これは何かの冗談ですか? たった「2時間半」で命にかかわる重要法案が通ってしまう「この国の現実」

これは何かの冗談ですか? たった「2時間半」で命にかかわる重要法案が通ってしまう「この国の現実」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/11/20
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なぜ急ぐ必要があるのか

「今回の法案審議にあたっては、本当に様々な意見がありました。これを踏まえて確認させていただきたいことがあります。それは、なぜいまこの法案の内容で法律の成立を急ぐ必要があるのかということです。本来であれば、生殖補助医療や生命倫理の問題はしっかりと議論されるべきであり、それらについての結論を得て、その後、法制化をすべきではないかという問いかけもあります。それからまた、現在、法制審議会で親子法制の見直しについて議論されていますけれども、その結論を待たずに民法に特例を設ける必要は何か。これについてお答えいただきたいと思います」

11月19日の参議院法務委員会で、質問に立った立憲民主党の真山勇一議員はこのように切り出した。

その3日前の11月16日、自民、公明、立憲民主、維新、国民民主の与野党5党は、夫婦以外の卵子や精子を用いた生殖補助医療で生まれた子供の親子関係を明らかにする民法特例法を参議院に共同提出したばかり。同法案は19日の法務委員会で2時間半かけて審議され、すぐさま賛成多数で可決された。

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〔PHOTO〕gettyimages

近年の生殖医療の発展は著しい。

1978年には世界初の体外受精児であるルイーズ・ブラウンが誕生し、1992年には顕微鏡による細胞質内精子注入法による最初の赤ちゃんが誕生した。そして今や16人に1人が生殖補助医療によって誕生している時代になっている。

菅義偉首相も不妊治療の保険適用を提唱するなど、子供をほしがる人にとってチャンスが広がりつつある。

その反面、身分法である現行民法は明治時代につくられたため、生殖補助医療による出生を想定しておらず、第三者の精子や卵子の提供を受けた不妊治療で誕生した子供の法的身分についての規定がない。

厚生科学審議会生殖補助医療部会は2001年7月から生殖補助医療制度の具現化について検討し、2003年5月に最終報告書を取りまとめたが、法整備への動きは鈍かった。

それではいけないと超党派の議員たちが立ち上がり、今回の法案提出に至ったという経緯がある。

しかしながらその内容は生殖補助医療を法律の中に組み込むものの、十分なものであるとは思えない。

今回の法案は「十分」なのか

というのも、他人の卵子を用いて出産した女性を母とし、夫の承諾を得てAID(非配偶者間人工授精)で出産した子供の嫡出性を夫は否定できないとするのは、すでに裁判で示されているからだ。

たとえば最高裁第二小法廷が2007年3月23日にタレントの向井亜紀さんがアメリカで代理母によって授かった双子の男児について、「自分の卵子を提供した場合でも、母子関係の成立は認められない」と判断したのがそれだ。

同決定はその理由として、民法(772条1項)が母子関係が懐胎・出産により当然に成立する規定を設けていること、1962年4月27日の最高裁第二小法廷判決など判例では母親と非摘出子との母子関係も出産という客観的事実により当然に成立すると解されてきたことを挙げている。

同時に同決定は、「遺伝的な繋がりのある子を持ちたいという真摯な希望と、他の女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえ、立法による速やかな対応が強く望まれる」とも述べている。にもかかわらず今回提出された法案は、これに十分に応じたものといえるのだろうか。

「想像を超えた絶望がある」

もっとも法案の内容の不十分さは認識されており、それを補うべく付帯決議も作られている。法案成立後にこれから2年かけて内容の充足を図っていくというが、高度な生命倫理の問題であるゆえに極めて責任が重くなる。

それにしてもこれほど重要な法案をわずか2時間半で委員会を通してしまうというのは驚きだ。

「生殖補助医療は、親とは別のひとりの人間を誕生させる行為になります」

19日の参議院法務委員会で共産党が招致した慶應義塾大学の長沖暁子参考人は生殖補助医療の重要性を述べるとともに、AIDで生まれた人たちの出生を知ったきっかけが両親の離婚や死去などの辛い場面が多いという現実を示し、「想像を超えた絶望がある」と主張した。

「生まれてくる子供は治療について承諾することができない。だからこそ、子供が健やかに生きるための権利というのを守らなければならないと思います」

そのために重要なのが「出自を知る権利」であり、多くの国では「子供の権利条約」を根拠に子供の福祉という観点から認めている。

日本でも2000年12月の厚生科学審議会先端医療科学評価部会生殖補助医療に関する専門委員会報告書などで「出自を知る権利」を肯定的に捉えてきた。

アイデンティティーの確立はもちろん、近親婚を防止する上でも「出自を知る権利」は重要だ。医療を受ける際の問診票にも、遺伝的な体質を記載する必要がある。

その一方で、配偶子の匿名性の問題も存在する。このために現在では精子提供者が減少しており、治療が困難な医療機関も存在する。

だが医療のためのドナー数が減少すれば、衛生面で難がある非公的なルートでの配偶子の入手が増加しかねず、コストが高い海外での治療を余儀なくしてしまう。

こうした問題を解決するためには、配偶子の提供システムに国が積極的に関与する必要があるだろう。

このように「出自を知る権利」についてだけを見ても、克服しなければならない問題は数多い。

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〔PHOTO〕iStock

「臓器移植法案」のときも…

にもかかわらず、果たしてこれらをわずか2年間で成し遂げることができるのか。

その基本となる法案をわずか2時間半の審議で採決して良いのだろうか。

生殖補助医療と同じく高い生命倫理に関わる臓器移植法案の場合、参議院での審議時間は8時間だったが、衆議院では厚労委員会の下に小委員会を設置して2年以上かけて意見聴取を行った。

それでも毎日新聞が「人の死、議論深まらず」と見出しを立て、朝日新聞は「『改正ありき』急いだ審議」と報じたのだ。

審議時間ばかりではない。このような高い生命倫理に関する法案は、そもそも党議拘束になじむ性格ではないのではないか。

実際に1997年の臓器移植法案採決と2009年の同法改正案採決では、「議論が尽くされていない」という理由で棄権した共産党を除いて各政党は党議拘束を外している。

少子高齢化社会にあって生殖補助医療の充実は欠かせないものだが、だからこそ、その“神の領域”に踏み込むのは慎重にありたいものだ。

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