「物知りな人がエラい」日本の教育の決定的ズレ感

「物知りな人がエラい」日本の教育の決定的ズレ感

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2022/06/23
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写真左より佐渡島庸平氏、石戸奈々子氏

「知識詰め込み型」の日本の教育は過渡期にあるといわれるようになって久しい。プログラミングやeスポーツといったデジタル教育など、学校教育を取り巻く社会環境が大きく変わる今、「そもそも何のために教育するのか」という根本からの変化が起きている。では、教育の未来はどうあるべきか。

テレビドラマも大ヒットした漫画『ドラゴン桜』の編集者・佐渡島庸平氏(コルク代表)、MITメディアラボ客員研究員を経て日本のデジタル教育を推進する石戸奈々子氏(CANVAS理事長)が語った教育の未来戦略を新刊『JAPAN TRANSFORMATION(ジャパン・トランスフォーメーション) 日本の未来戦略』より紹介する。

「そもそも論」が足りない

佐渡島:今、日本の教育は過渡期にあるといわれていて、いろんな議論があちこちで盛り上がっています。でも、僕がいつも感じている違和感があって、「どれもこれもマイナーチェンジの話ばかりだな」と。

英語教育はどうあるべきかとか、プログラミング教育は何歳から導入するのがいいのかとか、「箸を使って食べるか、フォークを使って食べるか」みたいな各論にばかりフォーカスがあって、肝心の「何を食べるか」という全体論の議論が不足している。アプリではなくて、そもそもの基盤であるOSの話をしようよ、と問いたいです。

石戸:同感です。明治時代以来続いてきた「一斉授業によって均一化された知識を身につけた人材を量産する」という工業化社会に適した教育システムから、大きな転換を図るべきときを迎えています。

カギになるのは、やはりDX、教育のデジタル化。これは単にデジタルツールを導入するという意味ではなく、それをきっかけとして「教育を根本から考え直し、今の時代にふさわしい教育につくり変える」ということです。つまり、教育を強化する手段としてデジタルを活用すべきというのが私の主張です。

日本の学校教育の情報化は後進国に甘んじてきました。しかし、新型コロナウイルスという強烈な外圧によって急速に進もうとしています。それに伴って、「教育って何だっけ」「学校の役割とは何か」「先生の役割とは」と、今まで通り過ぎてきた本質的な問いに社会全体が向き合うことになりました。

社会が変われば、そこで生きる人たちに求められるスキルも変わります。当然、学びの場にも変化が求められます。そして、その変化を可能とするのもまた技術の力です。

──日米の教育の違いとして大きいのは「他人と異なる行動や考え」に対する評価。日本では周りと合わせて発言や行動ができると褒められるのに対し、アメリカでは人と違うことをしたら褒められます。

佐渡島:大きな違いですよね。けれど、アメリカ式の「みんな違っていいんだよ」という教育OSを日本も目指すべきなのかどうかもよくわからない。やはり、「何のために教育するのか」を、国や社会ごとに問い直す必要があって。そして、その答えは必ずしも「将来よく働けるようになるため」でもないかもしれません。

人間は働くために生まれてくるわけではないのだし、たまたま僕らは資本主義社会で暮らしているから今は働かないといけないけれど、これから技術が進化して社会が成熟していくと、ギリシャ時代のように奴隷を雇わずとも、誰も働かなくてもいい時代になるかもしれない。

そうなったときに大事になるのが、1人ひとりが「何のために生きるのか」と考えて、自分にとっての生きる意味をつかめる力。まさにそういう時代にも対応できる「WHATを見つけるための教育」が必要になるのかなと思うんですよね。

おそらく、「他人と違うことを言いなさい」と強制されるわけではなく、「本当に皆と同じでいいの?」と問い直されるような教育によって、自然と個人間の差異が出てくる。

「知の外部化」が進む

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佐渡島庸平(さどしま・ようへい)/コルク代表取締役社長CEO/ 編集者
1979年生まれ。中学時代を南アフリカ共和国で過ごし、灘高校に進学。東京大学文学部を卒業後、講談社に入社。三田紀房『ドラゴン桜』を担当。小山宙哉『宇宙兄弟』のTVアニメ、映画実写化を実現する。伊坂幸太郎、平野啓一郎など小説も担当。2012年、講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社・株式会社コルクを創業。インターネット時代のエンターテインメントのあり方を模索し続けている

佐渡島:日本の学校教育は限りなく「HOWを教え込む教育」に偏っています。工業中心の時代はそれで結果が出ていたから誰も疑問視しなかったかもしれないけれど、今は学校でHOWを教える意味がなくなろうとしている。

なぜなら、今やHOWの情報はYouTube (ユーチューブ)で十分に受け取れるし、これからもさらに蓄積と整理が進むはずだからです。だから学校でHOWを教わる必然性はどんどんなくなっていくし、「知の外部化」を徹底していくほうが、これからは効率がいいに決まっています。

「知の巨人」という言葉があるように、昭和・平成の時代には「知」に対する過剰な評価が存在していたと僕は思っていて。もっと主観的な感覚を研ぎ澄ませて、内なる欲望の輪郭をシャープに磨けるような学習。そんな学習がこれからもっと大切になると感じているんですよね。

