に行くと、そんな経験ができる。

主人公は、大名が罪を犯し切腹する際の首切り役を担う「公儀介錯人」拝一刀(おがみいっとう)(若山富三郎)。一刀はその座を狙う柳生家の奸計に陥れられ、全てを失う。刺客稼業を請け負いながら幼い一子・大五郎と全国を流浪することになった一刀。その行く先々で、柳生の裏組織「裏柳生」の刺客たちが襲いかかる――。

本作は、時代劇史上でも屈指の壮絶なバイオレンスに彩られたシリーズの一作目。その前半は、柳生との確執の発端が描かれている。

一刀を討つため、柳生一党は拝家の屋敷を襲撃する。これに一刀は反撃、柳生の侍たちを次々と斬り、血路を切り開いた。剣客・柳生備前守(渡辺文雄)がそれを追う。

やがて両雄は川の中で対峙する。堰堤から滝のように流れ落ちる大量の水が二人の背後に映し出され、それが緊張感を高めていく。橋の上からじっと推移を見守る、裏柳生の頭目・烈堂(れつどう)(伊藤雄之助)。

やがて一刀は剣の切っ先を水面に潜らせて、備前の視界から消す。そして、一気に斬り上げて備前を討ち果たす。これぞ水鴎流の奥義「波切りの太刀」。一刀の必殺技である。

この撮影が行われたのが、嵐山にある中ノ島橋。渡月橋の下流にかかる、小さな橋だ。

実はここ、各撮影所に近いのもあり数多くの時代劇に使われているのだが、普段は大半の人が通り過ぎるだけ。というのも、阪急嵐山駅から嵯峨野方面に向かう際に必ず渡るため、行き交う人の多くはこれから向かう風光明媚の地に気が行っているのだ。この小さく地味な橋は、ただ渡るためだけの経路でしかない。

これを読まれた方は、ぜひ本作を観た上で中ノ島橋に行き、川面を見下ろしてほしい。あの烈堂と同じアングルから堰堤を眺めていることに気づくはずだ。ここで一刀の必殺技が初披露されたのか――。そう思うと、ただ通り過ぎるだけではもったいない聖地に見えてくることだろう。

(春日 太一/週刊文春 2021年5月6日・13日号)

春日 太一

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