知らず知らずのうちに、まるでバンパイアのように男からエネルギーを吸い取る女。
人は彼女のことを、こう呼ぶ。「エナジーバンパイアだ」と。
付き合ったら最後、残された者には何も残らない。それでも自分が踏み台にされていることを分かりつつ、彼女に執着してしまう。
気づけばもう、次なるターゲットのもとに行ってしまっているというのに。
…誰か教えてくれないか。あの子を忘れる方法を。

―えりか。君は今、どこで誰と過ごしているんだろう。
城川裕紀(ゆうき)は元カノのことを想いながら、自宅のダイニングテーブルでぐったりとうなだれていた。
彼女を失ってからというもの、人生のすべてがうまくいかない。夢もお金も何もかも、いつの間にかどこかへ消えてしまったのだ。
こうしてぐずぐずえりかのことを考えていると、身に着けているアルマーニのスーツも、手首に光るロレックスの時計も、自分には相応しくないように感じてしまう。
―こんなことになるなら、彼女に一目惚れなんかしなきゃ良かったな。
裕紀は、何度目か分からないほどの後悔に苛まれるのだった。
◆
それは今から2年ほど前、31歳の誕生日を迎えた頃のこと。
当時は全国展開している大手のジムで、インストラクターとしてトレーニング指導に励む日々を過ごしていた。
徐々にパーソナルトレーニングも受け持つようになり、顧客数全国ナンバーワンという実績も獲得したばかり。
ずっとバスケットボール一筋で生きてきた裕紀は、根っからのスポーツマンだ。だから自分にとって、インストラクターの仕事は天職だと思っていた。
そろそろ固定のクライアントもついてきたことだし、独立してジムの経営でも始めようか。
そう考えていたタイミングで、クライアントとしてジムにやって来たのが、越野えりかという女だった。
なぜ裕紀は、えりかにエネルギーを吸い取られてしまったのだろうか…?
「裕紀さんのおかげで、ここ最近彼にも素敵だねって言われるようになったんです」
パーソナルトレーニングを受けにやってきたえりかが、会員証を出しながら受付で楽しそうに言う。
確かに裕紀の目から見ても、ジムに通い始めてからの3か月で、彼女は見違えるほど綺麗になっていた。
「それは良かったです!最近、イキイキしてますもんね」
すると彼女は、ふふっと笑いながら更衣室に入っていく。
―あんな美人の彼氏って、一体どんな男なんだろう。26歳の割に大人っぽいし、綺麗だよなあ。
自分のクライアントをそんな目で見るのは、良いことではないと分かっている。でもそう想像せざるを得ないほど、えりかは美しい女性だったのだ。

「えっ!?裕紀さん、独立されるんですか?」
1日のトレーニングを終え、彼女と談笑していたその時。えりかが驚いたように尋ねてきた。
ルルレモンのウェアをバッチリと着こなした彼女は、おでこにじんわりと汗を滲ませながら、こちらを見つめている。
「まだちょっと先になると思うけど、2年以内には渋谷あたりで経営者層をターゲットにしたパーソナルジムを開こうと思ってるんだ」
今思えば、別にえりかに言う必要はなかったはずだ。だが“独立する”ということをアピールすることで、カッコいいところを見せておきたかったのかもしれない。
「へえ、素敵ですね!私、広告の仕事をしてるので、何か力になれることがあったらなんでも言ってください」
「そっか、えりかさんは広告代理店に勤めてたんだっけ。いろいろ聞かせてほしいな」
やけに協力的な彼女の反応が嬉しくて、ついいろいろと話してしまう。
独立するにあたって、広告やPRの知識を持った人が周りにいなかったのは事実だった。そしてこの会話を機に、彼女との距離は一気に縮まったのだ。
最初は、トレーニング後のちょっとした隙間時間に話す程度。ただそこからプライベートでも会うようになるまで、そんなに時間はかからなかった。
「裕紀さんって、素敵なお店たくさん知ってますよね!いつも、私の行ったことのないようなところばかり連れて行ってくれるから」
その日選んだのは、三軒茶屋の裏路地を入ったところにある、行きつけのオーセンティックバーだった。
一見さんお断りの店だが、ここのマスターがパーソナルトレーニングに通ってくれているおかげで、いつも歓迎してくれるのだ。
「仕事柄、飲食店関係の知り合いが多いから。お店には詳しい方かもしれないな」
お酒が強いえりかは、裕紀の自慢話をニコニコ笑って聞きながら、美味しそうにラスティネイルを飲んでいる。グラスに触れる唇が妖艶な雰囲気で、思わず目を逸らしてしまった。
「そういえば、こんなふうに男と二人で飲んでても大丈夫?彼氏、気にしたりしないの?」
二人きりでこうして飲みに行けることは嬉しいが、このデートが原因で彼氏との仲が悪くなってしまうのは悪いな、という気持ちもある。
…というのは建前で、本音は彼氏とうまくいっているのか聞き出したかっただけなのだ。
なぜかというと、ここのところ一気に距離が縮まり、ハイペースで会うようになっているから。それに何となくだが、彼女の様子が前と違うように感じるのだ。
「ねえ、裕紀さん…」
そう言ってえりかは一口カクテルを飲むと、くるりとこちらを向いた。
そのあと、えりかが放った一言とは…?
「なんで、そんなこと聞くんですか?」
彼女はそれだけ言うと、また前に向き直って、指先でカクテルのグラスに触れる。
「あ、いや。えっと…」
裕紀は明らかに動揺してしまった。
これまで決して恋愛経験が少ない方でもなく、どちらかと言うとモテてきたタイプなのに、えりかの前ではどうも“いつも通り”ができなくなる。
「せっかく二人きりで飲んでるんだから、そんな話はしなくていいじゃないですか。ね?」
あたふたしていると、次はあどけない少女のようにニッコリと笑って言った。
「それよりほら。私、もう全部飲んじゃいましたよ?」
丸く削られた氷の入ったグラスを目の高さまで持ち上げて、カランと鳴らす。その仕草が大人っぽくて、綺麗で、そして言葉の端々から彼女の芯の強さを感じさせる。
とても26歳には思えない雰囲気だ。
「じゃ、じゃあ…。同じものを2つください」
マスターにそう言って、裕紀は動揺を悟られないようにすることしかできなかった。

追加で注文したお酒も全部飲んでしまうと、ほろ酔い気分のまま店を出る。
夜も更けてきたので、タクシーを拾って彼女を自宅まで送り届けようと世田谷通りを歩いていた、その時。
右腕に、彼女の華奢な手が絡められたのだ。
「えっ…。どうしたの」
裕紀は平静を装って尋ねながら、彼女の方をチラリとのぞき見る。するとえりかは平然とした顔をしていた。
「言ってなかったんだけど、私のマンションすぐそこなんです」
そう言って、ジッと見つめてくる。その目は完全に裕紀を誘っているようで、思わずこう口走ってしまった。
「じゃあ今から、えりかさんの家で飲み直さない…?」
なるべくカッコ悪くならないように意識しながら答える。彼女にはいつもペースを乱されてしまうな、と反省しながら。
「はい、ぜひ!すぐそこって言っても、ちょっと歩くのでタクシー乗っちゃいましょうか」
するとえりかは、絡めた腕をさらにギュッと抱きしめて、先を急ぐように歩き出したのだった。
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家で二人きりになったえりかは、さらに豹変し…?