罹患率や症状に男女差がある病気も、重要な「性差医療」

罹患率や症状に男女差がある病気も、重要な「性差医療」

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  • 更新日:2022/06/23

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(文:片岡仁美)

1960年代、妊婦の服薬による胎児への薬害が問題になり、アメリカでは臨床研究から女性が除外されてきた時期がある。男性を元にした研究データを女性に適用することで見落とされた性差による症例などの違いを捉えなおす「性差医療」が近年発展している。

性差医療という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。性差医療は、男女の違いは生殖系の臓器だけでなく男女共通の臓器やシステムにも性差が存在すること、この違いを認識することで、男女ともに医療の精度と質を向上させることができるという概念を取り入れている。性差医学はその差異を研究する学問である。

性差医療は、(1)男女比が圧倒的にどちらかに傾いている病態(例えば痛風は男>>女、膠原病は女>>男と有病率が異なる)、(2)発症率はほぼ同じでも男女間で臨床的に差を見る疾患(心筋梗塞など)、(3)生理的・生物学的解明が男性または女性で遅れている疾患などに関する研究を進め、その結果を疾病の診断・治療・予防へ反映することを目的とした医療である(*1,*2)。

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長期間男性のみが参加していた薬剤治験

米国での性差医療の始まりはわが国より古い。1960~70年代にかけてサリドマイド、DES(合成女性ホルモン剤)など妊婦の服用薬による出生児への薬害が相次ぎ、1977年に米国食品・医薬品局(FDA:Food and Drug Administration)は妊娠可能性がある女性の薬剤治験参加禁止を通達した。以降十数年にわたり臨床研究から女性が除外され、男性をモデルに計画・実施された臨床研究データが女性にそのまま当てはめられてきた。このことは、様々な影響を及ぼし得るが、具体的な事例を紹介する。

アスピリンは、男性では初回の心筋梗塞のリスクを減少させるが、脳卒中のリスクにはほとんど影響しないことが、無作為化試験で示されているが、女性では同様のデータはほとんどなかった。そこで、女性におけるアスピリンの効果を臨床試験で調べたところ、アスピリンは女性において脳卒中のリスクを低下させたが、心筋梗塞のリスク、心血管系の原因による死亡のリスクに対しては効果がないことがわかった。このように、同じ薬であっても男女で臨床試験の結果が全く異なることが示されたのである(*3)。

当時女性の健康に関するデータはあまりにも少なく、女性の健康に関する研究は立ち遅れており、そのことは女性の健康に大きな影響を与えることが示唆された。その事実を受けて1985年には米国国立衛生研究所(NIH)で女性特有の病態の研究が始まり、1990年にはNIH内に女性健康研究局(Office of Research on Women's Health)が創設された。

これは性差を考慮した医学・医療の幕開けであった。米国では女性の健康に関する研究、性差に着目した臨床への関心が高まり、政府のバックアップも得て性差医療が発展することとなる。米国保健福祉省では地域における性差医療の研究・診療・啓蒙教育を行うためのセンターを大学医学部に敷設する形で24カ所に展開し、多岐にわたる研究分野を支援している(*1,*2,*5)。

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わが国では約20年前に日本心臓病学会で天野惠子氏がその概念を紹介したことがきっかけとなり性差医療が広まってきた。2001年には鹿児島大学附属病院に日本初の「女性専用外来」が誕生し、以降全国に女性外来や性差医療外来が広がった。天野氏は2002年に性差医学の教育と学際的研究の促進を目指して日本性差医療・医学研究会を発足、2008年には日本性差医学・医療学会へと発展した。2005年には政府による男女共同参画基本計画の取り組みの一つとして「性差に応じた的確な医療である性差医療を推進する」と明記され、社会の中でも理解が進みつつある(*1,*2,*4,*5)。

女性にはダイナミックな「ホルモン変動」がある

まず、性差医療における前提として、性別によってライフサイクルが大きく違うということを挙げておかねばなるまい。

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女性のライフサイクルが男性のライフサイクルと異なる点はダイナミックな「ホルモン変動」の存在である。毎月の生理周期でもホルモンの変動が起こり、さらに一生を通じた女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の変化は女性の健康に大きな影響を及ぼす。

