【虎戦士にエール】湯浅をプロに導いた母の献身的サポート

【虎戦士にエール】湯浅をプロに導いた母の献身的サポート

  • デイリースポーツ online
  • 更新日:2022/05/14
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少年野球時代の湯浅(家族提供)

阪神に縁のある人物が選手にエールを送る「虎戦士にエール」(随時掲載)。今回はセットアッパーを担う湯浅京己投手(22)の母・衣子さん(49)が登場する。アマ時代から度重なる故障に悩まされた息子の夢を実現させるため、献身的な食事サポートで支えてきた。苦しい時期を乗り越えて1軍で活躍する姿を喜び、さらなる活躍を期待した。

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全ては息子をプロの世界に導くため-。母・衣子さんは献身的なサポートで、湯浅の夢を後押しした。「私に似たら嫌だな。できるだけ大きくなってほしい」。体が大きいほど有利になることが多い野球の性質上、身長は特に重要。身長150センチ台と背が高くない衣子さんは、息子の成長を特に気にかけていた。

夫・栄一さんと精肉店を営んでおり、肉中心の料理をたくさん食べさせた。中学校のお弁当には毎日ステーキを入れ、さらには魚介類、野菜と栄養バランスを重視したメニューに。自らネットで成長期に関する情報も集め、必死に息子をサポートした。

「インスタントのものとかはお弁当に一切使わなかった。冷凍食品はうちにいる間は食べたことはなかったんじゃないですかね」。食事は全て手作り。理由は成長期が早く来すぎるのを防ぐためだった。徹底した栄養管理を続けた結果、身長は183センチまで伸びた。

三重の実家を出て、福島の聖光学院の寮に入った後も食事のサポートを続けた。「お米よりもおかずをたくさん食べたい子だった」と2週間に1度、肉料理を真空パックに詰めて仕送り。高卒1年でプロ入りできる独立リーグに進んだ後も、「この1年は野球に集中してほしい」と月2回は富山に足を運んだ。湯浅は1人暮らしをしていたが、手のけがを防ぐために包丁は一切持たせず。衣子さんが食材を切り、味付けなどの調理だけで済むようにするなどして息子の夢を支えた。

聖光学院時代は腰の成長痛により、チームは3年夏に甲子園に出場したが、湯浅はベンチ外。プロ入り後も19年6月に腰を疲労骨折し、ようやくブルペン投球を再開した9月にまたもや再発。けがで苦しむ息子を見てきただけに、「野球ができなかった頃に比べたら、(今は野球をしている姿を見るのが)うれしいです」と今の活躍を喜ぶ。今季はここまで16試合に登板し、防御率1・17。若きセットアッパーとして躍動を続けている。

8日・母の日に行われた中日戦(バンテリン)では、衣子さんが現地で見守る前で、1回を三者凡退に抑える好投を披露した。「これから、もっともっと恩返しできるように頑張っていきたいです」と活躍を誓った湯浅。全力で腕を振る姿を、これからも母に届け続ける。(デイリースポーツ・北村孝紀)

◆湯浅 京己(ゆあさ・あつき)1999年7月17日生まれ、22歳。三重県出身。183センチ、81キロ。右投げ右打ち。投手。聖光学院高からBCL・富山を経て、18年度ドラフト6位で阪神入団。プロ3年目の21年6月3日・オリックス戦(甲子園)で初登板(救援)。

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