
FF。フェラーリ・フォーの意だとマラネロの開発者は言う。それは、言い訳の要らない完全な4シーターであることを告げている。さらに、これが彼らの歴史上初の4輪駆使モデルであることも意味している。果たして乗ってみると、これはまさに画期的なフェラーリなのだった。貴重なアーカイブ記事を蔵出しするシリーズのフェラーリ篇。2011年6月号「あたらしい時代のトップ・ランナーたち!」と題した特集から、フェラーリの4座4輪駆動モデルのFFをイタリアの南チロルで試乗した記事をお届けする。
スキー場を走る、はずだった
ヴェネツィアから北へ向かってマイクロバスで3時間半。オーストリア国境まであと少しというところにあるブルニコ。東アルプス、ドロミティ山群を望む山間にある町だ。

標高840mほどにある街の南側には2300m近い山が構え、その斜面にプラン・デ・コロネスのスキー場が見えている。ふもとからはロープウェイを使って15分ほどで一気に上れる。ほんとうは、そのスキー場の頂上を走るはずだった! イタリア空軍の大型ヘリコプターで運ばれた2台のフェラーリFFが、そこに待ち構えているはずだったのだ。
ところが4月に入って、北イタリアの気温が急に上がり、一時は28℃を記録するほどになって、雪が解けてしまった。国際試乗会を始めてから3週間は予定どおり、銀白の雪上特設コースを走り回ることができたらしいのだけれど、そんなわけで、僕らにそれは叶わなかった。「申し訳ないわね」とフェラーリ国際広報のジョアンは申し訳なさそうにした。

フェラーリの歴史上初の市販4輪駆動モデルとなったFFの踏破性能を存分に堪能して、びっくり仰天するはずだった僕らは、すっかり春めいてうららかになったチロル地方の一般道で、ドロミティの裾野を巡るようにしてドライ・ロードばかりを駆け回ることになったのだった。
広い室内、大きな荷室
しかし、フェラーリFFを走らせ終えたときには、雪道を走れなかった口惜しさはすっかり吹き飛んでいた。ラグジュアリー・スーパースポーツとして、FFは並外れている。素晴らしい乗り心地。快適至極な居住性。純2シーターの599に遜色ないどころか、それを上回るほどのハンドリング性能と、磐石の安定感。フェラーリのV12でしかありえない贅沢なサウンドに浸り続けて走り終えると、そこに新しい世界が開けていることを、はっきりと認めないわけにはいかなかった。
599GTOは599(GTB)の性能を、高い路面平滑度と摩擦係数が期待できるトラック走行を前提にすることで、ハードコアな方向へ一気に拡張してみせたクルマだった。
FFは、その逆だ。599GTBのハンドリング性能や動力性能を基準点に、その能力を不利な条件下でどこまで発揮しうるかを徹底的に追求したクルマといっていい、と思う。
不利な条件とは何か?
純2座でしかない599と違い、FFは完全な4座であらんとした。
そして、もうひとつ。599GTBは乾燥した一般公道で光り輝き、休日のトラック走行もこなしてみせるクルマだけれど、FFはその能力を雪道や凍結路でさえも発揮しうるオールラウンダーを目指したのだ。

考えてみれば、これはとてつもなく高いハードルである。
だが、フェラーリはそれを超えてみせた。FFは彼らが誇らしげに語っていたとおりのものとなっている。
FFは写真で見るよりもずっと流麗だ。にもかかわらず、そのシューティング・ブレイク風ハッチバック・クーペの内に広がる4座空間は、“サルーン”とさえいえるほどに快適な居住性を備えている。前席はもちろんのこと、後席も遜色ない。4ドアを採用したアストン・マーティン・ラピードやポルシェのパナメーラにさえ優っている。
かつて、エンツォ・フェラーリは「フェラーリは4ドアを作らない」と言った。その言葉を今も守り続けるフェラーリは、FFを2ドア+ハッチゲートというかたちで送り出したけれど、自らに課したその掟がなければ、これを5ドア型としていても不思議ではないほどの実用性を備えることに、成功しているのである。

実用性ということでいえば、ラゲッジ・ルームも忘れてはならない。450リッターといえば、中型セダンのそれに匹敵する容量だ。前任機種たる612スカリエッティのトランクは240リッターしかなかったのだから、ほとんど倍増である。例えば、想像しやすい例として、実用車の鑑のようにいわれるVWゴルフを引き合いに出すなら、その荷室容量は350リッターでしかない。快適な後席を備え、さらにその背後にどうやったらそんな大容量を確保できたのか? と思わずにはいられないが、大きく開くテールゲートを開けてみると、納得せざるをえない。リアにトランス・アクスル変速機を抱え、それを跨ぎ抱ききかかえるように置かれたL字断面形状の91リッター燃料タンクが位置するので、床面は奥で一段高くなっている。けれども、パーセル・シェルフを高い位置に設けて内容物を隠せるようにしてあるFFの荷室は、たしかに大きな容量を備えているのだ。フェラーリによれば、パナメーラより荷室は大きいそうだ。