エストロゲンの分泌は思春期に急激に上昇し、18歳を過ぎたころから性成熟期に入る。その後、35歳くらいから低下し始め、40代で一気に低下し、閉経を迎えるとほぼ分泌されなくなる(*6)。エストロゲンは性ホルモンとして妊娠・出産にかかわる様々な役割を担うだけでなく、調整ホルモンとして多様な作用を持っている。例えば、コラーゲンの破壊を防ぐ、皮膚のうるおいを守る、骨が作られるのを促進し、カルシウムが取り込まれるのを助ける、LDLコレステロールを抑え、HDLコレステロールを増やす、血液を固まりにくくする、などである。

更年期(閉経の前後約10年間)にエストロゲンの分泌が低下すると月経不順、顔のほてり、のぼせ、手足の冷え、動悸、めまい、抑鬱、不眠、頭重感、疲労感、肩こり、腰痛、関節痛、手足のこわばりなどの更年期症状を呈する。また、さらに年齢を重ねるとエストロゲン欠乏に伴う動脈硬化、骨粗鬆症などが問題となってくる。

男性ホルモンであるテストステロンはエストロゲンのような急激な低下ではなく緩やかに分泌が低下することが知られている。女性は一生を通じたダイナミックなエストロゲンの分泌の変化と毎月のホルモンサイクルの両方に影響を受けていることを女性自身も理解することが重要であろう。

その上で、病名のよく知られた疾患の中にも、男女に臨床経過の差があるものがいくつかある。

新型コロナウイルス感染症の重症化率にも性差が

まずは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)だ。COVID-19は男性の方が女性よりも重症化率や死亡率が高いというデータが世界各国から示されている(*7,*8,*9)。その最大の要因は病原体を排除する免疫反応の強さに性差があることとされている。また、免疫力に対する性ホルモンの影響、喫煙率や生活習慣病の有病率の違い、社会的環境の違い等の様々な要因が示唆されている。一方、感染防御反応、ワクチン接種後の抗体産生から自己免疫疾患に至るあらゆる免疫反応は、男性より女性の方が強く出る傾向がある(*10,*11)。

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また、男性は若いころから心筋梗塞を発症することがあるが、女性は閉経前に心筋梗塞を起こすことは非常にまれで、閉経後10年以上経ってから有病率が増え、75歳を超えると急速に増加する。

心臓発作を起こし1年以内に死亡する患者は、男性25%に対し女性は38%と高い。心臓発作から数週間以内に死亡する確率も女性は男性の2倍というデータがある。

男性と女性では、虚血性心疾患における症状の表れ方が異なることも知られている。男性は胸の痛みや息切れなど、心臓病に特徴的な症状を訴えることが多いが、女性は歯痛や肩・ひじの痛みなど、典型的ではない症状を呈することが少なくない(*12,*13)。

心臓発作による死亡率が男性よりも女性の方が高いのは、女性が心臓病の症状を訴えても、症状が典型的ではない場合誤診されてしまうことが多いからではないか、という報告もある。

心疾患を含め、様々な疾患の経過や症状に性差が存在することは、医療者だけでなく誰もが知っておくことが自分を守ることに繋がる。米国では女性の心疾患を減らすための様々な啓蒙活動が行われているが、わが国でも様々な取り組みが始まっている。前述の天野氏のYouTube動画(女性外来オンラインチャンネル)、ブログ(女性外来オンライン)などは、専門知識がなくても理解しやすい内容となっている(*14,*15)。

性差によって罹患率の違う疾患も判明

上記で同じ病気の性差による症状や臨床経過の違いを述べたが、そもそも疾患の罹患率に男女差がある疾患も多い。

例えば痛風は男性に多く、骨粗鬆症、膀胱炎、各種の自己免疫疾患は女性に多い。女性に多い疾患は婦人科領域の疾患や更年期障害のみならず、内科疾患にも多くある。

その中には、新たに疾患概念が確立してきたものもあり、医療従事者の中でも浸透しきっていないような疾患もある。このような疾患についても、性差医学の考え方を知ることで理解しやすくなる。

