妻がマルチ商法にハマり、娘を連れて家を出るまでの話

妻がマルチ商法にハマり、娘を連れて家を出るまでの話

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/01/13
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30万PVの大反響を呼んだnoteをもとに、自身が直面した体験、そして同じような苦しみを抱えた人たちの話を書き下ろし、一冊にまとめた書籍がズュータンさんの『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』だ。いったいマルチ商法とは何か、そこにハマるとはどういうことなのかをリアルに伝えてくれる本書の発売を記念して、一部抜粋の上、ご紹介する。

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僕の家庭は崩壊した

窓から射し込む陽の光と、からだに温かな重みを感じて、眠りから目を覚ます。幼稚園の制服に着替えた娘が覆いかぶさり、ケラケラと笑いながら僕の顔を覗き込んでいる。僕は毎朝そうやって目を覚ましていた。
「行ってらっしゃい」
遅く起きた僕は、娘を電動自転車に乗せて幼稚園へと送っていく妻の姿を見送る。

湘南新宿ラインの、とある駅から歩いて25分かかる山の上に、真っ白い狭小邸宅が建っている。そこが妻と娘と僕が暮らす家だった。
35年の住宅ローンを組んで新築の家を建てることにためらいはあったが、妻と娘の「海の近くにおうちがほしい」という願いをかなえてあげたかった。

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写真はイメージです Photo by iStock

ただひとつ、当時の僕には気にかかっていることがあった。妻がマルチ商法の製品を愛用しはじめていたことだ。
妻の瞳はいつも慈愛に満ちていたが、マルチ商法をはじめてからは感情のない冷たいガラス玉のように見えた。たしかに妻はそこにいるのだが、僕の知っている妻ではなく、知らない誰かと暮らしているように感じられた。

やがて妻と娘は同じ会社の製品を愛用する仲間が乗ってきた車に迎えられ、去っていった。妻と娘の持ち物も家財道具もすべて一緒に運ばれていった。そして妻と娘は仲間の家で暮らしはじめた。将来に備えて貯めていたお金はすべてなくなっていた。僕はひとり家に取り残された。状況が理解できず、ただ混乱するばかりだった。

そうして僕の家庭は崩壊した。それから5年経つが妻とは一度も顔を合わせていない。
娘とは数回会ったきりだ。

マルチ商法は法的に認められた販売形態

みなさんはマルチ商法と聞くと、どういうイメージを持つだろうか?
「なんかいかがわしい……」「稼げると思ってはじめてもうまくいくわけない……」「失敗して在庫や借金を抱える」など、悪い印象を持っている人は少なくないかもしれない。イメージとしても、金銭的なダメージしか想像できないのが普通だろう。

ここでマルチ商法について簡単な説明をしておきたい。

まず、マルチ商法は違法なビジネスではなく、悪意を持って使われる呼称でもない。法的に認められた連鎖販売取引という販売形態の通称だ(特定商取引法第33 条)。一般的な商品流通とは異なり、購入者が新たな購入者を勧誘し、その相手に販売することで手数料を得るビジネスを指す。この連鎖販売取引が日本では俗称としてマルチ商法と呼ばれ、公的機関でも使われている。なので、ここで「マルチ商法」と言ったとき、それは「連鎖販売取引」を意味することをご理解いただきたい。

このように、マルチ商法は合法なビジネスだ。ただし、問題の起きやすい商法でもあるため、特定商取引法で厳しい規制を受けている。たとえば、勧誘する際は勧誘目的で会うことを事前に告げなければいけない、不実告知(「絶対儲かる」「このサプリを飲んでいれば病気が治る」など)や威迫困惑行為(「断られたのに再度勧誘する」など)をしてはいけない、など。しかし、企業が知らないところで会員が規制を破って活動していることはままあり、そのために上記のような良くないイメージにつながっているのだと考えられる。

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「この浄水器の水を飲めばガンも治る」「この化粧品だと必ずアトピーは良くなる」といった効能に関して事実を超える場合は違法になる Photo by iStock

しかし、こうした「悪質なマルチ商法」の被害を受けると言ったとき、その本質は「お金」にはない。その人の「人格」を変えかねないところにこそ、本当の恐ろしさがあるのだ。

妻と娘がいなくなって情報を集め続けた

妻と娘がいなくなったあと、僕は妻の身に何が起きていたのか、「事実」を知らずにはいられなかった。自分の置かれた状況を、少しでも客観的に「理解」したかった。そうでなければこの現実に押しつぶされそうだった。

気づいたら、マルチ商法に関するネットの記事や書き込みを検索して情報を集めていた。ツイッターで同じような状況に陥っている人の声を探した。マルチ商法の会員たちが集うフェイスブック・コミュニティーに投稿される言葉を見て、彼らに共通する思考や行動様式を調べた。マルチ商法会員の近所の住人に聞き込みをした。会員たちがよく打合せや勧誘をしているカフェで張り込みをして、会話をメモしたりもした。