独自の4輪駆動が鍵
フル4座に加えて大きな荷室を備えるということは、キャビンが長いということに他ならない。だからシューティング・ブレイク風にルーフが長いわけだけれど、それはつまり、クルマ全体が長くなることを意味する。大 き な キ ャ ビ ン の 前 に は ビ ッグ・ボアのV12が載っているのである。しかも、そのV12は完全なフロント・ミドシップ搭載である。その結果、FFの軸間距離は2990mmにもなっている。ほとんど3mだ。この軸距はパナメーラより長く、ラピードとほぼ等しい。にもかかわず、FFの全長がその2台より6cmほど短く、612スカリエッティ並みの4907mmで収まっているのは、リアをショート・オーバーハングのハッチバック処理としたからだ。
にしても、5m弱である。599より24cmも長いのだ。そして、最上級車に相応しい乗り心地を実現しながら、599に匹敵する運動性能を与えるというだけでも並大抵のことではない。しかも、それを全天候型の万能マシーンにまで拡張しようというのである。野望といってもいい。

だが、それが本当に達成されていた。驚嘆するほかないではないか。
チロルのワインディングロードを駆け巡ってみて、フェラーリの主張は誇張でもなんでもないことがわかった。それは599よりさらに快適で、時にそれ以上のハンドリング性能を見せつけながらコーナーの連続をすり抜け、雪解け水で冷たく濡れている屈曲路のタイトコーナーでも、路面を捉え続けて離すことがない。鼻先の動きは軽く、体感する重心は驚くほどに低い。こんなに長く大きなクルマがいったいどうして?
秘密は独自の4輪駆動にある。FFはリアに変速機を置くトランスアクスル方式を採用しているから、V12をバルクヘッドにギリギリまで寄せて積んでも、変速機が大きなセンター・トンネルを作って前席空間を侵食することがない。後席を設ける分だけ軸距が599より延びるだけである。だから、フェラーリが是とする、リアへより大きな荷重を配分するレイアウトは維持できている。FFの前後重量配分は47:53である。
でも、フェラーリFFは4輪駆動だから、リアに置かれたトランスアクスルから折り返して3m前のフロントアクスルへと動力を伝えなければならない。ちょうど日産GT‐Rのように。本来ならそのはずだ。

ところが、FFにはエンジンとリア・トランスアクスルを繋ぐドライブシャフトは1本しかない。常識からすれば4駆には見えないレイアウトになっている。それもそのはず、リアの変速機と前輪の駆動系は直接繋がってはいないのだ! フェラーリがPTU(パワー・トランスファー・ユニット)と呼ぶ前輪用駆動システムは、V12エンジンのクランク軸前端から直接、回転力を取り出し、前輪を駆動する。変速は? PTU内には前進2段、後退1段の専用変速機構が組み込まれている。そして、ディファレンシャル(差動機構)の代わりに2組の電子制御油圧多板クラッチが配置され、それが前後輪間の回転差の吸収と、主駆動輪であるリアが5速以上の時に前輪駆動を切り離す役目も担っている。そう、これは電子制御のオン・デマンド4WDで、1~4速を使っている時にのみ作動する。この機械構成にF1からの技術転用で世界最先端をいく車両運動性能統御電子プログラムを組み合わせて、制動時だけでなく駆動時にも全4輪へのトルク・ヴェクタリングというかたちで積極的な介入が可能なことを証明してみせたのだ。フェラーリならではのRWDライクな操縦性をいささかも損なわずに。
長大なホイールベースの不利をほとんど意識させない道理である。
試乗を終えて夕刻、ホテルへ戻ると、ほどなくピエロ・フェラーリがマラネロからヘリで飛んできた。そして、被災した日本への丁寧なお見舞いの言葉をくれた後で、FFに話題を移して、こう説明した。「スイス、アメリカ北東部やカナダ、そして北欧などといった過酷な気象条件や道路条件が待ち受ける国はもちろんですが、広大な国土をもつ中国やインドといった新しい市場でも遭遇する条件はタフです。FFはそうした国々で も、フ ェ ラ ー リ が 最 高 の ス ー パー・スポーツカーであることを証明するための挑戦なのです」、と。
◆フェラーリFFの野心的な中身を細かく解説したコラム この続きはENGINEWEBで!!
文=齋藤浩之 写真=フェラーリ
(ENGINE2011年6月号)
齋藤浩之