「宵越しの銭は持たない」江戸っ子が楽しんだ至高のグルメ

「宵越しの銭は持たない」江戸っ子が楽しんだ至高のグルメ

  • WANI BOOKS NewsCrunch
  • 更新日:2022/08/06
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居酒屋でシメに食べる「焼きおにぎり」や「お茶漬け」。これも江戸っ子の冷や飯の食べ方の一つです。江戸料理・文化研究家の車浮代氏によると、ハレとケの使い分けを心得ていた江戸っ子たちは、一見なんの変哲もないお茶漬けで、最上のグルメを楽しんでいたようです。

冷や飯をおいしく食べる江戸っ子の知恵

江戸っ子は冬場、冷や飯を「焼きおにぎり」にして食べることもありました。冬は、火鉢で暖をとります。その火鉢で握り飯を焼くのです。

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▲冷や飯をおいしく食べる江戸っ子の知恵 イメージ:K321 / PIXTA

お櫃(ひつ)に入れたご飯は、時間とともにだんだん硬くなります。ところが、握り飯を握って味噌を塗っておくと、がちがちにならず、ご飯の水分が保たれます。味噌で握り飯の表面をコーティングしておくことで、ラップフィルムをしなくても、水分の蒸発を抑えられるからです。

握り飯は硬めに握り、味噌を塗っておきます。そして食べるときに、火鉢の上に網をのせ、そこでじっくりと焼いていきます。味噌の焼ける香ばしい匂いが、家中に広がり、食欲をそそったことでしょう。刻んだ葱を混ぜた葱味噌でつくる焼きおにぎりは、また格別のおいしさです。醤油でつくる焼きおにぎりも、よく食べていました。

現代の生活では、火鉢がありませんが、魚焼きグリルやオーブントースターなどで簡単につくれます。味噌が少し焦げるくらいに焼けば、江戸っ子が「アツ、アツッ」と言いながら、ほお張った味噌焼きおにぎりを味わえます。

夕ご飯には、お茶漬けもよく食べました。冬場は、火鉢の上で常にお湯やお茶を沸かしています。冷や飯にお湯を一度かけて、そのお湯を捨て、ご飯をほぐして食べることも多くありましたが、お茶をまわしかけて、さらさらとのどに流し込むこともありました。お茶漬けに使われるのは、ほうじ茶が一般的です。煎茶は高級品だったからです。

お茶漬けの具は、梅干しなどの漬物や佃煮、朝食や昼食で残った焼き魚をほぐしてのせることもありました。

さらに、水洗いした飯を味噌汁に入れてひと煮立ちさせ、薬味を入れた「おじや」も重宝されました。「おじや」には「雑炊」という呼び方もありますが、雑炊は本来、上方の言葉です。

趣向をこらせば「お茶漬け」もごちそうに

江戸っ子は、「ハレ」と「ケ」をきっぱりわけていました。

ハレは、祭りや儀礼、年中行事などの非日常のこと、ケはふだんの生活で日常のこと。ケの日は非常につつましく暮らしている江戸っ子も、ハレの日には思い切りよくパーッとお金を使います。

「宵越しの銭は持たない」というのが江戸っ子気質。太っ腹で気前がよいように感じますが、実はやせ我慢の意味合いが大きかったといえます。

江戸はとにかく火事が多い町でした。約265年の間に100回あまり、平均して2~3年に1度の割合で大火が起こっています。「いつ火事に見舞われて死ぬかわからない」。それならば「今日稼いだお金は、今日使ってしまえ。明日のお金は明日稼げばいいさ」という「宵越しの銭は持たない」という発想が生まれ、広まりました。

どうせ火事が起こるのだから、燃えてしまうものにお金をかけてもしかたがない。それならば、自分の身にとり込んでしまえる食事にお金を使おう、と「食道楽」が発達したのも、自然な流れだったでしょう。

事実、江戸で外食産業が大きく発展したのは、明暦の大火がきっかけでした。大火後、奇跡的に江戸は復興し、新たな町づくりが行われました。火除け地としてつくられた両国、上野などの広小路(ふつうの街路より幅広くつくられた街路)は、盛り場となってにぎわい、外食のできる茶屋や、料理屋の元祖が登場していったのです。

江戸の後期になると、料理茶屋の高級化も進み、食事を楽しむだけでなく、船遊びや風呂を楽しむなど、さまざまなアトラクションが考え出されていきます。そこで最高ランクの料理茶屋として位置づけられた店の一つに「八百善」があります。

八百善は享保2(1717)年に浅草・山谷で創業し、4代目の頃には料理屋の枠を超えた、文化の発信地となる高級サロンのような場所になっていきました。

この八百善には、さまざまな逸話が残されています。なかでも「一両二分の茶漬け」は有名です。

あるとき、美食に飽きた通人が数名、八百善を訪れて「極上の茶漬けを」と注文したところ、半日ほども待たされました。そうして出てきたのは、なるほど極上の茶漬けと香の物。ところが、勘定が一両二分と言われ、通人たちはびっくり仰天。今のお金に換算すると、だいたい10万円にもなります。「なぜ、茶漬けごときにそんな大金をとるんだ!」と文句をつけました。すると、主はこう返しました。

「香の物は、春にめずらしい瓜と茄子を切り混ぜにしたもので、茶は玉露、米は越後の一粒選り。玉露にあわせる水はこのあたりのものはよくないので、早飛脚を仕立てて玉川上水の取水口まで水を汲みにいかせました」

通人たちは「さすがは八百善!」と納得し、笑いながら帰ったとのこと。

お茶漬けはケの日の倹約料理です。しかし、趣向をこらせば、ハレのご馳走にも、食のエンターテインメントにもなります。そんな江戸っ子の食道楽を伝える逸話です。

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▲趣向をこらせば「お茶漬け」もごちそうに イメージ:june. / PIXTA

※本記事は、車浮代:著『江戸っ子の食養生』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

車 浮代

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