結局、「総合商社」は何がスゴいのか?“投資の神様”バフェットはこう考える

結局、「総合商社」は何がスゴいのか?“投資の神様”バフェットはこう考える

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/09/16
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バフェット好みの苦難を乗り越えてきた伝統ある企業

投資の神様バフェットが、日本の5大総合商社の投資へ踏み切ったのは「日本の輝かしい未来」への投資という側面が大きいことは、9月4日の記事「バフェットが認めた『日本の強さ』の正体…5大商社株式取得に動いたワケ」で述べたとおりだ。

しかし、それだけではない。今のところ世の中であまり意識されていないのは、5大総合商社が長い歴史の上に成り立っていることである。

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photo by Gettyimages

例えば、バフェットの投資先として有名なコカ・コーラは1892年にジョージア州アトランタ、アメックスは1850年にニューヨーク州 バッファロー、P&Gは1837年にオハイオ州 シンシナティで創業した。

バフェットは、「建国以来米国に投資する戦略が間違ったことはない」と言うが、いくら米国が発展しても、無数の企業が倒産してきたこともよくわかっている。

例えば、ITバブル華やかりし頃、ある講演で居並ぶIT起業家を前にしてこんな話をしたことがある。

「私が今、手にしている電話帳ほどもあるリストには、米国自動車産業黎明期のメーカーの名前が連ねられています。自動車産業はそれから今日まで発展しましたが、現在残っている自動車会社は何社ですか?そう、たったの3社です!」

もちろん、バフェットは「今天下をとった気分になっている『なんとかドットコム』という名前のあなた方の会社も、いくらIT産業全体が発展しても消えてなくなるのですよ!」と言いたかったのである(世界最大の自動車メーカーであったGMの凋落については、9月14日公開の「ホンダは『腐った鯛』GMと業務提携してうまくやっていけるのか」参照)。

当時、IT企業に投資しない方針であったバフェットは、「ITが分からない時代遅れのポンコツ」などとオールドメディアに揶揄されていたので「意趣返し」とも言えるが、その後どうなったかは改めて説明するまでもない。

もちろん、ITバブルの崩壊だけではなく、前述のバフェット投資先企業は大恐慌、第2次世界大戦、冷戦、リーマンショックなどを乗り越えて発展してきた。

「過去の困難を乗り越えた企業は、将来の困難も乗り越える可能性が高い」というのがバフェットの考えであり、5大総合商社を選択したのもその「生き残りの歴史」を高く評価したためであろう。

戦後においても、総合商社は「商社冬の時代」を乗り越え、幅広い分野で事業を行っているので「防衛力」が高い。

坂本龍馬に遡る商社

福山雅治主演のNHK大河ドラマ「龍馬伝」(2010年放映)で香川照之演じる岩崎弥太郎(三菱財閥の始祖)は、あくまでさわやかな福山演じる坂本龍馬と好対照であったが、鬼気迫る演技で主役を凌駕するほどの強烈な印象を我々に与えた。

このドラマに描かれていたように、坂本龍馬の海援隊(日本で初めての株式会社とされる)が、1867年の近江屋事件後に後藤象二郎に委ねられ、さらに岩崎弥太郎に継承され九十九商会となった。これが三菱の源流である。

九十九商会は後に、三菱商会、三菱蒸汽船会社(後に郵便汽船三菱会社として日本郵船が分離)、三菱社と変遷している。

例えば、明治時代の日本企業による海外進出は、まず三井物産が進出し、日本郵船が航路を開き、横浜正金銀行(現・三菱UFJ銀行)が支店を出すと言われ、日本の外交官から「公館(大使館・領事館)無けれど物産あり」とまで言われれたほどだ。

その三井物産の源流は、明治初期に外国の商館に牛耳られていた貿易を日本人の手に取り戻そうと、井上馨や益田孝らによって設立された先収会社にある。

井上馨の政界復帰に伴い、益田孝らが三井家の支援を得て先収会社の志を引き継ぎ、その商権等を元に旧三井物産が1876年に設立された。

もちろん三井財閥の歴史はもっと古い。平安末期の1100年頃、京都を離れ近江で三井の性を名乗っている(家伝によれば平安時代の関白太政大臣藤原道長の後裔であるが、確認できる資料は残っていない)。

伊藤忠商事は、1858年、初代・伊藤忠兵衛が麻布の「持ち下り」行商を開始したことをもって創業としている。丸紅もルーツはまったく同じであり、後に分かれた。

住友商事は、最も遅れて出発した。戦前の住友財閥には独立した商事部門がなく、住友商事は、戦後発足した総合商社である。これは、第3代総理事・鈴木馬左也が1921年に「商社設立禁止宣言」を発したからである。「浮利を追わず」という住友家の家訓を極めて厳格に解釈したものと思われる。

