進化学の金字塔「進化論」 DNA時代の矛盾を解消する説とは

進化学の金字塔「進化論」 DNA時代の矛盾を解消する説とは

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/12/06
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19世紀、進化論の誕生によって、人間の自然界における位置についての認識が確立し、この考え方を基礎に現在の人類進化学にまで発展してきました。

しかし、遺伝子の物質的本体であるDNAを直接扱う分子進化学が進んでくると、「進化論」以来の「有利な突然変異をもつ個体だけが進化の過程で生き残ってゆく」という自然淘汰の考えに矛盾する現象が多数発見されるようになりました。

「人間の進化」という考えの変遷とともに、分子時代を迎えて誕生した仮説「中立進化論」について解説します。

人間観の変遷

地球上にはさまざまな種類の生物が存在します。私たち人間も、自分自身という特別な存在ではありますが、生物の一種です。人間に似た生物であるサルがこの世界に存在することは、大昔から知られていました。古代エジプトで描かれたサルの絵が残されたり、日本でも古墳時代にニホンザルの埴輪(はにわ)がつくられました。

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古代エジプトの壁画に描かれたヒヒの絵 photo by gettyimages

西暦2世紀のローマ帝国時代に、当時までの医学の知識を集大成したガレノスは、人間の解剖が禁じられていたため、人間に似たサルを使って解剖をしたといわれています。日本にはおそらく人間が日本列島に到達する前からニホンザルが生活していたと思われますが、猟師がいろいろな獣を殺すときにも、イノシシやタヌキと違ったいやな気持ちになって、サルを撃つのをやめることもあったそうです。

一方で、同じ人間であっても、顔かたちや皮膚の色の違いによって、まったく異なる生物ではないかと考えられたこともありました。たとえば、1492年にコロンブスが新世界に到達してから、新大陸アメリカに住む人々の存在がヨーロッパに知られましたが、彼らが人間であるかどうか、最初は議論がありました。

このように、人間と他の生物とのあいだの連続と断続については、昔からいろいろな考え方がありました。

進化論の誕生

人間観は、進化論の登場によって、それまでの見方から一変します。近代的進化論の最初は、フランスのジャン・バティスト・ラマルクが1809年に提唱したものです。しかし、人間の進化についての最初の深い洞察は、現代に続く進化学の基礎を確立したイギリスのチャールズ・ダーウィンが行ないました。

彼は生物の進化を論じた『種の起原』を1859年に発表した直後、キリスト教会から、創造神がつくりあげたものであるはずの人間の存在が、サルから進化したものであるという大転換が生じるとして、強い反発をくらいました。ダーウィンは進化論が世間に浸透してから後の1871年に『人間の由来』を著わし、人間の進化について堂々と論じました。彼は慎重ながら、ヒトがチンパンジーやゴリラと似通っていることから、人間のアフリカ起源説を唱えました。

ダーウィンと同じイギリスの生物学者トマス・ヘンリー・ハクスリーは、進化論を強く擁護し、「ダーウィンのブルドッグ」とよばれました。彼は1863年に『自然における人間の位置』と題した著書を発表し、類人猿と人間との類似性を示しました。彼の授業を聴講した若きH・G・ウェルズが大きな影響を受け、その後『タイム・マシン』というサイエンス・フィクションを書く示唆を与えられたことが知られています。

一方、ドイツのエルンスト・ヘッケルも進化の考え方を広めました。ヘッケルは、生命の系統関係を樹木になぞらえて示しました。このため、系統樹という言い方が現在では一般的となっています。オランダのデュボアはヘッケルの考え方に強い影響を受け、人類の直接の祖先は東南アジアで誕生したと考えて、インドネシアで研究をし、ついにジャワ原人の化石を発見しました。

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系統樹と人間の自然界における位置についての現在の認識 illustration by saori yasutomi

現在の人類進化学は、ダーウィンやハクスレー、ヘッケルの考え方を基礎に発展してきたものだといってよいでしょう。つまり、すでに150年以上の歴史があることになります。

