プーチンの嘘を暴き続けるネット調査報道集団「べリングキャット」のスゴ技

プーチンの嘘を暴き続けるネット調査報道集団「べリングキャット」のスゴ技

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  • 更新日:2022/06/23
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ネット調査報道集団「べリングキャット」はどうやってプーチンの嘘を暴き続けているのか――?

ウクライナ侵攻に関連してロシアがまき散らす数々の情報をフェイクだと見破り、証拠と共に国際社会に発信し続けている「べリングキャット」。実は、この調査報道集団vsロシアの情報戦の歴史は2014年にまでさかのぼる。彼らはどうやってプーチンの嘘を暴き続けているのか? 在英ジャーナリスト・木村正人氏がレポートする。

【写真】べリングキャットの首席ロシア調査員クリスト・グロゼフ

■「やり方さえわかれば誰にでもできるよ」

「米英の軍や情報機関が、なぜロシア軍がウクライナに侵攻してくるかを正確に分析できるかだって? 偵察衛星の画像(イミント[IMINT])や通信・電磁波・信号の傍受(シギント[SIGINT])もあるけど、一番大きいのはべリングキャットのオープンソース・インテリジェンス(オシント[OSINT])だ」

ロシア軍がウクライナに侵攻する約1ヵ月前の今年1月末に、元米陸軍兵士で米民間警備会社を経営するマーク・ロペスがこう話したときは、筆者にはなんのことかわからなかった。ロペスとは放射性物質の闇取引の取材で2015年に訪れたモルドバの首都キシナウで知り合い、何度かインタビューしている。

14年から4年間、現地でウクライナ軍を訓練指導した経験もあるロペスは、1月末の時点でロシア軍の全面侵攻とウクライナ軍の激しい抵抗を驚くほど正確に予測していた。

「べリングキャット」はユーチューブやツイッター、フェイスブック、テレグラムなど一般に公開されているSNS上の情報やデータを収集し、分析している民間調査機関である。内部告発サイト『ウィキリークス』や、米英情報機関の市民監視システムを暴露した米国家安全保障局(NSA)元局員エドワード・スノーデンのように、誰も知らなかった内部情報を扱っているわけではない。

筆者は設立者エリオット・ヒギンズに討論会で会ったことも、べリングキャットが主催するワークショップに参加したこともあるのに、ロシア軍のウクライナ侵攻に何がどう結びつくのかピンとこなかった。

ベリングキャットの名前はイソップ寓話(ぐうわ)『ネズミの相談(Belling the Cat)』に由来する。ネコに襲われないようネズミたちが相談して「ネコの首に鈴をつけよう」と決めるものの、いざ実行するとなると、どのネズミも手を挙げようとしないというストーリーだ。その名には誰もが怖(お)じけづく困難な調査に取り組むという志が込められている。

「オープンソース・インベスティゲーション(公開情報調査)って、そんなに簡単にできるの?」と素朴な質問をぶつける筆者に、ヒギンズは「何も特別なことじゃない。やり方さえわかれば誰にでもできるよ」と気さくに答えた。

若者に交じって参加したワークショップでは、講師が「違法なハッキングとは違い、合法で文字通りオープンなんだ」と何度も強調した。

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べリングキャット創設者・エリオット・ヒギンズ

■動画とグーグルマップで場所を特定する技術

当初は「ブラウン・モーゼズ」というペンネームでブログを書いていたヒギンズの話を初めて聞いたのは14年1月、ロンドンにあるジャーナリストのたまり場・フロントラインクラブで開かれた討論会だった。

隻眼(せきがん)の女性戦争特派員マリー・コルヴィンが12年2月に砲撃を受けて死亡してから、多くの米欧ジャーナリストがシリア内戦から撤退した。「情報の真空地帯」となったシリアでどのように情報を集めるかが討論会のテーマだった。今ではヒゲをたくわえ、白髪が目立つ哲学者風のヒギンズは、当時はまだふっくらしていて素人っぽかった。

「リポーターになろうとか、ジャーナリストになろうとかは考えていなかった。ただ興味があることを始めただけだよ」

ヒギンズは楽しそうに話し出した。

「自分が書いた情報を表に出したくなったんだ。そのうち無報酬で記事を書いてくれと依頼されるようになり、自分はどんなテクニックを使っているのだろうと考え始めた。人々は知らず知らずのうちに膨大な情報を作り出しているのに、誰もそれに注目していない。そこで、ほかの人にも自分のノウハウを教え出した」

コルヴィンが死んだ翌月からシリア内戦に関してブログを書き始めたヒギンズは「いったい何が起きているのか」と、SNSに投稿されたシリア内戦の写真や動画から武器を調べた。

武器をひとつひとつウィキペディアや軍事サイトで照合する。すべての武器をそらんじて言えるようになっていた13年始め、これまでにお目にかかったことがない4種の武器を見つけた。

