
遺言内容に不平等な内容が遺されていると、不利益を被る相続人は納得いかず、俗に「争族」と呼ばれるような遺産相続トラブルに発展することがあります。たとえ仲の良かった親族同士でも、対立してしまうことはめずらしくありません。そこで実際に遺言によるトラブルが生じた場合どのように対応すべきなのか、町田伸明弁護士に解説していただきました。
5年間介護をしてきた父が遺した遺言とは……
相談者の桂子さん(50代女性・仮名)は、先日長期の闘病生活を送っていた父親を亡くしました。母親は7年前に他界しており、父親は実家で一人暮らしをしていました。
しかし5年前に脳梗塞を患い、半身不随の状態になってからは、桂子さんは勤めていた会社を辞め、これまで築き上げてきた安定した生活をすべて手放して、実家に同居し生活全般の介護をしていました。その他の家族は、遠方に暮らす桂子さんの弟である孝さん(40代男性・仮名)のみです。
父親が亡くなってから、脳梗塞になる前に遺言書を作成していたことがわかったのですが、その内容をみて桂子さんは、「あまりにも酷い仕打ちだ…」と愕然としました。
その遺言には「全財産を孝さんに相続させる」という内容が書かれていたのです。相続財産は実家と、預貯金が約2,000万円ありました。
桂子さんは孝さんに話し合いを持ちかけましたが、「遺言に書いてある以上、受け取る権利は自分にある」と、全く聞く耳を持ちません。また孝さんはフリーランスでイラストレーターをしていましたが、収入が安定せず、生前も父親から金銭的援助を受けながら生活していました。
献身的な介護を続けていた桂子さんは、一切父親の面倒を見ず自分のやりたい仕事に没頭している弟に全財産を持っていかれることに納得がいかず、以下の内容について弁護士に相談したいと思っています。
(1)不平等な内容の遺言書でも、要件を満たしていれば有効になるのか。
(2)桂子さんが長年介護をしてきたことは、遺産分割の際に考慮されないのか。
(3)孝さんが金銭的援助を受けていたことをふまえ、取り分を減らすことはできないのか。
遺言の内容が大前提。基本的に介護は考慮されない
相談(1):不平等な内容の遺言書でも、要件を満たしていれば有効になるのか。
【回答】所定の要件を満たしている以上、遺言は有効です。
「全財産を孝さんに相続させる」など、一部の相続人に全ての遺産を相続させる旨の遺言であっても、所定の方式を満たしていれば有効です。したがって、孝さんが「遺言に書いてある以上、受け取る権利は自分にある」というのも一理あります。
ただし、桂子さんには、「遺留分」というものが認められており、いわば最低限の金銭的価値を取得できる地位が保障されています。桂子さんの場合には、法定相続分(2分の1)の2分の1、つまり4分の1の遺留分が認められます。
そのため、桂子さんは、自らの遺留分を侵害されたとして、孝さんに遺留分侵害額に相当する金銭の給付を請求すること、つまりお金を支払うよう求めることができます(これを「遺留分侵害額請求」といいます)。
このように、桂子さんに「遺留分」は認められますが、遺言自体が無効になるというものではありません。
相談(2):桂子さんが長年介護をしてきたことは、遺産分割の際に考慮されないのか。
【回答】遺産分割では考慮できても、遺留分では考慮されません。
桂子さんが勤めていた会社を辞めてまで長年介護してきたことは、「寄与分」として遺産分割の際に考慮(加算)される余地があります。
しかし、遺留分侵害額請求の算定では「寄与分」は考慮されないと解されています。そうすると、本件で桂子さんの介護を考慮することはできないと言わざるを得ません。
相談(3):孝さんが金銭的援助を受けていたことをふまえ、取り分を減らすことはできないのか。
【回答】桂子さんの取得額を多くし、遺産からの孝さんの取り分を減らせる可能性があります。
孝さんが金銭的援助を受けており、これが扶養の域を超えるようなものであるときは、いわば遺産の前渡しがあったとして、「特別受益」を受けたものとされる余地があります。その場合、「特別受益」に該当する金員相当額を遺産に加えて「遺留分」を算定しますので、桂子さんが遺留分侵害額請求で取得できる金額が相対的に多くなります。
このように、「特別受益」を考慮することで、いわば遺産(実家と預貯金約2,000万円)からの孝さんの取り分を減らすということはできます。
「争族」の予防と紛争解決のための糸口
【遺言書作成時にも遺留分などを意識しましょう】
前提として、有効な遺言がある以上、その遺言内容に従うことになります。他方で、遺言の内容次第では、いわゆる「争族」となりかねません。そのため、遺言書を作成する場合には、「遺留分」の検討も含めて、できるだけ「争族」とならないよう遺言の内容を吟味することも必要でしょう。
【遺留分侵害額請求は1年以内に行使しましょう】
遺留分侵害額の請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年間行使しないと時効によって消滅します。したがって、遺留分侵害額請求をする場合には、時効によって消滅する前にこれを行使しておくことが必要です。
ちなみに、実際に遺留分侵害額請求をするとなると、その基礎財産の計算なども含めて、意外と複雑になります。例えば、遺留分侵害額の計算式の概要は、次のようにあらわすことができます。
「遺留分侵害額=遺留分額-遺留分権利者が受けた贈与・遺贈・特別受益の額-遺産分割の対象財産がある場合における遺留分権利者の具体的相続分相当額+遺留分権利者の承継する債務」
【寄与分・特別受益のハードルは意外と高いです】
「自分は親の介護をしてきたから寄与分があるはず」、「相手は親から仕送りをもらっていたから特別受益だ」というご相談を受けることがあります。
しかし、単に親の介護をしていたとしても寄与分が認められるとは限りませんし、親からの仕送りがあっても特別受益に当たるとは限りません。いわば程度問題なのですが、意外とハードルが高いと思って頂いた方がよいでしょう。
また、「介護」や「仕送り」の証拠がないと、そもそも「介護」や「仕送り」があったと証明できないということもあります。そのため、証拠収集なども必要となってくる場合もあります。
【専門家(弁護士)への相談】
遺言書の作成にしても、遺産分割協議や遺留分侵害額請求にしても、ご自身で全てを行うのは大変なこともあるかと思います。紛争になっていなくても、相続人の調査や相続財産の調査をするだけでも一苦労ということもあります。さらに「遺留分」や「寄与分」「特別受益」などを検討するとなると、より難しくなっていくでしょう。
紛争の予防のため、あるいは、紛争を解決するため、専門家の意見を聞くことも重要といえるでしょう。そこで「弁護士に相談する」ということを検討してみてはいかがでしょうか。問題点の把握などのため、まずは弁護士に相談するという選択肢があってもよいかと思います。
町田 伸明
弁護士
町田 伸明,ココナラ法律相談