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16世紀から17世紀にかけて作られ、その後何世紀も使われてきた驚きの材料を使った絵の具(顔料)がある。
「マミーブラウン」のマミーとは”Mummy”、すなわちミイラのことで、エジプトの人間や猫のミイラをすりつぶして粉末にしたものが原料となっている。
冒頭にあるウジェーヌ・ドラクロワ作のかの有名な「民衆を導く自由の女神」など、いくつかの有名な芸術作品は、このマミーブラウンを使って描かれているという。
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世にも不気味なこの顔料は、エジプトから輸入された猫や人などのミイラを粉末にすりつぶして作られた。
この粉末は一部医薬品にも使われたが、さまざまな用途に使える便利な顔料として、芸術の世界でも重宝された。
マミーブラウンが、絵を描く道具として画家たち愛用されるようになったのは、16世紀にさかのぼる。
フロリダ州立大学の美術史科によると、アスファルト質で濃い茶色したマミーブラウンは、油彩でも水彩でも、その透明感で陰影や肌色、艶を表現することができるとして、重宝されたのだという。

マミーブラウン絵の具のチューブ。もともとはウナギやヘビを入れるために作られたとされる棺の中に入っている / image credit:eni via Wikimedia Commons , CC BY-SA 4.0
マミーブラウンの原料を知らなかった画家たち
19世紀まで、ラファエロ前派の芸術家たちによって使われていたが、誰のどの作品に使われたかを正確に特定するのは難しい。
ウジェーヌ・ドラクロワ、エドワード・バーン=ジョーンズ、ウィリアム・ビーチーは皆、このミイラブラウンを購入していたことが知られている。

マルタン・ドロリングの『台所の情景』。広範囲にマミーブラウンが用いられている / image credit:public domain/wikimedia
ラファエル前派の画家たちが、マミーブラウンの成分についてどこまで正確に知っていたかは、さまざまな議論がある。
だが、その由来が知れわたるにつれ、彼らはその使用を控えるようになったようだ。
イギリスの美術家、エドワード・バーン=ジョーンズは、マミーブラウンの由来を知ると、大変に嘆き苦しみ、残っていた顔料を儀式にのっとって丁重に庭に"埋葬"したという。
バーン=ジョーンズは、真昼間にマミーブラウンのチューブを手に持って急に現れ、"この絵の具がファラオの遺体からできていることを知ったので、それにふさわしい埋葬儀式をしなくてはならない"と宣言したのです
彼の甥で作家のラドヤード・キプリングは、その儀式について語った。
私たちは外に出て、その手助けをしました。ミツライム(エジプトのこと)やメンフィスの儀式作法に従って、そのチューブが埋葬された場所の1フィート以内で鍬を振るうことができたはずだと、今日まで信じています

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20世紀にはほぼ使用されなくなる
この顔料の由来に対する嫌悪感と、供給量の減少により、伝統的な製法のマミーブラウンは20世紀になる頃にはほとんど使われなくなった。
人間の遺体が売り買いされるような不謹慎なことがなくなり、ミイラが出回らなくなったということで、いいことだったのかもしれない。
歴史において、人間のミイラは、食べ物、室内ゲームなどにも使われていた。添い寝のお供として、ベッドにまで持ち込まれたケースもあったようだ。
こうしたことを考えると急に、絵の具として使われたのはそれほど悪いことではなかったような気もしてくる。
現在「マミーブラウン」という名の顔料はあるが、もちろん、その成分はミイラではない。
References:"Mummy Brown" Paint Used Ground Up Human Remains To Make Art | IFLScience/ written by konohazuku / edited by /parumo
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