分子進化学の誕生と中立進化論

20世紀後半には、遺伝子の物質的本体であるDNAを直接扱う研究が急速に発展しました。それによって生物の進化をタンパク質やDNAなどの分子レベルで研究する分子進化学が1960年代に誕生しました。はじめはDNAの塩基配列を簡単に決定できる方法がまだ発明されていなかったので、いろいろな生物のタンパク質のアミノ酸配列を決定して比較していました。

その結果、自然淘汰の考えではうまく説明できない現象が多数発見されるようになりました。同じ種類のタンパク質(たとえばヘモグロビンを構成するグロビン)のアミノ酸の違いをいろいろな生物で比較すると、アミノ酸の変化する量がほぼ時間に比例していました。進化速度が一定であり、時計のように規則正しく時を刻んでいるように見えるので、この現象を分子時計とよびます。

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分子時計 illustration by saori yasutomi

このような一定性は、従来の骨や歯の形の進化を扱っていた研究では考えられないものでした。

木村資生の中立進化論

これらの矛盾を解消できる新しい仮説として、日本の木村資生(きむら・もとお)が1968年に、続いて翌1969年にはアメリカのジャック・レスター・キングとトーマス・ジュークスが、それぞれ中立進化論を提唱しました。

中立進化論では突然変異を進化の原動力として考えます。突然変異は無秩序に生ずるので、生物にとって有害なものも多数生じますが、これらは短時間のうちに消えてゆくので、長期的な進化には寄与しません。この過程を、負の自然淘汰あるいは純化淘汰とよびます。この部分については中立進化論でも淘汰進化論でも同じ見解です。

両者の見解が大きく異なるのは、進化に長期的に寄与する突然変異についてです。淘汰進化論では、生存に有利な突然変異をもつ個体だけが進化の過程で生き残ってゆくと考えます。この過程を正の自然淘汰とよびます。しかし突然変異が生じても、生物が生きてゆく上であまり影響がないことがあります。これを淘汰上中立であるといいます。

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淘汰進化論と中立進化論の違い illustration by saori yasutomi

このタイプの中立突然変異は、生物の生存に有利な突然変異よりもずっと頻繁に生じます。このような中立突然変異をもつ個体が子孫を増やせるかどうかは、以下で説明する遺伝的浮動によります。たまたま運よく生き残る中立突然変異遺伝子もあれば、他のものより生存に有利に働く遺伝子であっても、運悪く消えてゆくものもあるのです。

その結果、生き残る遺伝子の大部分は中立突然変異になります。これが中立進化論の立場です。中立進化論では、少数ながら生存に有利な突然変異が生き残っていることも認めています。

遺伝的浮動と自然淘汰

遺伝的浮動とは、遺伝子の割合を表わす遺伝子頻度が偶然に変化する現象であり、生物の個体数が有限であることから生じます。具体的な状況を考えてみることにしましょう。

ある地域に男女が50人ずつ、100人で生活しているとします。この親世代から次世代が生じます。これらの人間がもつある特定の遺伝子座については●と○の2種類の遺伝子があり、同じタイプが2個ある個体はホモ接合体であり、●と○を1個ずつもっている個体はヘテロ接合体です。

100人が2個ずつ遺伝子をもっているので、遺伝子は全部で200個あります。ここで、親世代では●遺伝子が40個、○遺伝子が160個あったとしましょう。このような遺伝子の割合を遺伝子頻度とよびます。親世代では●遺伝子頻度は0.2(=40/200)となります。

親世代がつくりだした卵と精子が合体して受精することにより、次世代の人間が生まれてきます。男女が相手をえり好みをすることなく、任意に(ランダムに)交わる相手を決めているとすると、遺伝子の動きだけを考えれば、親世代から子世代への遺伝子の伝達は、任意抽出をしていることになります。これは偶然だけが遺伝子の伝わり方を左右する過程です。

自然淘汰のない状況なので、子世代も親世代と同じ遺伝子頻度になることが期待されますが、実際にそうなる可能性は高くありません。親世代における●遺伝子の遺伝子頻度(0.2)は、次世代に伝えられる配偶子(精子と卵)が●遺伝子をもつ確率と考えることができます。次世代でも親世代と同じ100人(遺伝子は200個)であれば、次世代における●遺伝子の個数は、確率0.2、全体の個数200の二項分布にしたがいます。