「自由シリア軍に属する反政府武装勢力は、それがトップシークレットであるにもかかわらず、新たに手に入れた武器の動画をオンラインに投稿せずにはいられなかったらしい。教室いっぱいに戦闘員がいて、前のテーブルに武器が置かれていた。黒板に戦車の絵が描かれ、こうやって武器を使うんだと図解されていた。これは異常なことだとすぐに気づいたよ」

そのひとつが旧ユーゴスラビア製の携帯式対戦車ロケットランチャー「M79オーサ」だった。シリア政府軍はM79オーサを持っていない。旧ユーゴ製武器をシリアのあちこちで見かけるようになったヒギンズはブログで報告した。米紙「ニューヨーク・タイムズ」から連絡があったとき、この話をすると「面白い」と持っていた資料をすべて持っていかれた。

「彼ら(ニューヨーク・タイムズの記者ら)が武器の動画や撮影場所の地図を米政府機関に持っていったら、それがもともとクロアチアの武器で、サウジアラビアが購入してヨルダンに運ばれ、シリアに密輸されていることがわかったんだ。

米国で1面のニュースになった。そのとき、ジャーナリストは忙しすぎるし怠け者だから、SNS上の情報を自分で調べたり、事実関係をチェックしたりするのは無理だと気づいたのさ」

SNSに投稿される動画や写真はジオタグ(位置情報)などメタデータが消されていることが多い。ヒギンズ流オシントの肝は撮影場所の特定だ。「ユーチューブの動画とグーグルマップを使っただけの本当にシンプルなテクニックだ」と言って、11年のリビア内戦時にリビア反政府軍が投稿した占領作戦の動画を取り上げ、実演してみせた。

「戦車が道路を走っている。道幅はかなり広い。外観のはっきりしたモスク(イスラム教の礼拝所)も見える。これがランドマークになる。グーグルマップでとても広い道路の隣にあるモスクを見つける。ドームやミナレット(塔)があり、道もカーブしている。これで場所が特定できた」

こうしてランドマークを使う以外に、道路の形状を指紋認証のように使って地図にはめ込むテクニックもある。

■ネットでつながるアベンジャーズ

ヒギンズはこのとき、世界最大の検索エンジン、グーグルの支援を受けて新たなサイトを立ち上げることをほのめかした。それがべリングキャットだった。ヒギンズとネットでつながった仲間たちは米マーベル・コミックの『アベンジャーズ』に似ている。ネット世界に広がるデマ、プロパガンダ、偽情報と戦う超(スーパー)オタクが現代のヒーローだ。

「当時の僕にとっては正直なところ、ネット上の議論に勝つことだけが目的だった。ある意味、今でもそうだけどね」

ヒギンスは著書『We Are Bellingcat:An Intelligence Agency for the People』(日本語版タイトルは『ベリングキャット デジタルハンター、国家の嘘を暴く』)の出版に合わせて昨年2月、ロンドンの外国人特派員協会でオンライン記者会見に応じたとき、少しおどけてこう話した。

実際、ヒギンズは専門家でもなんでもない。自宅で幼い娘の子守りをしながらシリア内戦のスクープをものにした「失業中の主夫」と米CNNに報じられたこともある。

14年7月に起きたマレーシア航空17便撃墜事件がべリングキャットのデビュー戦となった。

「設立3日後だった。オンラインで多くの人が注目する国際的な事件が大きな"触媒"になった」

オンラインゲームで大きな集団を組織した経験があるヒギンズは、志を同じくするネット上の仲間に声をかけて非公式のチームをつくった。手がかりは「犯行に使われた兵器」としてユーチューブに投稿された旧ソ連製防空ミサイルシステム「9K37ブーク」の動画だった。

ヒギンズがこの動画をツイッターにアップすると、真実を知りたいという動機に突き動かされた世界中の素人探偵や、その筋の専門家から情報が寄せられた。

同じ場所に同じ傷のあるブークが映った多くの動画から時間と場所を割り出し、つなぎ合わせる。するとロシア軍の第53対空旅団にたどり着いた。2ヵ月後、出発からミサイル発射までの一部始終をSNS上の公開情報であぶり出し、「ロシア政府はこの悲劇に責任を負う」と指弾した。

「地元のレスター警察に呼ばれて行くとオランダの調査官がいた。数時間にわたって順を追い、僕たちが何をしたのかを説明した。そこで自分が無報酬のトレーニングコースを開いていると気づいたんだ。

その後、彼らも自分たちの公開情報調査チームを立ち上げた。当局がこれだけマジになるなら、僕たちはもっとこれにフォーカスすべきだと仲間たちに報告したんだ」

政策立案者も政府高官も政治家も特ダネ記者も、無報酬の長時間労働をいとわずオープンソースをウォッチし続けるヒギンズたち"超オタク・アベンジャーズ"に比べると何も知らないに等しかった。元米国防情報局長官のマイケル・フリンは在任当時、「かつて有益な情報の90%は秘密ソースから得ていたが、SNS登場後はオープンソースに変わった」と指摘している。