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なぜマルチにハマったのか、なぜ家庭は崩壊したのか。その理由を客観的に考えたくて、同じような状況の声を探した(写真はイメージです)Photo by iStock

自分の心情をツイッターで投稿することもはじめた。すると、同じような境遇にいる人からの声が集まりはじめた。その声を記録として残さなければいけないと思い、その一部はnote で記事にして公開した。

5年間、そうした活動を続けて、マルチ商法で何かしらの問題を抱えているのは僕だけではなくたくさんいること。みんな、誰にも話せずに忸怩たる想いを抱えて苦しんでいることが見えてきた。

しかし、何よりも伝えなければいけないと思ったのは、マルチ商法が「人対人」の閉じた世界で行われるため、そこで何が行われているのかが、外にいる人たちの目にはなかなか届かない構造になっていることだ。だからこそ、マルチ商法にまつわる出来事の数々は、これまで文字として記録に残されることがほとんどなかったのだと思う。

たとえば、マルチ商法に手を出すのは「お金に目がくらんだ若者」というイメージが強いかもしれない。実際、春になると様々な大学が学生に対して注意喚起をしている。しかし、あるマルチ商法企業の会員データを見ると、その幅は20代から高齢者までと広く、上記のようなイメージとは違っている。また、当事者からの声を集めてわかったことだが、職業も生活環境もバラバラだ。もちろんある程度のパターンはあるものの、相手に合わせて勧誘の手法も違ってくる。

ただ、マルチ商法で問題を抱えている人たちに、ひとつだけ共通していることがある。それはみな「まさか自分が、自分の身近な人が、マルチ商法にハマるなんて思いもしなかった」ということだ。これは、「誰しもがマルチ商法にハマる可能性がある」ことを示唆している。それは決して非日常的なことではなく、日常と背中合わせのことなのだ。

妻はなぜマルチ商法に傾倒したのか

僕の妻は、地域の民生委員を務める平泉さん(仮名)という身近な60 代の女性から勧誘された。その頃僕と妻は30代半ば。3歳の娘と陽当たりの良いマンションで平和に暮らしていた。

だが困っていたことがあった。同じマンションの住人に、自転車置き場にとめていた電動自転車にいたずらをされていたのだ。自転車を倒されたり、かごにゴミを入れられたり、サドルを汚されたり、いたずらは日に日にエスカレートしていき、そのうち娘に危害が加えられるかもしれないという恐怖から新たな自転車置き場を探さなければいけなくなった。

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駐輪場で自転車にいたずらされて困っている。その相談をしたことが、マルチ商法にハマるきっかけだった(写真の場所は本文と関係ありません) Photo by iStock

そこで妻から「平泉さんなら持っているマンションの自転車置き場を貸してくれるかも」と提案があった。妻が平泉さんに頼みにいくことにした。帰ってきた妻に「どうだった?」と聞くと、平泉さんと玄関先で顔を合わせるなり「子どもに何食べさせてるの?」と聞かれ、食や健康のことについて「あれ食べさせちゃだめだよね~」などと言う話で1時間ぐらい盛り上がったと聞かされた。「自転車もタダで置いていいって言われたよ~」と、うれしそうに話していた。
後日、「平泉さんに料理教室に誘われたから行ってくるね!」と、妻は僕に娘を預けて出かけていった。帰ってきた妻に「どうだった?」と聞いたら、「いままで行ったなかで一番立派な家だった」と興奮気味に話していた。

「それでね、X社だったの」

平泉さんの家は大きな壁に囲まれて、外からは建物が見えないほどの豪邸だった。ガーデニングに凝っていて見晴らしの良い場所に建っている。土地やマンションもたくさん持っている、地域では有名な大地主だ。そのときに妻から「それでね、X社だったの」と、僕の反応を確かめるように言われた。X社と言えばマルチ商法で有名ということだけは知っていたので、言われた瞬間、僕は「え?」と固まってしまった。当時の僕はX社のこともマルチ商法がどういうものかもよく知っていたわけではない。ただ良いイメージがなかったのは確かだった。妻との会話にマルチ商法を連想させる会社名が出てきただけで僕の中の危険センサーが鳴った。でも妻はX社のことを警戒している様子はまったくなかった。
むしろ「平泉さんと出会えてよかった!」「これから楽しくなりそう!」という感じだった。

***

「これから楽しくなりそう」からすぐに、自宅はX社の商品で溢れるようになったという。しかし当初ズュータンさんは不安を覚えながらも「商品を買っているだけだから」「これで儲けているわけではないから」と思い込むようにしていた。そして、新しい家に引っ越せば妻も良い方向に変わってくれるのではないか、X社もやめてくれるのではないかと期待を込めて、冒頭のように新築の家に引っ越したのだった。