二項分布というのは、2種類の現象のどちらかが起こる場合に使われる確率分布です。ここでは、●遺伝子と○遺伝子のどちらが子孫に伝わるのかが問題になります。合計で200個の遺伝子がありますが、そのうちの40個が●遺伝子、残りの160個は○遺伝子であるという確率を求めてみましょう。

ひとつひとつの●遺伝子が40個次の世代に伝わるのは、いつも同じ確率(●遺伝子の頻度である0.2)になるので、0.240となります。同じく○遺伝子が160個伝わるのは、○遺伝子の頻度である0.8が確率となり、0.8160です。

これだけでは不十分であり、●遺伝子と○遺伝子の組み合わせの可能性である、200C40(200から40個を選ぶ)をかけて、結局以下のような確率が計算されます。

200C40×0.240×0.8160=0.07037

残りの大多数(約93%)の場合には、子世代での遺伝子頻度は親世代の0.2から変化するのです。このように、生物の個体数が有限である以上、遺伝的浮動は必ず生じます。

このような遺伝子頻度の変化が毎世代生じます。図は、こうした時間変化をコンピュータシミュレーションで計算した結果を示しましたものです。疑似乱数を用いて偶然を近似しています。

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遺伝子頻度のシミュレーション(初期頻度0.2、5回の試行、N=1000、10000)。上の図も下の図も、縦軸は遺伝子頻度を、横軸は世代を表わす。上は1000人の集団、下は10000人の集団の場合で、どちらも最初0.2からタートし、遺伝的浮動による変化をそれぞれ5回の結果について示している table by saori yasutomi

遺伝子頻度のシミュレーション(初期頻度0.2、5回の試行、N=1000、10000)。上の図も下の図も、縦軸は遺伝子頻度を、横軸は世代を表わす。上は1000人の集団、下は10000人の集団の場合で、どちらも最初0.2からタートし、遺伝的浮動による変化をそれぞれ5回の結果について示している

自然淘汰の本質は、遺伝的に異なる個体によって、子供を残す割合が異なることです。実際には遺伝子だけでなく、同種や多種の生物を含む周囲の環境との複雑な相互作用によって、子供を残す割合が変化する可能性があります。遺伝子頻度が自然淘汰によって時間的に変化する過程は数学的にモデル化できます。

また、突然変異という、もっと重要な変化もあります。遺伝子の頻度が短期間に変動する様子を考察する場合には、突然変異の出現は無視することができますが、長期的な進化を考える場合には、突然変異の出番になります。突然変異は偶然に生じてくるので、生物進化にとって偶然がいかに重要であるか、認識していただけたでしょう。

遺伝子頻度の時間的変化の計算については、この度刊行された『図解・人類の進化』で詳しく解説しました。この本は、2009年に単行本として刊行された『絵でわかる人類の進化』を、必要な加筆訂正の上、手に取りやすい新書版としてブルーバックスから、再刊行となったものです。

人類の進化を考えるためには、多彩な研究分野の成果を知る必要があります。本書は、進化の根本であるゲノムDNAの変化を研究する分子進化学、化石骨を中心に研究する古人類学、地層の年代や骨の成分を研究する先史学、および形態の進化を遺伝子から調べる発生進化学のそれぞれの専門家が、わかりやすい図表とともに、分担して執筆したものです。ぜひ、ご一読ください。

*記事中のイラストには、『図解 人類の進化』収載のものがあります。イラストレーター・安富 佐織(Saori Yasutomi)

図解 人類の進化 猿人から原人、旧人、現生人類へ

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編・著 斎藤 成也/著 海部 陽介、米田 穣、隅山 健太

化石や遺伝子の研究から、われわれ人類の進化の過程が明らかになってきました。第一線の研究者たちが、進化の基礎からゲノムの話題まで、豊富なイラストを使って、初心者にもわかりやすく解説します。2009年に刊行した『絵でわかる人類の進化』に加筆修正した新書版。

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くわしくは、https://gendai.ismedia.jp/list/books/bluebacks/9784065261361

[試し読み]『図解 人類の進化』——猿人から原人、旧人、現生人類へ

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