また、「微小血管狭心症」という病気は、狭心症と似た症状で、50歳前後の更年期の女性に多く発症し、更年期女性の10人に1人は経験するともされる。疾患の男女比は3:7で女性に多い(*16)。検査結果に異常が出ないことが多いので、最近までその病気の存在自体が詳細に認識されていなかった。女性に特に多いことも診断を一層難しくして、解明が遅れた可能性がある。

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)はCOVID-19後の罹患後症状との関連も指摘され、注目されているが(*17)、この疾患も有意に女性の罹患率が高いことが判明している(*1,*18)。

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日本性差医学・医療学会では、性差を意識した医学・医療を学び、性差を含む個別性に配慮した医療を実践できる人材を養成することは、社会のニーズにこたえるために非常に重要な課題と捉えている。

この課題に取り組むために、2021年度に性差医学・医療認定制度を開始した。医師のみならず多職種が取り組むことができる認定制度で、オンラインを中心としたコース履修と試験によって性差医療を実践する専門家を認定するものである(性差医学・医療認定医、性差医学・医療指導士)。

このような制度が整うことにより、最新の知識とスキルを備えた専門家が多く育っていくことが予測される。それによって性差を意識し、ひとりひとりに合った医療を提供できる体制が一層整っていくことが期待される。

(参考文献)

1. 天野惠子.女性医療(性差を考慮した医療)とは. 総合診療. 2021;31(3):280-281.

2. 日本性差医学・医療学会ホームページ 日本性差医学・医療学会 (jagsm.org)

3. Paul M Ridker, et al. A Randomized Trial of Low-Dose Aspirin in the Primary Prevention of Cardiovascular Disease in Women. NEJM 352:1293-1304,(2005)

4. 片井みゆき. 性差医学から見た内分泌代謝疾患: 東京女子医科大学における性差医療の経験を含めて. 東女医大誌. 2019;89(3): 61-69,

5. 天野惠子 編著. 行き場に悩むあなたの女性外来. 亜紀書房(2006)

6. 吉野一枝.女性の「ライフサイクル」を支える.総合診療. 2021;31(3):290-293.

7.https://globalhealth5050.org/the-sex-gender-and-covid-19-project/dataset/

8. Hannah Peckham, et.al. Male sex identified by global COVID-19 meta-analysis as a risk factor for death and ITU admission. Nature Communications volume 11, Article number: 6317 (2020)

9. C. I. van der Made, et. al. Presence of genetic variants among young men with severe COVID-19. JAMA, 324(7):663-673(2020)

10. Carolina Lucas, et al. Sex differences in immune responses that underlie COVID-19 disease outcomes. Nature. 584:463-469(2020)

11. Takehiro Takahashi, et al. Sex differences in immune responses to SARS-CoV-2. Nature 588, 315–320(2020)

12. Susan J. Dempsey, et al. Women’s decision to seek care for symptoms of acute myocardial infarction. Heart Lung 24(6):444-456(1995)

13. The Global Registry of Acute Coronary Events. Heart, 2009

14.女性外来オンライン [JGO] - 女性の悩みをオンラインで (joseigairai.online)

15.【女性外来ってどんな人が行くの?】女性外来の対象 - YouTube

16. 樗木晶子. 微小血管狭心症――「微小血管狭心症」と診断する決め手は? 総合診療. 2021;31(3):329-331.

17. Komaroff AL, et al. Will COVID-19 Lead to Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome? Front Med 18 January. 2021.

18. 倉恒弘彦, 他, 編著:専門医が教える筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)診療の手引き. 日本医事新報社, 2019, p1, 20

片岡仁美
岡山大学病院ダイバーシティ推進センター教授。岡山大学医学部医学科卒業。主な専門分野は内科学、糖尿病学、腎臓病学、性差医療、医学教育。日本性差医学・医療学会(監事)などを務める。

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