「目標は五輪金ではなく、4回転半」 羽生結弦が挑む前人未到の大技

「目標は五輪金ではなく、4回転半」 羽生結弦が挑む前人未到の大技

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  • 更新日:2021/05/03
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羽生結弦はSPで2位。「やれることはやった」。演技後、日本チームの応援席に向かってVサインを作った(代表撮影)

今季最終戦となるフィギュアスケート世界国別対抗戦が4月に大阪で開催された。各選手とも、北京五輪シーズンの来季につながる滑りを重視したようだ。羽生結弦はそこで4回転半に挑戦する姿を国内初披露した。AERA 2021年5月3日-5月10日合併号では、限界に挑み続ける羽生結弦選手の現在の心境を取材した。

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ストックホルムでの世界選手権を終えて半月あまりが経った4月15~18日。新型コロナウイルスの感染が拡大する大阪で、世界国別対抗戦は開催された。選手や関係者はバブルと呼ばれる、感染予防対策を徹底したエリアで過ごすことを強いられた。

■誰かの希望になる演技

それでも、日本勢の男子は羽生結弦(26)=ANA=と宇野昌磨(23)=トヨタ自動車=、女子は坂本花織(21)=シスメックス=と紀平梨花(18)=トヨタ自動車=が出場した。海外からも世界選手権男子3連覇のネーサン・チェン(21)=米国=、世界女王のアンナ・シェルバコワ(17)=ロシア=ら実力者が参加し、豪華なメンバーが集結した。

日本は羽生がショートプログラム(SP)とフリーでともにチェンに次ぐ2位。坂本もフリーで自己ベストを出して2位と健闘した。宇野は着氷こそならなかったものの、トリプルアクセル(3回転半)-4回転トーループの連続ジャンプに挑戦。紀平は腰痛を抱えながら演じきり、ペアとアイスダンスを含めた総合成績は3位だった。女子シングルとペア、アイスダンスで1位となったロシアが初優勝を飾った。

この大会で一挙手一投足に注目が集まったのは羽生だった。

ぜんそくの持病を抱えているため、「まん延防止等重点措置」を適用する大阪での大会に出場するかどうかは不安視されていたが、エントリーした。その理由を前日会見で語った。

「複雑な思いでここにいます。(今季は)試合を辞退したり、出場したり、色々経験しました。それを踏まえて、誰かの何かしらの希望だったり、心の中に残ったりする演技をすべきだと思いました」

迎えたSPはロック「レット・ミー・エンターテイン・ユー」。「楽しませてあげる」という意味の曲名通り、魂を揺さぶる激しい舞いを披露した。

4回転サルコー、4回転-3回転の連続トーループはともに4点以上の出来栄え点(GOE)を引き出すと、トリプルアクセルも着氷でこらえた。世界選手権を上回る107・12点だ。

「やれることはやった。サルコーとトーループをこの曲で初めてきれいに跳べた。成長していると思います」

続くフリー「天と地と」には、違う感情が上乗せされていた。

「リベンジという気持ちもあります」

3位に終わった世界選手権ではフリーでミスが続いた。来季も続ける予定のプログラムだからこそ、納得できるもので終わりたかったのだ。

■3回転半を2本成功

いざ臨んだ今季締めくくりの演技。2本目のジャンプの4回転サルコーでは、6分間練習と同じ地点で跳んでしまったため、自身のエッジで削っていた溝にはまるという不運に見舞われて1回転に。だが、ここから集中を切らさなかった。世界選手権で失敗したトリプルアクセルを2本成功。中でも最後のアクセルは高く、幅のある放物線を描き、GOEは3.04点。得点は193.76点をマークした。

「世界選手権の記憶もかぶりましたが、絶対にきれいに決めてやると。力を感じず、スムーズに、高さもあるベストのアクセルだったと思います」

そして、こうも言った。

「4回転半(クワッドアクセル)に続く道をここで示すんだという気持ちでした。来季は4回転半を目指して、4回転半がそろった完成された演技を目指して、頑張っていきます」

前人未到の大技へ。意欲を身をもって示す場はすぐに訪れた。

フリー翌日、エキシビションに向けた練習。リンクに入る時点から表情に気合がみなぎり、いつもと違う雰囲気を漂わせた。3分でジャージーを脱ぎ捨てる。4回転ジャンプもすぐに決めた。曲をかけてのリハーサルを終えると、アクセルを確認。1回転半や2回転半の後、ついにその瞬間はやってきた。

長い助走から、高く舞い上がる。空中で細い軸を保ちながら思い切り体を回した。1、2、3、4回転。そして、「バタン」。体を強く氷に打ち付ける衝撃音が会場に響いた。

■観客から大きな拍手

観客からのマスク越しの悲鳴が聞こえる中、羽生は悔しそうな表情を浮かべ、立ち上がった。大きな拍手を受けると、自らを奮い立たせてまたトライした。何度も、何度も。転倒は6度。回転が抜けたジャンプも含めれば、10回以上のチャレンジで着氷には至らなかった。

羽生が公の場でクワッドアクセルに挑んだのは2019年12月のグランプリ(GP)ファイナル(トリノ)での公式練習以来だった。その時との一番の違いは、単に跳ぶだけではなくフリーの流れを意識した形だったことだ。冒頭の4回転ループを入れているまさにその場所で、プログラムの動きを交えながら踏み切った。なぜ、このタイミングで練習したのか。

「試合の場所でやることに意義があると思いました。(今後は)また一人で練習することになると思うので、上手な選手の前でやったほうが刺激があり、イメージが固まりやすいと思いました」

ただ、出来には不満げだった。

「いい時のジャンプにはならず悔しい。本当はもっと(成功に)近くなっていると思います」

異例のシーズンとなった今季は拠点のカナダに渡らず、日本にとどまった。GPシリーズは欠場。コーチ不在で長い時間、一人でリンクに立つ中で、その多くをクワッドアクセルに費やした。トライ数は1千回を超え、「あと8分の1回転」で着氷できるところまで迫っているという。課題も明白だ。

「(ジャンプが)高くなると、体が拒絶反応を示す。高さと回ることの両立が難しいです」

■目標は五輪金ではない

今季、大会に出場したのは5年ぶりに優勝した昨年12月の全日本選手権と今年3月の世界選手権、そして4月の世界国別対抗戦の三つのみだった。どの取材の場でも繰り返したのはクワッドアクセルへの強い思いだ。

「(3連覇がかかる北京)オリンピックの金メダルではなく、4回転半を成功させるのが一番の目標です」とも話した。

なぜ、この技にそこまでこだわるのか。羽生の少年時代のコーチである都築章一郎さん(83)は彼の性格から読み解く。

「とにかく負けず嫌い。(指導したころも)練習で色々なものを挑戦させてみた時、できないことがあっても絶対に弱音を吐きませんでした。それは持って生まれたものがあるのではないかと。魂というか、神業ですね」

世界国別対抗戦での最後の会見。羽生は次のシーズンに込める思いを聞かれ、こう答えた。

「来季は来季にしかわからないですね」

ただ、クワッドアクセルについてはきっぱり言った。

「自分の限界に挑み続けたいと思います」

果たして来季、世界初の成功者になることはできるのだろうか。そして「4回転半をめざす道の上にあるなら考えます」とだけ話している北京五輪には出場するのだろうか。行く末は誰にもわからない。羽生は己を信じ、道なき道を切り開いていく。(朝日新聞スポーツ部・岩佐友)

※AERA 2021年5月3日-5月10日合併号

岩佐友

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