ロシア国内から1年前に内部告発があった

18年に英ソールズベリーで起きた元ロシア二重スパイ父娘毒殺未遂事件で実行犯の正体を暴いた、べリングキャットの首席ロシア調査員クリスト・グロゼフは、今年3月に開かれたグローバル・ジャーナリズムのオンラインセミナーで「私たちはこの1年、ウクライナ戦争が起きるのをスローモーションで見てきた」と打ち明けた。

「私たちのところには、実はロシアのシロビキ(情報機関や軍の国家主義者)から内部告発があった。しかしベリングキャットはソース(情報源)に頼って報道する伝統的メディアとは異なる。ソースはしばしば有用だが、情報を流す側の目的があり、使うときにはそうした目的やノイズを取り除いてやる必要がある」

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ソールズベリーの事件やロシア野党指導者アレクセイ・ナワリヌイの毒殺未遂事件、そして今回のウクライナ侵攻に関する調査で中心的な役割を担っているべリングキャットの首席ロシア調査員クリスト・グロゼフ

〈2022年3月頃にロシアでジャーナリストが投獄され、自由な報道機関は完全に閉鎖され、北朝鮮と同じ軍事独裁国家になる〉との情報は、その1年前に送られてきた。昨年12月には〈ウクライナに戦争を仕掛けることがアジェンダ(具体的な計画)になっている。プーチン大統領は戦術核を使うことも考えている〉と別の告発者が伝えてきた。

「私たちが信頼するのはソースではなくデータだ。それでデータを探した。今年1月から2月にかけ、ウクライナ国境近くにロシア軍が大規模に展開したとき、データが出始めた。表向きは演習と言っていたロシアが国境に武器を送っているかどうかについて嘘をつき始めたとき、これは単なる演習でも一種の威嚇でもないことを確信した」

グロゼフたちは第一の目的として「可能なら戦争を阻止しよう」と考えた。ロシア国営メディアがウクライナを悪者に仕立て上げて開戦の口実にする「偽旗作戦」を流すと、すぐに嘘を暴いて公開したが、米欧メディアは食いついてこなかった。

しばらくして戦争が始まった。グロゼフは目的を戦争阻止からロシアの戦争犯罪を立証するアーカイブ作りに切り換えた。

「この戦争が大多数のロシア人にとって受け入れ難いものにするには、ウクライナの民間人が巻き添え被害では説明できないほど大量に死傷していることと、ロシア兵の死傷者数の2点(どちらもロシア国内では正しい情報が報じられない)を明らかにする必要がある。

プーチンに直接圧力をかけることができなくても、プーチンが戦争を止めるよう周囲の人々に圧力をかけることができる」

ウクライナ戦争がこれまでの戦争と異なる点は「戦争のデジタル化」だ。プロパガンダ機関を独占していた国家と、データを解析して国家の嘘やデマ、プロパガンダを暴くべリングキャットが対等の立場になった。ある国家と対立する国家が垂れ流す情報の真偽を見抜いて、わかりやすい形で読者に伝える存在が不可欠になったのだ。

ソールズベリー事件の実行犯がロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の工作員だと割り出した秘密について、グロゼフは「私たちの調査のほとんどはロシアのリークデータやオープンソースデータに基づいている。モスクワの住所録、車の登録番号、電話番号、住所のデータベースが大量にある。これらを使えば軍人や工作員が特定できる」と種明かしをした。

そして冒頭の元米兵ロペスが教えてくれたように、ヒギンズとベリングキャットの"スクープ連発"を後追いしてきた米英軍・情報機関も今回のウクライナ侵攻では、同じオープンソースや手法を使ってプーチンの嘘を見破り、身動きが取れないようリアルタイムで公開してきたのだ。

歴史が勝者によって書かれる時代は終わった。スマホを持っている人なら誰でも歴史の断片を記録できる。独裁者プーチンも断片をつなぎ合わせた歴史から逃れられなくなった。その首には鈴がつけられている。ヒギンズは著書にこう記している。べリングキャットはこれまでになかったもの――ふつうの人のための情報機関なのだ、と。

●エリオット・ヒギンズ(Eliot HIGGINS)
べリングキャット創設者。1979年生まれ。英中部のレスターに住む「パソコンが趣味の会社員」だった30代前半の頃、"素人探偵"としてさまざまなニュースをネット上の公開情報から追いかけていたことが現在の活動の始まり。著書『べリングキャット デジタルハンター、国家の嘘を暴く』日本語版(筑摩書房、今年3月発売)によれば、世界各地に協力者や寄稿者がいるべリングキャットは非営利のNGOとしてオランダに本拠を置き、25人のスタッフを抱えている

●木村正人(きむら・まさと)
在ロンドン国際ジャーナリスト、元産経新聞ロンドン支局長。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)など

取材・文/木村正人 写真/ロイター/アフロ EPA=時事 SPUTNIK/時事通信フォト

取材・文/木村正人 写真/ロイター/アフロ EPA=時事 SPUTNIK/時事通信フォト

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