ところがその後も製品はひっきりなしに届き、寝室に置かれたX社の空気清浄機の音に我慢できずにズュータンさんだけが寝室を別にするようになる。やがて、妻が実はママ友など周囲にもX社を勧めていたこと、友達に会うと嘘をついて平泉さんや、平泉さんより上級会員の徹子さん(仮名)のもとで頻繁に自己啓発セミナーを受けていることも発覚した。妻の実の姉に相談のメールを送ると、「私、ズュータンの気持ち、よくわかります。うちに泊まりに来たときもずっとあれを食べてはいけない、これを食べると病気になるとか、そんな話ばかりされてゲンナリしました。X社の話もしていました。妹は洗脳されてると思いました」という返信が来た。

ズュータンさんは否定しては心を閉ざすだけだと、妻からX社の製品の良さを教えてもらう作戦にも出た。しかし妻からメールで帰ってきたのは「セシウムに関しても完璧に取れると言った間違えた情報になってしまいました」「私を含めX社を好きな人って、そんなに他社のデータとの比較とか、内容成分を細かく調べたりしませんよ」「X社をやってる人が好き! 綺麗! パワフル! オッケー! やる! こんな感じです。3秒もかからない…」というような内容だった。ともに暮らすにはもはや限界が来ていた。

あとかたもなくなっていた

妻からメールが来て、娘が「パパどこ行ったの? パパと遊びたい」と言っていると言われた。「帰ってきてほしい」と。僕は1ヵ月ぶりに家に帰った。娘はすこし前に僕と観た『アナと雪の女王』が気に入ったらしく、また映画を観に行く約束をした。妻と話しあい、娘が幼稚園を卒業したら離婚しようと決めた。それまでに妻は娘と2人で暮らしていく準備をしたい。急に離婚して一人で娘を育てていくのは自信がないと言われた。X社にドはまりし、「お金のトラウマ」などと口走る妻が娘を育てられるのだろうか……。だが、僕はできるだけ妻を刺激しないように、あと一年を乗り越えようとした。せめて無事に、娘に幼稚園を卒業させてあげよう。それだけを目標にしてがんばろうと。

だけどX社だらけの家で、人格の変わってしまった妻と一緒にいることは耐えられなかった。相変わらずX社製品を買い込み、コンビニの前を通れば「コンビニに置いてあるものは身体に悪いものばかりだから」と怒りをおさえられない妻、スーパーに行けば放射能や農薬を気にして「こんな野菜を売るなんて」とおびえている妻、ドラッグストアに行けば「薬なんて身体に害しかないのに……、洗剤も化粧品もこんなにモノの悪い製品を置いているなんて」と愚痴をこぼす妻。そして空気清浄機の音に耐えられなくなった僕は、気づくとある朝「お願いだからX社をやめてくれ」と懇願していた。

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ズュータンさんも妻が変わっていく様に疲れ果てていた(写真の人物は本文と関係ありません)Photo by iStock

「X社はすごいんだよ。システムもTポイントカードみたいなものだよ!」と声を荒らげた妻に、僕は「マルチ商法だろ!」と言ってはいけないことを言ってしまった。それにたいして妻は「X社はただの通販だよ!」と反射的に強い口調で言い返してきた。そのときの妻の目にはX社をマルチ商法というやつは許さないという揺るぎない意志があった。妻の目が怖かった。気づいたら僕は妻に頭突きをしていた。僕の頭が妻のおでこにコツンと当たった。本気で頭突きするつもりだったが、ほんのすこしだけ冷静さが残っていた僕は、当たる直前で力を抑えた。

だが妻のおでこに当たってしまった。これまで手を出さないように気をつけていたが、頭が出てしまった。僕は、いままで抑えてきたものを押しとめることができなかった。「出てってくれ! X社の製品も全部家から出してくれ!」と。そう言い残し、僕は家を出た。

夜、家に帰ると、妻と娘の姿はどこにもなかった。X社の製品は、すべて家からなくなっていた。平泉さんとX社の仲間たちが家にやってきて、荷物を運び出していたことは察しがついた。他にすぐに家に来て荷物を運び出せる人は思い当たらなかったから。それ以来、妻と娘が帰ってくることはなかった。妻と娘が平泉さんの家で暮らしはじめたのを知ったのは、だいぶあとになってからだった。

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妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話
第1章  妻がマルチ商法にハマり、家を出るまでの2年間
第2章  離婚調停―妻の身にいったい何が起きていたのか?
第3章  SNSで被害を発信しはじめたら起こったこと――5人の被害者たち
第4章  マルチ商法と社会の闇
第5章  家庭崩壊した僕が、今伝えられること
ズュータンさんが不安にかられながらもなんとか妻とうまくやれないか道を探っている様子も詳細に描かれている。本記事は「はじめに」と「第1章」より抜粋の上掲載したものである。

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