しかし、住友家の先祖は平家一門といわれる。桓武天皇の曾孫・高望王の22代目に備中守忠重が現れ、「住友姓」を称し、室町将軍に仕えたとされる(「始祖」)。

「家祖」といわれるのは、忠重から数えて8世にあたる住友政友であり、彼が京都で書籍と薬を商う「富士屋」を開き、商家(後の財閥)としての住友家を興している。

一般的にはこれ以降が住友財閥の歴史とされる。結局、財閥としての長い歴を生かして急速に追い上げ、住友商事も5大総合商社の重要な一画を占めるようになった。

単なる卸や仲介業ではない

明治維新は1867年であり、その前後に前述のバフェット好みの米国企業が誕生している。明治あるいはそれ以前から長い歴史を持つ総合商社を「日本への長期投資」として購入したバフェットの心中がよくわかる気がする。

このような歴史的背景もあって、様々なビジネスに関わりを持っているのが総合商社である。

一般的に商社というのは、物やサービスを仲介する卸などのビジネスと似ていると思われがちだが、総合商社のビジネスモデルはかなり違う。

むしろバフェット率いるバークシャー・ハサウェイと似ていることは、前述の「バフェットが認めた『日本の強さ』の正体…5大商社株式取得に動いたワケ」記事中で述べた。

もちろん、総合商社にはバフェットという傑出した司令塔は存在しないが、それは(90歳を迎えた……)「バフェット後」のバークシャー・ハサウェイも同じである。

バフェットが事実上(もともと繊維会社であったものをバフェットが「業態転換」した)一代で築き上げたバークシャーの未来のあるべき姿を、場合によっては平安期まで遡る総合商社の歴史の中に見出したのかもしれない。

ますます重要になる資源エネルギーでの地位

もちろん、総合商社が、バフェットが重要視しかつ得意としている資源・エネルギー分野での事業に強いことも今回の「選択」の重要な理由の1つである。

バフェットが2003年からペトロチャイナに投資を始めたことは、前述記事ですでに述べたが、石油精製部門やガソリンスタンドのチェーンを持つペトロチャイナであったことは重要だ。

資源・エネルギーが極めて重要なものであることは、5月6日の記事「原油先物マイナスでも『世界は化石燃料で回っている』と言えるワケ」で述べたが、資源・エネルギーが市況商品であり大きく価格が変動することも事実だ。

バフェットは、価格が大幅に下落して採掘部門が厳しい状況に追い込まれても、ガソリンスタンドの運営や精製などの付随部門でショックを和らげることができる、ペトロチャイナのような企業を好む。

総合商社の場合は、さらに幅広い事業を行っているから、より強力な「クッション」を持っていることになる。「防衛力」にすぐれた企業がバフェット好みである。

さらに深刻になると思われるのが食糧問題だ

カーギルなどの巨大穀物商社がない日本では、総合商社がその役割を担っている。今後やってくるであろう「食糧問題」については、9月13日公開の「パンデミック後の世界で『ヤバいインフレ』が確実に起きるワケ」でも触れたが、特に食糧の輸入において総合商社の存在感は大きい。

長い間農産物価格が低迷してきたため、全体に占める売り上げ比率はそれほど大きくない(比率が高い総合商社も一部ある)が、価格が高騰すればビッグビジネスになる。

その時には、「食糧確保」が重要な国策になるであろうし、明治期のように「総合商社が日本の顔」として活躍するかも知れない。

もちろん、食糧危機はやってこない方が良いのだが、その可能性は高まってきていると思う。

トヨタ通商も注目

今は5大総合商社ばかりが注目されるが、1970年代前半までは「10大商社」が一般的であった。三菱商事、三井物産、住友商事、伊藤忠商事、丸紅(丸紅飯田)、日商岩井(日商)、トーメン、ニチメン、兼松江商(兼松)、安宅産業の10社である。

「商社冬の時代」を経て5大総合商社以外は消滅したりプレゼンスが大幅に低下したりした。バフェットが示した歴史のとおりである……

しかし、私はトヨタ通商に注目している。上記の10大商社の中のトーメンを吸収したのだが、いまだに利益に占める自動車関連部門の割合は高い。

それでも、売り上げや利益では5大総合商社に迫りつつあるし、資源・エネルギー部門の割合が低いので、今回のパンデミックの痛手も少ない。

バフェットの選択は、5大総合商社以外の商社、さらには日本企業の価値を改めて見直す良いきっかけになったのではないだろうか?

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