石戸:知識偏重型の教育を、今の大人のほとんどが受けてきたし、知識の量によって評価されて育ってきたから、「大量の知識を備えた人=すぐれた人」と認識してしまうのでしょうね。

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石戸奈々子(いしど・ななこ)/CANVAS理事長
東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。慶應義塾大学教授・博士(政策・メディア)。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員やNHK中央放送番組審議会委員を歴任。デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任

これからAI(人工知能)が生産的な労働の多くを担うようになって、人間が働く時間がきわめて短くなる時代が到来したときには、「自分はどう生きたいのか」を考えられる場として教育現場が存在しているのが、目指すべき姿だと私も思います。

しかしながら同時に、教育と足並みをそろえて社会も同じ方向へ変わろうとしているのか? という視点ももつべきです。結局、私たちが多様な生き方・働き方を許容する社会をつくっていかなければ、大学も変わらない。大学が変わらないと大学受験も変わらないし、すると小中高の教育も変わりようがないわけです。教育改革を考えるときには、〝どこから変えていくか〞という議論もセットで必要ですよね。

たとえば、プログラミング教育の必修化が進むのはいいことですが、産業界はプログラマーの労働条件を改善する努力をしているのかどうか。このちぐはぐさを解消していくことが、教育を変えるスピードの向上にもつながるはずです。両輪のバランスが重要です。

知識は蓄えない時代へ

──アメリカのほうが日本よりも変化への対応は早く、公立学校ではユーチューブを授業に活用しています。

石戸:日本でも一部の感度の高い学校で始まっていますが、全体の浸透度としてはまだまだですね。2010年にMicrosoft (マイクロソフト)創業者のビル・ゲイツさんが「これからの5年で、世界最高の講義を、ネットで無料で受けられるようになる。それはどこか1つの大学で学ぶよりもずっとよい」と発言したことが話題になりましたが、その変化は現実になりつつありますよね。

大学の存在意義が世界的に問われていると思います。知識を得る目的だけならば、ネットで十分に満たされますから。

佐渡島:これからは知識もお金も〝蓄えない生き方〞が主流になるんじゃないかと思っています。シェアリングエコノミーでモノの所有が減って、知識もネットで外部化されていく中で、蓄えることの価値はどんどん下がっていくんじゃないかと。

これから学校で提供してほしいと思うのは、知識を蓄えるための時間ではなく、「今この瞬間にどれだけ集中して楽しめるか」を鍛えられる時間です。

──グローバル化の時代には、子どもの海外体験も重要です。たとえば、全国の小・中学生の中から希望者全員に海外体験をプレゼントする。1カ月行くだけでも大きく違うと思います。佐渡島さんは10代を南アフリカ共和国で過ごした経験があるそうですね。

佐渡島:海外を見る経験は、日本あるいは自分自身を俯瞰して捉える力、つまりメタ認知を育むことになるんじゃないかなと感じます。自分を客観的に捉えることができると、「そんな自分をこれからどうやって成長させていこうか」と戦略が練られるようになる。いい経験になることは間違いないと思います。

それを実現しようとするときには必ず予算の問題が出ますが、モノよりもさらに測定が難しいのが「人の経済効果」。AができたらBができる、と一対一では語れなくて、複雑かつ中長期に投資の効果が出てくるものです。その認識のすり合わせが出発点になるのでしょうね。少子化社会ではどうしても教育投資に対する政治の動きは鈍くなるという歯がゆさはあります。

コロナ禍で見えた改善のアクション

石戸:OECD加盟国の中でも、日本は教育投資額が最低レベルです。民間企業もうまく巻き込んで社会全体で活性化できるといいですよね。

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佐渡島:つい「国が」「行政が」と大きな主語で語ってしまいがちだけれど、本当は「自分ならどうするだろうか」と自分を主語にして語ることをもっとしないといけないですね。

僕たちは長い目で教育の未来をデザインしないといけない。けれど、わが子の3年後に関してはつい近視眼で見てしまう。その悩みを抱えながらも、「じゃあ、自分はどうしようか」と考え、その話を皆ですることに意味があるのだろうなと感じました。

石戸:私もそう思います。そしてその流れはすでに起きているな、とも。コロナ禍で起きた全国一斉休校を機に、「学校とは何か」「教育とはどうあるべきか」と自分の言葉で語り、状況の改善に向けてアクションをする人が増えたことはとてもよかったと思います。

「子どもたちの学びを止めてはいけない」とさまざまなセクターの方々が動き出し、自分が提供できるコンテンツをシェアしたり、使われていなかった場所を提供したり、給食の代わりにお弁当を配ってみたりと、個性豊かで多様な動きがあちこちで生まれましたよね。

「教育は学校・先生任せ」の流れを逆回転させるムーブメントでもあり、こういった動きの先に、未来の教育はつくられていくのだろうと希望をもてました。

(司会:松田憲幸ソースネクスト代表取締役会長 兼CEO /新経済連盟 理事、執筆:宮本恵理子)

(佐渡島 庸平,石戸 奈々子)

佐渡島 庸平,石戸 奈々子

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